第5話 再開⁉︎②
私 加賀屋冬美には双子の兄がいる。いや、いたというべきだろうか。
両親の離婚によって、私たちは離れ離れになってしまった。
連絡先も知らず、顔も思い出せない。覚えているのは約束だけ。
『いつかすごくなって必ずまた会おう』
今思えば子供がやりそうなありきたりな内容で、お兄ちゃんはもう忘れているかもしれない。
でも私は忘れてない。それがお兄ちゃんに会うためならと疑わず信じられた。
だから私は頑張った。勉強は小学校の頃からクラスで一番しかとっていないし、中学では陸上で全国で一位を取った。それに容姿だって誰もが振り返るほど綺麗に勤めたつもりだ。その過程で友好関係に気を配れず友達は多いほうではないけど。
それでも自慢できるほどにはすごくなったつもりだ。次お兄ちゃんに会うときは「さすが俺の妹だ。頑張ったな」って言ってもらえると。
まあお兄ちゃんならもっとすごくて、きっと私の頑張りなんて届かないところにいるかもしれないけれど。
だから私は信じない………こんなストーカー紛いのクソ野郎で、ゲスでキモい男が私のお兄ちゃんなんてありえないし、そんなやつが私の兄を名乗るのだから憤りすら覚える。
私のお兄ちゃんはもっとすごいんだ。
きっと誰より優秀で、イケメンで、誰からも認められて尊敬される人なんだ。だから、だから………
「あんたみたいな変態がお兄ちゃんなわけないでしょ!」
心の底から怒りとともに出た言葉に私は恥ずかしくなって顔を隠した。何年かぶりに感情を昂らせ、自分を曝け出した。こんな羞恥にまみれた物だとは思いもしなかった。
全く恥ずかしくて仕方がない。それもこれもあの男のせいだ。
チャイムとともにあの変態は逃げて行ってしまったが、またいつ何か言ってくるかわからない。
あの男。次また同じようなこと言ってきたらどうしてやろうかしら。
※※※
なんとか逃げ切り誰もいない屋上へと足を運んだ。外気の涼しい風が吹き、汗と共に暑くなった体を冷ましてくれる。
空とグラウンドのコントラストが非常に映えるこのスポットは、リア充達が思い出の一枚を切り取るために利用するだろ。それほどまでに青春を孕んだ場所だった。
そんな場所を青春の欠片もない、逃げるため、という目的で使用している俺にはきっとバチが当たるだろう。
……もう当たってるからこれ以上はやめてほしい。
「それにしても、あのべっぴんさんがお前の妹てそんなアニメみたいな話ほんまにあるん?」
足音の方に警戒の目を向けるが、唯一の味方である舜だった。
舜は疑いながらも否定はしてないでいてくれて、俺が屋上に逃げたのも舜が案内してくれたからだ。
「正直に言うと俺も信じられない。あんな美少女が俺の妹なんて」
「なんか間違いとかじゃないんか?名前なんか一緒の子山ほどおるやろ」
「俺もそう思ったよ、でもあれは俺の妹だ。根拠はないけどなんかそんな感じがするんだ」
口では表せないような確かな感覚が俺にはある。性格や顔が昔と変わってもあいつは俺の妹なんだという確かな確信が。
「でもそれならほんまにすごいで、あの子試験も一位で入ってきてるし、調べたら中学で陸上全一やし」
「そんなにか?!」
全国がやたら小さく聞こえるぞ。
でもそれはあいつがすごいということで。
少し涙が出そうになって必死にこらえる。
「冬美は、約束を覚えてた」
もう忘れてるんじゃないかと思っていた約束を覚えていてくれたんだ、俺とは違ってすごい人間に。
だからこうして会えたということは………
「よし!信じてもらうために、俺はこれから頑張る!」
「って言っても、具体的には?」
「そうだな、今月にある実力テストであいつに勝つ!そんで認めてもらう」
「自信ありげやけど、大丈夫なん?あの子むっちゃ頭いいってさっき言ったで?」
「馬鹿野郎。俺が何の作戦も立てずに冬美に挑むと思うか?」
「ならなんかあんのか?」
冬美に勝つ方法ならもう思いついている。
俺は自信に満ち溢れた顔でこう言った。
「任せろ!」
クラスに戻りまだ授業まで数分あった。未だ刺さる目線は痛いもので、数人は俺の邪魔をしようとしてきたが何とか押しのけ冬美と対面する。
「なに?まだ私に何か用?言っとくけどあなたを兄だなんて認めないから」
不満と怒りを含んだドスの効いた声に、昔には見たことないほど鋭くなっている目つきに思わずたじろぐが、俺も引けない。
「ああ、わかってる。お前がすごくなったのは、約束を覚えててくれたのは。そしてこんなだらしない俺を兄と認めないというのは」
「だったらちゃんと謝罪を」
容姿も普通で勉強もスポーツも、何一つ自慢することのない俺だ。そんな俺には勿体ないくらいの妹で、ほんとに兄というのもおこがましい程俺たち兄妹は不釣り合いなのかもしれない。でも……
「でも、諦めるわけにはいかない!俺はお前の兄だ!だから俺のことを知らないで兄と認めないのはやめてもらいたい!」
「っの!」
パチンっ!と張り手を食らう。が言葉を止めない。
「俺はお前の兄だ。だから絶対認めてもらう!」
もう一発、今度は蹴りをお見舞される。
「勝負だ冬美!今月にある実力テストでお前が俺に勝てたら今後俺はお前の兄とは言わない!でも勝てば」
攻撃をやめた冬美が取り次いでいう。
「私が兄と認めるってこと?」
「話が早い!」
冬美は俺の提案を聞き腕を組んで思考に耽った。だがそれもすぐで、次には意地の悪い笑みを浮かべた。天使と悪魔両方とも取れる清々しく、歪んだ笑みを。
もう勝利を確信しているのか、負けることを考えてもいないようだ。
「どれだけ自信があるのかわからないけれど、いいわ。その勝負乗ってあげる」
勝負は承諾された。これで俺が勝てば冬美に兄と認めてもらえる。
「ただし。賭けは双方の要望を満たすものじゃないとね」
どうしてか冬美の顔が昔見た凶悪犯罪者みたいな顔しているように見える。
「つまり?」
「あなたが負けたら今後一切、私を妹と呼ばない?いや足りない。もう一切私に近づかないで!」
なにィィ?!俺の払ったリスクじゃ足りないと?こいつどんなけぼったくりなんだよ。お兄ちゃんはそんな風に育てた覚えはないぞ!
