第2話 いらっしゃいませ、ご主人様☆
「取り合えず憲兵さんを……」
「よいしょっと」
俺がリュックの前で床に膝と手をつき項垂れていると、ガサゴソとリュックから音がしたので顔を上げる。中から出て来たのは伝統的なメイド服を着たピンク色の髪で腰まであるロングヘア、大きいが眠そうな垂れ目の可愛らしい少女だった。
「ご主人様何してるんです? みっともないんで立って欲しいんですが」
「ご、ごごごご主人様!?」
驚きのあまり座ったまま後退りし距離を取る。ご主人様って親父が言われてたが、俺は坊ちゃまくらいでご主人様と言われた覚えは無い。しかもこんな若いメイドうちには居ないぞ?
教育に宜しくないとか言う親父の方針で、ほぼ子供がいる町のお母さんたちがうちに来て働いてたんだから。
「イエス。貴方は私のご主人様です。お忘れですか?」
「え、お忘れも何も……いったぃ!」
思い切り頭の上に拳骨を振り下ろすメイド。ご主人様に暴力揮うメイドって何さ! 俺は抗議をすべく立ち上がろうとしたところ、いきなり顔を近づけて来て
「死にたくないでしょ? 捕まりたくないでしょ? なら大人しく私の話に合わせな坊や」
と低い声で凄まれてしまう。坊やて……どう考えてもこのメイドの方が年下なんだが!? しかし腹は立つもののその話は正しい。ここで揉めてたら確実に憲兵に捕まり下剋上どころではなくなってしまう!
「そ、そうだな家を追い出されてすっかり忘れていた! 親父が選別にと寄越したメイドだった!」
「あら思い出してくれて嬉しいですわ☆」
あの声聞いた後でこのキャピっとした声聞くとイラつくな、と思いながらも抑えて周りを見ると、何故かガッカリした感じで席に着き食事を再開したり飲み始めたりした。
ギルドの受付を見ると笑顔でこちらを見ているだけだ。憲兵を呼ぶのは無しにしてくれたのかな。
「事件性が無いなら良かった」
「ご主人様の用向きに対するご返答を願いたいですわ」
「冒険者登録ね。勿論良いわよ。二人でする? 一人?」
「ご主人様だけで。私は仕えているのでお手伝いをするだけです」
「それは困るわ。貴方達二人で一人になると、他の冒険者がやり辛くなるわ。あそこは二人で一人料金なのにって」
「……なるほど道理。であれば仕方ありません」
「心配しなくても大丈夫よ。貴方達は特殊だから皆驚いた後だしこれ以上驚かないでしょう」
何か意味ありげな言葉に内心穏やかじゃない。この人は俺の体の話を知っているのか? 仮に知っていたとしたら特に町に出て悪さをした訳でも無いのに何故知っているんだ?
「その口振りからして知っているのね」
「さぁ。お互い必要のない詮索はしない方が良いわ。何一つ為にならない」
怖いなぁ女性二人で意味深な会話を交わして。出来れば巻き込まれたくないんだが。屋敷に居た時もメイドたちとお茶してる時に色々言われたんだよな。
女同士で揉めてる時に割って入るな、とか意味深な会話をしている時に中身がありそうなら聞かないふりをしろって。
「あ、あの~ちょっと相談なんですが」
「何かしら」
「えーっと先ほど申し上げたんですが俺金も住所も無くて困ってまして。納屋とかで良いんで寝床も貸して頂けると有難いんですが」
話の流れを変えるべく相談してみる。こういう時そのままで居たら下手するととばっちりが来るとも婆やに聞いた。社交界で生き抜く為にそこらへんの処世術は多少ある。
そしてこの受付が只者で無いのは十分承知したので、下手に出た方が安全だと踏んで言葉を選んだ。
「良いわ、ここの二回の部屋を一室貸してあげる。但し後払いで料金は貰うから」
「あ、有難う御座います!」
「では参りましょうご主人様……これ、持ってくださる?」
メイドは一回リュックを持とうとしたが持てずに諦め、俺に対してリュックを指さし持つよう言って来た。メイドとは何かを知らないメイドとかそれメイドなの? って気がしたが今は一刻も早くこの場を離れた方が良いと判断しリュックを右手で掴む。
「こっちへどうぞ」
受付の人の後に付いて二階へ向かう。そこは何組か泊まっているようで、すれ違う時挨拶をした。特に悪人みたいなのは居ない様でホッとする。
婆やが古びた建物で清掃が行き届いていない所には、悪い奴らが多くいるから決して近付いては駄目だと言ってた。なので少し警戒していたがそうでもないようだ。
「間抜けた顔してると足元掬われますわよ? ご主人様」
メイドは見透かしたように振り向いて俺にそう言う。間抜けた顔って何だよ間抜けた顔って。屋敷では愛らしいと言われ可愛がられた俺の顔に対して何て言い草だ。
「悪人が悪人面してたら苦労しない」
まじまじと顔を見て改めて言われる。どうやらよっぽど安心した顔をしていたようだ。すぐさま顔を両手で挟んで緩んだ顔を引き締める。俺は親父を見返す為にここで金を稼がなければならない。細心の注意を払いながら行動しなくては。
「ここが空いてる部屋よ。家具はベッド以外無いから必要なら買ってね。落ち着いたらまた受付に来て頂戴」
「ありがとうございます」
受付の女性はそう言うと僕らが中に入った後で部屋を出て行った。扉が締められると同時にメイドは、煩わしそうにピンクのロングヘアを耳の近くに手を当て払い、ベッドに腰かけ足を組む。
「取り合えず自己紹介から」
どっちが使用人か分からない構図だ。本当にコイツは俺の為に親父が用意したメイドなのか? 全然仕える気ないじゃんか。
「ちょっと、聞いてるの?」
「は?」
「自己紹介しなさいな」
「自分から名乗れよ。お前本当に親父が用意した俺を助ける為のメイドなのか?」
「は?」
腹立つわ……明らかに俺がやったのをやり返してやったみたいな顔してやがるこのメイド。男だったらぶっ飛ばしてやるところだ。
「魔法も使えない癖に偉そうねお前」
「な!?」
「この世界で魔法が使えないとか貴族じゃなかったら死んでるわよ?」
何だコイツ……何故そんな屋敷でもほぼ誰も知らないような話を知ってるんだ!?
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