第7話 屋上
昼休みに入り、相変わらずクラスに居場所がないということで屋上に来た俺は大きな空とグラウンドを眺めた。本当にこの空とグラウンドは学校の狭さと世の広さを教えてくれる。いつもありがとうございます。
俺がどうしてそんなに達観しているのかといえば学校に居場所がないからだった。前までは教室の中だけだった悪口が学校全体で言われるようになり俺の居場所は学校にはもうない。だから屋上しか俺に優しくない。
春の割に少し肌寒いこともあって解放されているはずの屋上には誰もこない。つまり俺にとっては学校で唯一の憩いの場と言っても過言ではなかった。
全く、学校全体から嫌われてるせいで購買にも並べやしない。
対して冬美は先輩たちにもその存在が知られるようになり、一躍学校で有名になった。当の本人は嬉しくはないだろうが。
ていうかなんだよこれ。兄妹で扱いの差がひどすぎないか?おいどうなってんだよ作者一発殴らせろ!
「はいはい。妹に対しての妬みはそこまで。買って来たったよ」
「おうサンキュ」
思わず口から出た言葉に舜がツッコミを入れる。購買に並べない俺の代わりに弁当を買ってきてくれている。
そしてその後ろに何やら騒がしそうなやつがひょこっと頭を覗かせた。
「よ、吉名?!」
「は〜い!私だよ。どうしたのそんな青ざめた顔して」
「いやいやなんで?」
その説明には舜が応じてくれた。
「いやなんか勝手についてきた。で、問い詰めてんけどなんか晴翔と話があるからついてくるって聞かんくて」
「なるほど……とはならないだろ!お前のせいでみんなにばれたらどうするんだ?!」
「合点承知なので〜す!」
「何が?てか歌舞伎か!」
「うん歌舞伎やな」
寄り目で歌舞伎もどきのバカに理由を尋ねる。
「そんなことより、何しに来たんだ」
吉名は俺には目もくれず屋上の景色に見惚れていた。だが一応耳だけはこちらに向けているようだ。
「大丈夫!晴翔くんがここで舜くんとぼっち飯囲んでるなんて言いふらさないから」
「その時点でぼっちやないけどな」
「全然大丈夫じゃねぇだろ」
舜が呆れた声を出し、俺も諦めのため息をついた。こいつに敵意がないのはわかってるし、いちいち言いふらさないとも思うのだが。
吉名はそんなこと意に返さず話し始める。
「ていうか今朝約束したじゃん!友達になるって。だからご飯一緒に食べよ!」
「他には?」
「冬美ちゃんと友達なるための作戦会議!」
「それが本音だろ」
俺たちの関係を知らない舜は少しだけ惚けたように俺たち二人を見た。
そういえば吉名との今朝の一件については話していなかった。話せば舜にも迷惑がかかると思っていたらだ。けどこの際仕方ない。
舜の目にはクラスの人気者とクラスはおろか学校で嫌われてるやつがなんで仲良く喋ってんだ?ってなるはずだろうからな。
器用に会話にちょくちょくツッコミを入れる舜にも会話に混ざってもらうため、今朝の出来事をかくかくしかじかと説明した。
「なるほど。じゃあ二人はもう友達なんや」
「そうだよ!私は晴翔くんの友達にして、彼女にして、愛人にして、新妻にして、奥さんだよ!」
と腕を絡ませてくる。
「勝手に進展させるな!そもそも俺はまだお前を友達認定した覚えはない!」
慌てて振りほどこうとするが吉名の力が強いのと、肘に当たる柔らかい感触が忘れられず「まだ離すな」と脳に命令してくる。
甘い香りも鼻腔を擽り判断を鈍らせてくるが、なんとか引き剥がす。
おのれ、自分の豊かさを利用してくるとはなんとも厄介で卑劣な女子高生だ。
「きゃっ」
こいつ朝から事あるごとに甘い声漏らすのやめてくれんかね。
もし勘違いしたらどうするんだ。
「とまあこいつは俺には敵意はないみたいなんだ。それに勉強の件、忘れてないよな」
「なんのことかな〜?」
「とぼけるな!代わりに勉強教えてくれるって言っただろ!」
「うそうそ。もっちろん!私に任せなさい!」
とん、とは違う効果音が鳴る胸を叩き威張ってみせる吉名には舜も苦笑を浮かべていた。
「でもまあ、この子に頼んだんはいい判断ちゃう?確か結構順位高かったし」
「そうなんだよな。見た目と中身が違いすぎる」
「しっつれいだな!……というか舜くんには言われたくないよ……だって君」
「あああ、そろそろお腹減ったし、と、とにかく弁当食べよや!」
一瞬吉名が何か言おうとしてたが、気のせいか。
どうせ大したことなさそうだし。
弁当を食べ終え、一息つくと太陽の暖かさを集める屋上は絶好の昼寝スポットと化していた。俺は手を後ろに組み寝そべる。吉名は俺の腹を枕代わりに使おうとしてきたので頭を持ち上げてやった。
「きゃっ!」
「だからやめろ!」
この女さっきも食べてる途中に「あなた、はいあ〜ん!」とか言って卵焼きを食べさせようとしてきやがった。危うく食べかけ、すんでで止めた理性に感謝した。この誘惑ビッチめ。
それにしてもこいつは俺たちと昼休みを過ごしていいのかと、疑問が湧いてきた。クラスでも一緒に食べるやつが多いはずなのに。
「でも俺らと食べていいのか?いつものグループは?」
