第6話 協力関係

 それから舜のスパルタのような勉強漬けの日々が、数日続いたある日。いつものように学校に到着するや俺は違和感に気付いた。

 クラスの連中が俺に向ける目を、学年の違う人たちにも向けられていた。

 明らかに蔑んだ瞳がクラスだけでなく、廊下やトイレまでにも及び、自然と俺は人の目を常に気にして行動するようになってしまった。


「あいつか……変態の新入生って」

「うわあこっち見たキモっ」


 中には視線だけに飽き足らず陰口を叩く輩もいた。いいですか、新入生の皆さん、くれぐれもこうならないように。誰に言ってんだろ。

 見られるからといって俺が辛いと感じることもなかったが、知らない人たちも俺のことを勘違いすることがカンに触る。

 言うなら関わってからにして欲しいしそれが女子ならなお歓迎だ。



 今日も周囲の侮蔑の目に曝されながら登校。クラスではマシンガンほどの悪口を呟かれることが日課になってそろそろ心臓が鋼鉄並みの強度になる。

 冷めきったミュータント人間だけにはなりたくない!


 舜はまだ来ておらず持ち込んだヘッドホンをつけて教科書を広げ自主勉強に徹していた。


「うんうん。ちゃんと勉強してるんだね」


 まあ言いたいことはわかるよ?馴染んでないクラスで美少女にあんなこと言うんだから俺でも軽蔑………って、


「うわぁっ!なんだお前?」


 俺の隣でちょこんとしゃがみこんでいる女子生徒に思わず声を荒らげて立ち上がってしまう。見覚えのある顔を凝視すると、ピタリと目が合う。


「ふっふっふ、聞かれたら仕方ない。私の名前は」

「吉名里奈、だろ?」

「正解。よく覚えてるね!その大きな頭には余程の脳みそが詰まってると言えよう」

「まあな」


 そりゃ自己紹介であんな盛大で派手な演出して誰も知らないわけないだろ。


 えへへ、と可愛らしい笑みを浮かべているが俺には悪役の顔にしか見えない。

 なぜならクラスの人気者が、俺のところにわざわざ来るはずないからだ。

 冷やかしか?よくあるクラスで人気のやつが友達のいない陰キャに対して協力的と思いきや、裏では黒幕だった、的なアニメは幾つも見たことある。こいつもその類か?


「お前、なんで俺のとこきた?」


 どう考えても意味不明だった。俺に関わって得はないんだが。

 吉名は、はあ?みたいな顔をしてるが俺からすればそれは俺のセリフだった。


「いや、だって俺今クラスで……この学校で一番の嫌われ者って言ってもいいんだぜ?そんな俺になんで近づいてきた?」


 自分で言うのもショックを受けるが事実だ仕方ない。

 しかもこいつと話すせいでクラスの目はより一層冷たくなる。こいつは気づいていないだろうが、どっちもが得をしない状況だった。


「ふっふっふ、甘いね晴翔くんは!私はねクラスのみんなと友達になるのが夢なんだよ」


 まさに黒幕のフレーズ。本当に信じていいのかもわからない。

 単なるバカなのか、本心を隠しているのか。俺にはこいつがわからなかった。


「ちょっとこい!」

「え?きゃっ!」

「バカっ!変な声出すな!」


 俺は吉名の袖を掴んで廊下に連れていく。それを見て数人の男子生徒が続いてくるが階段の踊り場に隠れてやり過ごす。


「ちょっと、いきなり情熱的だね」

「バカかお前。頭お花畑か?」

「そうだねお花は生えてないけど、髪の毛なら生えてるよ?」

「なるほど。ただのバカか」

「っなんと?!いきなり酷くない?」


 いやいや無自覚にひどいことしてるのはお前だ。

 とりあえずここも安全じゃない。用件があるならさっさと済まして欲しかった。


「さっき見た通り俺はクラスで嫌われてる。そんな俺に何の用だ?」

「いやだから、友達に」

「嘘つけ。俺はそういう奴が一番信じられないんだ。『友達作りたいから!』だけで近づいてきたと思ったら実は黒幕でしたってパターンだろお前!」

「おほほ〜、晴翔くんはそこまで頭が回るのか。けど杞憂だよ、ほんとに私は友達になりたいだけ!黒幕ならとっくに詰んでるよ?」


 何言ってんだこいつ、と考えた矢先……なるほど吉名の言うこともあながち間違いではない。もし本当にその気なら俺は一瞬で詰み、かっこよく言えばチェックメイトだ。


「わかった?」

「……うん」


 吉名にばれないよう固唾を呑む。

 今俺は周りに見つからないよう静かに話すため吉名と体を密着させ、逃げられないよう右腕で左腕を掴みフリーな左腕は壁に預けていた。いわゆる壁ドンの体勢だ。

 顔も鼻先が当たるほどに近づけ、かすかにシャンプーの香りが漂ってくる。

 そして何より、吉名の山のような胸部が俺に当たってしまっている。


「つまりだな。俺がこの状況をお前に撮られでもしたら………」

「っそ!君は間違いなく、ほんとにクラスの立ち位置が無くなるね。最悪退学かも、そうなれば引きこもってニートまっしぐら!」


 名残惜しいが俺はすぐに吉名の手を離し距離を取った。


「きゃっ!もうっ優しくして」

「意味深なこと言うな!」


 吉名は本当に俺に危害を加えるつもりはないらしい、今は。

 現に忠告してくれてるし。


「じゃあ、ほんとに友達になりたいだけか?」

「うん!そうだよ、もっといえば冬美ちゃんともなりたいかな」

「それなら何で俺なんだ?直接言えばいいだろ、っいて」


 脛を蹴られた。

 吉名は人差し指をつけては離しを繰り返し俺にジト目を向けてくる。


「そりゃ本人に言えれば一番なんだけどね。冬美ちゃん、誰とも関わろうとしないの。話しかけても『ごめんなさい、時間ないから』とか、『私、興味無いわ』とか……とにかくまともに取り合ってくれないの!」


