第10話 勉強会

『なにこのグループ?』

『わからん。俺も勝手に入れられてた』

『ていうか、誰が作ったんだ』

『多分あの子やろ。ほら、前の昼休み連絡先交換したし』

『あの時か……ていうか何のためのグループ?』

『勉強とかじゃないん?それしか接点ないし』


 夜中の二十二時、ベッドに寝そべりながらスマホを睨んでいた。画面の相手は舜なのだが、そのトーク画面にはもう一人のアカウントも表示されていて、いわゆるグループ形式のトーク画面が展開されていた。

 問題はそのグループに入った覚えがなく、創設者である女が一向に会話に混ざってこないということだった。


『ていうかここじゃなくても、来週の学校でいいだろ』

『俺もそう思った』


 苦笑を浮かんでそうな返信に、だよなぁと独りごちる。

 握っていた手が振動する。差し出されたメッセージの名前は舜ではなかった。


『お二人さん堅いこと言わずに。せっかく女子とroad交換してるんだよ?』


 ちなみにroadとは通話やメールが無料でできるSNSである。


『ようやく入ってきたか。で、なんだよこのグループ』


 俺は荒く文字を打った。


『よくぞ聞いてくれました。それはこの三人の仲を深めるためですよ!』

『抜けるぞ』


 文字ではなく通話画面が映され俺はそのボタンを押す。グループ通話というやつか。初めてした。

 スマホを耳にかざした瞬間慌ただしい声が耳に響いた。


『ちょっと待ってよ!三人で気軽に話せるように作ったのに!』

『最初からそう言えよ!』


 メッセージと違って通話は相手の声を直接聞くことができるため、俺はどちらかといえば通話の方がいい。そして通話の向こうの吉名は夜だというのに相変わらずのテンションだった。


『学校じゃ晴翔くんが嫌われてるせいで全然話せないでしょ?』

『ぐう……』


 正論すぎてぐうの音しか出ない。

 確かにたまに屋上で食べるくらいでそれ以外の絡みは基本なかった。それもこれも俺が嫌われて学校に居場所がないからなのだが。

 だが別に屋上でやればいいものを、と思ってしまう。俺がこういうのに慣れてないからだろうか。


『舜くんは?』


 そういや会話に参加してこないな。吉名と俺が先走りすぎたか、と思ったが違うらしい。

 トーク画面には『俺はこの時間帯は電話できひん』とおやすみのスタンプが送られ、生憎吉名と二人で会話しないといけないらしい。


『舜は寝た』

『あらま。じゃあ二人っきりだね?』


 画面越しでもニヤニヤしている吉名が見える通話は偉大だなと思った。

 きっとビデオ通話にでも切り替えれば俺が想像している顔に違いない。あのくしゃりとした笑みは年相応の女の子のようで可愛げもあるが、あいつの性格とうざいスキンシップのせいで異常に腹がたつ。そもそも男子高校生にあんな簡単に触れるか普通。絶対おかしいだろ。

 しかし、そんな顔を想像できるほど吉名との親密度が高いことに驚く。いつの間にか勉強以外でも話すようになったからだろうか。


 吉名の悪戯めいた誘惑を冷たく返し、近況報告を済ませる(勉強のこと)と話は冬美の話題になった。

 今日も体育の授業がすごいとか、授業中は一睡もしないとか。そう言った当たり前のことをできてるからすごいと吉名は尊敬しているようだで、冬美に心酔しているようだ。

 その話を何回も聞いて飽きない俺も俺だと吉名に指摘される。

 兄じゃなかったらきっと冬美のような妹を持つ兄妹を妬ましく思ってしまう。それほど完璧な妹で、昔のあどけなさを知っている俺だからこそ、その成長は素直に嬉しかったのだ。


