第4話 再開⁈

 今日も気分良く俺はルーティンを済ませて家を出た。今日から、いや今日が本番、昨日は前座。などと息巻いて扉を開けると隣からも同じような音が聞こえ。


 「行ってきます」

 「行ってきます」


 声も重なる。見るとやはりあいつだった。

 とりあえず社交辞令で。


 「おはよう」

 「っち……」


 舌打ちと無視までされたんだけど。


 「ちょっと待てよ、さすがに無視はひどすぎないか?」

 「朝からあなたの顔見るのは気分が悪くなるのよ。それに話しかけないでって言ったんだけど」

 「社交辞令だよ。クラスメイトに挨拶するのは当たり前だろ」

 「バカバカしい。勝手にすれば」

 「バカでもできることができないのか?」


 俺の煽るような口調に彼女は俺を見下すように首を高くし上から睨めつけるよう見てきた。まるでカエルを睨む蛇のように、かと思うと今度は天使のような笑みを顔に貼り付けた。


 「good morning. I wish you died ealy《おはよう、はやく◯ねばいいのに》」


 それから何事もないように通り過ぎる彼女だが。なんで英語?てか英語で悪口言えばばれないと思ってるかもだけど、俺英語はまあまあできるんだよな、と通り過ぎていく彼女の背を見て密かにそう思った。



 「おはよう」

 「お、おうおはよう」


 教室に入ると俺の席の隣には舜が座っていた。


 「お前、隣なんだ」

 「まあ俺「お」から始まる名字やしなんとなくなりそうやなって思ってた」

 「なんとなく縁があるな。あと」


 俺は舜の耳元に顔を近づけて小声で話す。


 「お前の隣、あいつなんだな」

 「そうやねんな。むっちゃべっぴんな子。ていうか晴翔はなんかあんの?」

 「いやないけど。なんで?」

 「いや、晴翔がきてから隣からすごい雰囲気感じるんやけど

 「いや、さすがに気のせい」


 「あなた達、誰のかはわからないけど人の陰口はそこまでにすることね」


 冷えきった凍てつく声は舜の隣から聞こえる。

 気のせいじゃなかったかもしれない。確かにすごい雰囲気というか明確な殺意を感じる気がする。それも俺に向けられた。


 「べ、別にあんたのことじゃ」

 「あら、私のことなんて言ってないけど?」


 くそっ、嵌められた。これが誘導尋問なるやつか。


 「別にしていないのだけど」

 「お前俺の心を読むな!」

 「まあまあ二人とも。ごめんな加賀屋さん、気悪くしたなら謝るわ」

 「少しうるさいから言っただけよ。気にしないで」


 少しも顔を変えずそのまま正面を向く彼女。一応舜のおかげで場は収まったわけだが、舜と俺の接し方に雲泥の差を感じるのだが……

 さすがに俺に対してのあたり強すぎません?俺そんなに嫌われてる?


 「おい〜お前ら席つけ〜」


 理由を考えているとだるそうな声が聞こえ、周りも席についていく。

 入学式で紹介されてた 葛城陽子かつらぎようこ先生が気だるげに教卓の前に立つ。なんとも覇気のない先生である。メガネをかけていて常に半目で眠たそうにしているからか、赤ジャージという部屋着満載の服だからなのか、入学式でやる気のない挨拶をみているからか。とにかくこの先生はやる気がないことが印象的だった。

 そんな葛城先生は見た目通りのやる気のない挨拶をした。


 「いやあ、ホームルームか。もう挨拶すんだし話すこともそこまでないんだよな……ああ時間までなんかやりたいことやっていいよ」


 と椅子にもたれ掛かるように座った。

 なんとも適当である。こんな人でもと言ったら失礼だが葛城先生のような人でも教師になれるんだな。ほんとに教師の世界とは不思議なものだ。


 「はーい!」


 すると一人の女の子が手を挙げた。驚くほど真っ直ぐで綺麗に。


 「よし、じゃあ任せるよ。えっと名前は……」

 「はいはい私、吉名里奈よしなりなって言います!」


 勢いよく席を立つとなんとも活発で生気あふれる声を出した。

 立つ勢いで崩れた前髪を直し、邪魔な髪を耳にかける仕草に思わず見惚れてしまう。茶髪のセミロングに加えスタイルも顔も共にバランスよく、まさに高校生男子の理想というべき可愛らしさを秘めた女子だった。

 吉名里奈は視線が集まるのを確認してから手を挙げた。


 「こんなに多くの生徒がいて、誰の名前も知らないなんて、やだから。初めはやっぱり自己紹介会でしょ!」


 クラスが騒ぎ出す。どうやら吉名の意見に賛成なようだ。

 それにしてもなんだこの女子。まだ始まったばかりのこのクラスを一瞬でまとめちまった。これが陽キャラと呼ばれるやつか。


 「おう。じゃあ勝手に始めろ」

 「は〜い!じゃあ私からね……吉名里奈って言います、趣味はおかし作りと猫をあやすこと、好きな食べ物はりんごです!ち・な・み・に、彼氏はいませんしできたことありません。これからよろしくね!」