 なんともアイツらしい。入学式でもそうだがあいつは基本的に塩対応だ。勉強・運動・容姿が完璧な代償に人間関係というものを捨てたのか、あるいはひん曲がってしまったのか。人付き合いが目に見えて下手くそだ。


「だから晴翔くんにも協力してほしいの」

「無理、そんな時間ないから。じゃあ」


 そう踵を返そうとする俺に裾を掴んで引きとどめる。


「待って待ってお願い、お願いします!」

「いやだってよ、確かに協力してやりたいが勉強の方が大事だ」

「知ってるよ冬美ちゃんと賭けてたもんね」


 なんだコイツも知ってるのか、だったら離してもらいたいのだが。

 俺は冬美に認めてもらうために、一分一秒も無駄にしたくない。故にこんなところで油を売りたくないわけだが、どうにもこいつの手は全然離してくれない。


「というかなんで俺なんだよ」

「君くらいしか頼れそうな人いなくて」

「それは結構だが。俺は冬美に嫌われてるんだぞ?俺が関われば逆効果だと思うが?」

「そうかな?一番君が冬美ちゃんとまともに話してる気がするけど」

「な訳ないだろ!はやく離せ!」


 引きずろうとしても吉名の力がなかなか強く逆に引っ張られる。


「じゃあ私も協力する。君が協力してくれるなら国語教えてあげる!」

「コミュ力なら必要ない」

「違うよ!勉強の国語」


 俺は足を止める。

 その言葉が本当なら是非ともお願いしたいが……


「とても勉強が得意とは思えないんだけど?」

「うわっ失礼なやつ!ていうか知らないの?」

「何を?」


 吉名は自信たっぷりに大きく膨らんだ胸を突き出し、手を口元に寄せて言った。


「私こう見えても――――試験3位でここ入ってるから!」


 1位の胸の張りようだな。

 でも3位はすごくないわけじゃない。むしろこの高校ならすごいくらいだ。

 ただ彼女に見た目と言動からはそう見えないが、嘘をついているようにも見えなかった。


「どうかな?私と協力関係になるのは?」


 舜にはどう説明しよう、と考えたが首を縦にふる。

 舜のことだしわかってくれるはずだろう。

 吉名は俺に対する敵対意識はなく、互いに利用しあえる最良の関係。この好条件を持ったやつ、是非俺からお願いしたいほどだ。


「わかった。協力する。が、俺は勉強優先するからな」

「もちろん!じゃあよろしくっ!」


 差し出された手に俺も手を合わす。JKの手を触るのは初めてだが、あまり緊張しない。それはきっと吉名の人柄の良さだろうか。

 まさかクラスでもトップの人気を誇る吉名と関わることになるとは、他のやつに知られでもしたらまた何か言われる。

 それにしてもうちの学校には容姿がよくて頭がいいっていう限定でもあるのか。


 廊下の階段を上がりきる前で人がいないことを確認した吉名がこっちに振り向く。


「ていうか。さすがの私も初日の晴翔くんには引いた……」

「うっ……そうかよ」

「でも話してみると案外面白いね!やっぱ話してよかったよ」


 こいつ無意識に男をその気にさせる笑顔見せんなよ、俺じゃなきゃ惚れてるぞ。


「見た目とは違うってことだよ。お前と一緒」

「なにそれ?私は見た目も中身も同じだし!それよりほんとに妹なの?」

「そうだよ。誰がなんと言おうと俺はあいつの兄で、あいつは俺の妹だ」


 吉名は「そっか」と引き結んだような顔で笑い歩いていく。それが否定なのか肯定なのか俺には分からない。でも、侮蔑の目じゃないことだけは俺にはわかった。

 こいつ、案外いいやつなのか?


 「失礼なこと考えたよね今?」

 「いやあ、なにも」


 どうして主人公は思考読まれる設定が当たり前になっているんだ。



 先に戻っていく吉名とは距離を開けてクラスに戻るともう舜は来ていて、その隣には冬美もいた。

 吉名は仲のいいグループで固まっており楽しそうに談笑していた。

 時々目が合うと吉名以外の連中は俺に訝しむ視線を向けてこそこそ話し出した。

 大体内容はわかる。どうせ俺に何されたとか、酷い目にあってない?とかきもすぎっ、とか言ってんだろ。◯ねリア充、爆発して俺の希望の糧になれ。


「晴翔、どこ見とるん?ここ間違っとるよ?」

「すまん。ちょっとな……」

「集中しな!」


 そうして俺は教科書に目を向け勉強を再開した。

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