『兄と呼ばれたらいいね』

『ああ。そのために今頑張ってんだよ』

『そうだね!そのためにはまだまだ頑張らないと』

『うっ………」


 まだ先のテストのことを考えると胃が重くなる。これじゃあ当日は持たないかもしれないな。

 吉名は俺が嫌そうな顔をしたのを察したようだ。通話が裏目に出た。

 そして何か思いついたように大きな声を出した。スピーカーにしていたからうるさい。


『そうだ!どこかで勉強会やろうよ!』

『勉強会?』


 思わず聞き返すと吉名はうんっと強く頷いた。


『そうだよ!明日は休日だし、ちょうどいいじゃん?』

『よくない!休日はゆっくりさせてくれ!』

『ちっち?!でも、そんなんで勝てると思ってるの?ちょっと甘いんじゃない?』


 的を得ていてなんとも言えないのが無性に腹立たしい。

 授業は理解できているつもりだが、それも舜と吉名が教えてくれているからで、俺の頭が良くなったと奢れるほど自信はない。

 なら、少しは自分でできるよう自主練が必要なのでは。


『負けてもいいの?』


 煽りを含む言葉に俺の意思が固まる。

 諦めよう。休日はいくらでも巡ってくるが、冬美との勝負は一回だけしかないんだ。吉名の言う通り休む暇なんてあるわけない。


『わかったよ。じゃあどこ集まるんだ?』

『もう考えてますよ!』


 おっ、さすが吉名。どこか手軽なカフェとかファミレス、勉強にうってつけの場所を知っているのだろうか……



 律儀なノックが三回鳴り、宅配便なども頼んでいないので覗き窓で誰かを確認する。

 その人影にため息をひとつつき渋々、ドアを開けた。そこには約束通りの吉名と、舜が立っている。


「何で俺の部屋?もっとカフェとかあるだろ」

「金かかるし、一人暮らしの君の部屋を見ておこうと思って」

「俺一人暮らしって言ったっけ?」

「……失礼します」


 まあどこかで漏れたんだろう。

 吉名は俺の許可も気にせず靴を脱ぎ真っ先にリビングに飛んで行った。後から「意外にも綺麗?!」と聞こえてきた。


「あの野郎絶対許さねぇ」


 対して舜は靴を脱いで綺麗に整頓しお邪魔します、と一言言ってから入っていく。

 その挙動一つ一つがとても洗礼されたもので、思わず見惚れてしまうほどだ。ついでに吉名の靴も直していて、母親か!と思ってしまった。


「あと、これ」


 舜が手に引っさげているのは何やら小さくて白い箱だった。


「これ……ケーキか?」

「そやで。駅前の有名なとこで買ってきた」


 やだっ、何このイケメン、顔だけじゃなくそういった気を仕えるところもイケメンすぎてやばい。女子なら間違いなく惚れるどころか崇めるまである。


「お前……イケメンかよ」

「何がやねん」

「おい吉名、これを見習え!」

「ん〜?何が?」

「何人の家で勝手に冷蔵庫漁ってんだよ!」


 ウインクしながら舌を出す仕草をする吉名にそんな感情を密かに抱いた。

 くっそ、可愛いじゃねぇか。



 入って数分しか経っていないのにこのしんどさ、(吉名のせい)俺の部屋はテーマパークと化してるのか。俺の部屋には大きな地球もスーツを着たネズミもいねぇ。


 ひと段落したところで舜の買ってきたケーキと、手土産は一応用意してくれていた吉名の紅茶を淹れる。


「いただきます」

「いっただっきま〜ふ!……んん美味しい!」

「言う前に食うなよ……ん、うま!」


 上品な生クリームの味わいと甘すぎず酸っぱすぎない絶妙なバランスのいちごが、マッチし見事なハーモニーを作り出していた。


「おぉーほんまや。むっちゃ美味いやん」

「さすが舜くんだね!クラスで王子様のあだ名は伊達じゃない!フゥ〜!」

「やめてや、そんな変な異名つけるの」

「いやでも実際そう言う人多いよな」


 舜は密かに女子から王子様というあだ名をつけられている。

 頭脳明晰、スポーツ万能、オマケに芸能人顔負けの容姿ときた。冬美と張るかそれ以上の人気を博している。

 そりゃそんなやつ誰でも興奮するし王子様と煽てるのも納得がいく。それにこの気配りの良さはもう完璧超人すぎる。


「別にそんなことないやろ、俺以外にももっと良い奴おるしな」

「いないよ!この高校に学業推薦で入ってきた特待生が何言ってるの!」


 その吉名の言動に思わず啜った紅茶を吹いてしまった。しかし紅茶を吹いたことにも気づかず、質問していた。


「特待?!この学校で?!」

「そうだよ!この学校始まって以来、超難関と言われる特待をとった2人目の天才だよ!」

「2人?!ってことはもう1人?」

「いや、その人は7年前の話だから」


 この学校の歴史深すぎるだろ。

 というかそれにしても、この学校で特待なんて都市伝説レベルだぞ。そんな大天才様が俺の部屋に………


「ェ、エアコンの温度はよろしいでしょうか?」

「急に改まらんくてええって、逆に気まずいわ」

「そ、そうか。それにしても」

「俺のことはええやん。さっ、食べたら勉強しよ」

「お、おう」


 その時の表情はどこか寂しそうなものだった。

 伏し目がちで、憂鬱そうな。もしかしたら初めて見る舜の悩みや不満を見た瞬間だったのかもしれない。


 俺はまだ、小澤舜という人間を何も知らないらしい。

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