「この日はみんな部活とかでミーティングあるからね。だからこの日なら一緒に食べれるよ」
「頼んでねぇよ」
「きゃっ」
……………。
「でも吉名さんのおかげで」
「里奈でいいよ」
「吉名さんのおかげで勝ち目は増えたわけやな」
「もうっ、名前で呼んでよ」
ぷぅっと顔を膨らませる吉名はとりあえず無視しよう。
「そうだな。勝ち目は増えたけど……俺が頑張れるかだな……」
「俺を前にしてサボれると思ってるんやったらな」
「………はい」
まじでこいつは怒ると怖いタイプだ。
敬意を表して鬼の教官と呼んでやろうか。
実際感謝しかない。舜のおかげで苦手な勉強を克服しつつあり、授業での理解度もバッチリであった。
数学しかできないと言っていた割に全科目きちんと教えてくれる几帳面さに助けられている。
「で?冬美ちゃんとはどうやったら仲良くなれるの?」
一瞬で現実に引き戻された。
全く考えていなかったわけじゃないが、俺の脳内冬美は中々に手強く、どのギャルゲーにもいなかった攻略方法未知数の強敵だ。
「むずすぎる」
「自販機並んでた先輩らも声かけて塩対応されてたわ」
「だろうな」
あいつの他者への興味は一ミリもない。ゆえに会話すら成立しないというバグが起きるのだ。どうしたって手の尽くしようがない。
「いや諦めちゃダメ!きっと愛をもって話せば『里奈ちゃんとは友達になりたいかも』とか『もう私には里奈ちゃんしかいない!』って言ってくれるよ」
「お前の脳内妄想で冬美を見積もるな!あと、なんで全部お前なんだよ」
そもそもそんな簡単に口を聞いてくれるなら多くの男子が玉砕されてMに目覚めるわけがない。
あいつがそんなセリフを吐くこと自体想像できない。というか兄として見たくない。もっと堅実な交友関係を所望しようか。
「冬美さん、性格に癖あるからな」
ぴくっと吉名の耳と口が動いたのは無視しよう。
「あんなにきつい態度やったら周りが近づかんようなるだけじゃなく、最悪いじめもあるかもしらんで」
冬美がいじめられる。というのは信じられないが、能力が高く、おまけに容姿も完璧。それだけで十分目の敵にされる理由にはなるのにそれに加え冬美は態度と性格があからさまに悪い。自然と見下してる風になってしまうわけで、勘違いするやつも増えるかもしれない。
そうなればいじめの標的になると言う言葉は過言じゃなかった。
「晴翔?」
「いじめられるのはわからない。でも今はみんな初めての環境で右往左往してるけど、グループが形成されていけば冬美は確実に輪からはじき出される。そうなればクラスで孤立してしまうかもな」
「そうやんな」
「うんうん、そこで私の出番だね!」
俺は頷いた。
「うん。癪だが、吉名と仲良くなればそのまま輪に入れるはずだ」
「一言余計じゃないかな?」
けどあいつがどう友達作るか想像できねぇ。
吉名はいいやつだが、バカだ。思わぬ地雷を踏んで即ゲームオーバーってこともある。
吉名と冬美はクラスのムードメーカーと生粋のぼっちだ。
混ぜるな危険の組み合わせで合わないこともあるかもしれない。月と太陽、水と油。酸性とアルカリ性みたいに中和してくれればいいんだが。俺うまいこと言った?
それと冬美の性格を考えると
『私に友達が必要?一人でなんでもできるのだけど』
って絶対言うな。
もし会話できても今までのぼっち経験が災いして会話が成立しないことも。
ていうかそもそも……俺との約束のせいであいつに友達ができないんじゃね?ならこれはある種俺のせいじゃん!
罪悪感に苛まれる俺は無視し二人は考え込んだ。
「でもどう声かければいいのかな?」
「冬美さん、なんか好きなもんとかないの?それやったら話のネタになるんやけど」
「冬美の好きな物か……」
俺はしばらく考える。あいつが何に興味を持って、昔はどんな性格してたかなど。
その時、隣の吉名がぷるぷると震え始めた。見れば顔が赤く、悔しそうに歯をぎしぎし言わせている。
一体何と戦ってんだ?
「なんで舜くんは私を名前で呼ばず冬美ちゃんのことは名前なの?!」
「え、だって冬美さんは可愛いから」
吉名の絶叫に舜は冷たく即答で返す。
女心の分からない俺でもわかる。それは言ったらダメだろ!
吉名は一瞬固まり、そして泣きはじめた。
「うわぁぁ、舜くんひどいよ!」
「さすがに言い過ぎだ」
「ごめんごめん。吉名ちゃんも可愛いから」
「あ、やっぱり?」
ニコッと笑みを作った吉名。
嘘泣きとかとんだ詐欺師だなおい。
心配損だ。でも今のは舜がひどい。同情はできないが。
「こんな話じゃない!冬美ちゃんの話しようよ!」
「お前のせいだ!」
日の傾きが時計のない屋上の時間経過を知らせてくれた。
結局話はまとまらず、持ち越しとなった。
とりあえず吉名と連絡先を交換し、俺たちは屋上をあとにした。
屋上の心地よさはクラスに戻っても健在で、寧ろ昼寝ができなかったせいで授業中昼寝をし、舜に叩き起こされたことは伏せておこう。
あいつ分厚い教科書で叩くから音が小さい割に痛いんだよ。
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