第11話 隣人

「んん……でさ、結局どこまでやったの?」


 最後の一口を食べ終え吉名はクリームのついた口を動かす。その後ぺろっと舐めてクリームをとる。

 こいつは無意識かもしれないが、何ともあざとい仕草である。


「そうだな……大体半分くらいかな?」


 こいつの言うどこまでやった?とは学校出だされたテスト前課題のことだろう、と勝手に思い込み俺は成果であるテキストを机に広げて見せてやるが、なんとも不快そうな顔をして舌を出した。


「何言ってるの?ゲームだよ、ゲーム!」

「はあ?」


 ふんっ、と携帯ゲーム機を見せられ思い出す。

 冬美のこと、女子について何も知らない俺は、というか舜も女子がどんなシチュエーションをすれば喜ぶか研究するため、恋愛シュミレーションゲーム、通称ギャルゲーを買わされた。

 だが生憎そんなものをやる暇がなかったため、買ってから1度も封を開けていない。


「何してるの?!これで冬美ちゃんのこと調べようって言ったじゃん!」

「馬鹿野郎、ゲームなんてやる暇ねぇんだよ!それに冬美がこんな箱に収まる女と思うか?!」


 そんな簡単に攻略されるなんてお兄ちゃんは許しません。


「むぅ……舜くんは?!」


 舜は何事もなさげにその画面を見せると、吉名は興奮したように声を荒らげた。


「うそっ?!全員攻略済みって……」

「一週間くらいかかったわ」

「い、一週間って、やり込みすぎだろ……」

「ほんどだよっ!私だってまだ一人も攻略できてないのに!むぅぅぅ……やっぱイケメンは理不尽だ!」


 お前が言うな。と内心思う。一応こいつもクラスではそれなりに美少女扱いされて、優遇されてる一人だ。この中で唯一理不尽を叫べるのは学校から嫌悪されてる俺くらいだろう。


 吉名は悔しさを滲ませた顔で駄々をこねる子供のように、寝そべってどんどん、と床を叩いた。

 その振動で部屋は揺れ、恐らく隣にも迷惑がかかるため制止させる。


「やめろお隣さんに迷惑だろ」


 こいつらはまだ冬美が隣であることは知らない。知られてもまずくはないがうっかり口でも滑らないとも限らない。

 そうなれば俺のクラスでの立ち位置、学校での居場所が露ほども残らなくなるだろう。なんなら正門に磔にされてキリストになるレベル。

 そうならないためにもクレームが入る前にやめさせたいのだが………


「冬美ちゃん、と友達になりたいよ!」


 もはや関係ないことを叫んで床に八つ当たりをカマス。

 これまで冬美に何度も拒絶されたストレスをこの場で解消しようとしているのだろう。


「やめろっ、ばか!そんなんだから冬美が近寄らねぇんだよ!」


 逆である。今吉名がこれをし続ければ来てしまうかもしれない。冗談抜きで。


「やだやだやだっ!」

「っクソ、こいつ何でこんなに力強いんだよ」


 前々から思っていたが何かと力が強い。

 それを惜しみなく発揮して床を叩くもんだから音も揺れも大きかった。ちなみに吉名の山もむちゃくちゃ揺れていてそれどころではない。


「ばかほんとにクレームくるからやめろ!ほら、舜も手伝ってくれ」

「そ、そうやな」


 若干引いた舜も加勢してくれ吉名の機嫌は元通ったと思ったら……


「はぁ……お隣さんに謝ってくる」

「……え?」


 そう言って今度は玄関に足を向けた。

 俺はその袖を掴む。


「まてまてまて!確かに迷惑とは言ったが、謝るのは……俺がしとくから!」

「だって私がしたじゃん。だから私が行くよ」


 そうニッコリ微笑んで前進しようとする吉名の首根っこを掴んだ。以外にも軽いその体が持ち上がる。力は強いけど女子なのに変わりはないらしい。


 俺はまた舜に助けを求め一旦終息する。

 吉名の紅茶をもう一杯淹れ、落ち着かせるとふぁ〜、と息を吐いて朗らかな表情で和んでいた。

 あとは勉強に持ち込ませれば何事もなく休日は終わりを迎えるのだが。


 そうは問屋が下ろさなかった。


 律儀なノックが三回なる。


 宅配か?別になんも頼んでないが、それか宗教の勧誘?はたまたテレビ局の宣伝か……

 まあ開けてみれば誰かわかる……


「ちょっと、うるさいのだけど」

「っっん…………」


 扉に手をかけ開けようとしたすんでのところで冷たい声が耳を抜けた。

 背中をなぞられる冷ややかな声に鳥肌が立つ。

 どうしてこうもラブコメというのはありきたりな展開をよこしてくるのか、もう古いぞそれ。


 俺が扉の開けるのを渋っていると、向こう側から不快な声が漏れる。


「ほんとに、せっかくの休日に何馬鹿みたいに騒いでるの?こっちは勉強してるの、隣のことを考えてくれる?」

「はい。すみません」

「顔も見ないで謝罪?どういう教育をされればあなたみたいな社会不適合者が出来上がるのかしら?それともその汚い顔で謝罪するのは申し訳ないと思ってるの?」

「返す言葉もありません」

「そう。なら、いいから開けなさい。あなたの顔は見たくないけど、ちゃんとわかったのか確かめるから」

「いや、でも」

「あなたに拒否権はないの。さっさと開けなさい。時間の無駄」


 観念して扉を開く。

 そこにはやはり冬美が立っていた。


 花柄のワンピースを着て、ポニーテールに髪を結んだ冬美が。

 制服とは違う美しさを秘め、ポニーテールにより上げられた髪から見える白くて滑らかなうなじの曲線に思わず見惚れてしまう。

 いつもよりも凛々しく、目が鋭いのは休日だからだろうか。いや、迷惑だからか。その証拠にさっきから悪態をつきながらいちいち罵倒してくる。心なしか目で◯ね、と訴えてるようにも見える。


「で?どうしてそんなにうるさいの?まさか休日だからテンション上がってはしゃいでましたって訳じゃないわよね?」

「そう、なんですが……その、友達が部屋に来てまして」

「小学生?いや、今どきの小学生でも友達と遊ぶ時はゲームで静かにするわね。つまりあなたは小学生以下ってことになるけど?」

「仰る通りですが、ただ高校の友達というのはまた違った楽しさがありまして」

「そんなこと聞いていないし、友達がいない私にはわからないわ」


 うわぁ、やっぱりそうか。それをカミングアウトしちゃう冬美も冬美だが、俺はうっかり地雷を踏んだかもしれない。

 さらに鋭く、不快感を全面に出す冬美の顔がそれを物語っている。


「ていうか、あなたに友達?そんな人学校で」

「晴翔くんどうしたの?何か長いね」


 背後から近づく足音に冬美の顔が青ざめたと思えば、すぐに扉を閉め自宅に走って行く。

 何事かと思って後ろを見れば吉名が信じられないものを見たような目でこっちを見ていた。


「ど、どうかしたか?」

「い、今のって、今のって……」

「(コクリ……)」


 頷くのと同時かそれより早いか、吉名は颯爽と部屋を飛び出していく。


「冬美ちゃァァん!」

「どうしてあなたがここにいるの?!」


 後から聞こえてきた声に徐々に状況を察した。

 あんなやつに追いかけられるなんて……心中を察して深く手を合わせた。

 どうかご無事で。



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