 ぺろっと可愛らしく舌を出す仕草をし自己紹介を済ますと盛大な拍手と指笛がクラスに響いた。自己紹介一つで一体どれほどの男子のハートを掴んだのかはいうまでもなかった。さっきのまとめ方といい完全に見せ方をわかってやがる。

 恐るべし吉名里奈。


 そうして他の生徒も順番に自己紹介を始めていき(多いので省略)ついに俺の出番が回ってきた。


 「雨宮晴翔って言います。趣味はアニメを……本を読むこと、あと音楽を聴くことです。これからよろしくお願いします」


 よし。ちょっと怪しいが噛まずに言えたし、波風立たないような自己紹介できた。これでクラスの立ち位置は一般的な男子ということだろう。


 「じゃあ次」


 はあああ?!拍手は?みんなの時拍手してたじゃんなんで俺の時だけ……


 「きゃーーー!!」


 席を立っただけで歓声が沸いた。


 「えっと、小沢舜って言います。趣味は特にありません。俺、関西から来たんで喋り方に違和感感じるかもしれませんがこれからよろしくお願いします」


 俺とは正反対の拍手と女子からのラブコール。本人は恥ずかしそうにすぐ席に着く。まあこいつイケメンだもんな、ただ………


 「どういうことだ。さすがに理不尽すぎないか」

 「やめろて。そんなん俺に言われても知らんわ、服引っ張んなて」

 「っの野郎、お前ばっかりズルいぞ」


 「はい」


 その返事があまりにも綺麗すぎて黙った。例えるなら透き通る泉に小石を投げた時のような、そんな声。

 教室もさっきまでの盛り上がりとは打って変わって泉のある森のような静寂に包まれていた。みなが目を丸くしその挙動に注目する。

 その本人は緊張気味に顔を赤らめながらその綺麗な声を紡いでいく。


 「私の名前は」


 クラス全員が聞き耳を立てる。もう獣人族かのように対して長くもない耳を。もちろん俺も例外に漏れない。そういえばずっと名前を知らなかったが俺だけではなかったようだ。

 椅子が擦れる音など気にせず、まるで天使に耳かきで掃除でもされているような心地よさを堪えた神秘的な声で彼女は名前を口にした。


 「加賀屋かがや––––冬美ふゆみって言います」


 その名前に俺の記憶の栓が中から弾かれたように抜けた。気のせいだとも、よくある名前だという選択肢はない。あの最後に見た妹の顔を思い出す。


 「お前、冬美か……」


 思わず立ち上がってそう聞いた。視線が交差する時、時が止まるどころか逆再生されて昔の妹の顔と重なった。


 「冬美、だよな」

 「あなた………何言ってるの?」


 過去から、いやもしかしたら知らぬ間に浸かっていた夢から現実に引き戻される。冬美は、覚えてないのかそれとも忘れているのか。


 「いや、俺だよ。だいぶ前に別れたお前のお兄ちゃんだよ」

 「確かに私には兄がいたけど……あなたとは正反対よ」


 いくら弁明しても冬美は首を振らない。それにクラスの俺を見る視線が冷たくなってきている。どころか殺気すら感じる。


 「約束したじゃん!すごくなってまた会おうって」


 いきなり冬美の顔が赤くなった。


 「わわわあああああああ!なんでそこまでっ?!偽物のくせにほんっときもい!」

 「偽物?!違う!俺は過去にお前と別れて、お前と約束した」

 「そんなわけないでしょ!あなたみたいな変態が私のお兄ちゃんなわけない!」

 「本当なんだ。俺は本当の……昔別れた、お前の本当のお兄ちゃんだああああ!」

 「あああああああああ!信じない、信じない、信じない………」


 「二人ともそこまでにしなさい。とりあえずこれでホームルームは終わりだから、適当に休み時間に入ってね」


 葛城先生の声に我にかえるとすでにチャイムが鳴っていた。このまま俺は冬美の兄と言い続けたいのだが、それを許してくれるほどクラスの目は優しくなかった。冬美も俺を睨みつけ赤くなった顔を隠すように目を逸らす始末。


 「晴翔、とりあえず」

 「ああ」

 「逃げろーー!」


 「お前!加賀屋さんに何言ってんだ!」

 「抹殺すべし!」

 「潔く死んで償え!」


 と一躍俺はクラスで有名になり、瞬く間に広がったことで学年からも、学校からも嫌厭される存在となった。

 

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