「呑めないの?」
この妹は俺を殺すつもりだろうか。
とはいえ俺が提示した勝負だ、ここで逃げたら本当に兄とは名乗れ無くなる。
「了解だ。それでいい。絶対認めされるからな!」
「ふふ。じゃあ楽しみにしておくわ」
堂々と席に座るその様に焦りや不安は微塵も感じられず余裕とでも思っているのだろう。
反対に俺は今ので心臓が破裂しそうだった。
約束通り負ければ俺は妹と呼べないどころか、せっかく再会した冬美に近づけなくなる。俺からすれば生きるか死ぬかの勝負––––Dead or Alive
だからこの勝負、俺は何としても勝たなければいけない。ただ、普通にやっても勝ちは薄い。
そこでこの俺がIQ300の頭で考えた作戦は……
「お願いします小澤様!どうか惨めな私に勉強をお教えください!」
「はぁ……」
そう舜に教えてもらうことだった。
俺はしっている。こいつも相当頭がいいことを。
「あんなに任せろって言っといて俺に頼るんかいな」
「仕方ないだろ正直勉強で俺が冬美に勝てる見込みはない!」
「そんなはっきり言うんや。なんか小細工使ったら?」
そうすれば確かに勝てるかもしれないが。
「いや。冬美とは真っ向から戦いたい。じゃなきゃ兄だって示しがつかなくなる」
「それもそうやな。てかなんで俺?」
しらばっくれようとする舜に俺はスマホの画面を見せる。
「これ……」
「俺は知ってるぞ、お前が中学の時数学のオリンピック金メダリストだったことをな」
舜は困ったように顔をしかめた。
「なんでそれ知ってるん?」
「お前もさっき言てっただろ、冬美のことを調べたって。だから俺もお前のことを調べてみた」
さっき冬美をネットで調べるついでに、小澤舜って名前で検索してみたら驚きの記事が出てきた、というわけだ。いや妹と友達の名前検索するってなんだよって今の俺も思う。でも出てきたから、しかもこの状況だ頼らない手はない。
「ちょっとキモいけど、暇やしええよ」
「ほんとか?」
「でも俺が教えれんのは数学くらいやな、ぶっちゃけそれ以外はあの子までは無理やわ」
「それでいい!まじ助かるぜ」
「そんな心意気でよう勝負挑んだな。ちょっと尊敬するわ」
そんな大層なことじゃない。妹を妹だと言わない兄がいてたまるか。
これまでの出来損ないの俺を、これからの妹に見せるわけにはいかない。まして妹が完璧ならなおさらだ。
「見てろよ冬美、俺がお前の兄だって証明してやる!」
「その前に晴翔が変態っていう誤解とかなあかんかもな」
「っ?!」
あの宣言からも数人の男子生徒に殺されかけたのを思い出して鳥肌がたった。
「授業サボらね?」
「どんなけ怖がってんねん」
舜は苦笑まじりに笑う。まさか高校で使ってみたい言葉をこんなダサい場面で使うことになるとは。
放課後まで殺意の目にさらされ続けたせいか、家についてから鉛のように重い体でベッドに飛び乗った。それ以前に今日は驚くことが多かった気がする。
一番は冬美との再会、それからクラスから狙われる羽目になり、いきなり始まった兄妹対決。一日目にしては激動すぎるスケジュールだろ。
不満をぶつぶつ言いながら俺は仰向けになる。
それでもやっぱ冬美に会えたのは嬉しかった。……まだ認めてもらってねぇけど。
とりあえず夕寝でもしようと目を瞑ったところスマホがピコンと鳴った。
相手は今日交換したばかりの舜だった。
『明日からするけど、今日も勉強しとけよ』
「そうだったぁぁ!」
俺には一日たりともサボる時間はないんだ。なんせ妹がかかってるんだから。
どんどんっ!
隣から聞こえた音は(うるさい)って言ってる気がする。
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