第14話 運命とは
吉名が出て行ってから外が騒がしくなり、冬美も苦労してるなと思ったらいきなり静まった。
外の騒音を考えて冬美が中に入れたのか。それか吉名が殺害されたのかのどちらかだが、まあおそらく前者だろう。じゃなきゃいきなりラブコメからミステリーサスペンスに路線変更する羽目になる。
「ていうか言いだした本人がいないってどういうことだよ」
ケーキと紅茶を片付けた机にテキストを開く。吉名のせいで本来の目的を忘れるところだった。もしかしたらあいつは勉強なんかより俺の家で遊ぶことが目的だったんじゃ。
「まあいいやん。じゃあやろか」
「おう」
吉名がいないおかげでスムーズに勉強会が始まっていく。時間が経つにつれ会話は減り、鉛筆と消しゴムが擦れる音しか聞こえなくなった。
問題と解説を交互に見やりながら、所々舜にも助言を貰いながら、進めていく。
最初は順調に問題を解いていてがどうも長続きしない質らしく、5ページあたりに差し掛かったとき俺は両手を広げ大の字に寝転がった。
脳と目の疲労がすごい。
「疲れた〜」
「早いな。まだ5ページしかやってないやんけ」
「むずいんだよいちいち。よくこんなのできるなお前は」
「まだ簡単な方やろ」
どう考えても簡単じゃない、こいつが異常なだけだ。
舜はさっさとテキストの問題を終わらすと、退屈そうに読書に勤しんでいた。
俺の脳は甘いものを欲しているらしく、とりあえず一旦休憩ということで勉強会の定番菓子のポッ◯ーと、クッキーを出し、お茶も淹れる。
舜も俺に合わせてくれたのか本を置いてくれる。
お茶で一息つき、ポー◯ーを食べると口の中に甘さが広がり、視界が冴え渡るようだった。大袈裟かもしれないがそう思わないと続かないのは理解してほしい。
脳への栄養補給は完了した。その証拠にさっきより問題を解く意欲が湧いてきた、気がする。
そうして取り組んでいくうちに、言い表しようのない居心地の悪さが次に俺の手を止めた。
あのうるさいやつがいなくなったことで俺の部屋は一気に静謐な空間になった。それはもうテキストを捲る音が鮮明に聞こえるほどには。
だがそれが原因でもあった。
想像してほしい。狭い部屋の密閉された空間で、喋る内容など大してない、というよりも喋り尽くした父親と二人だけのあの時間。
とても気まずい。
舜の場合、別に気まずいというほどでもないし喋り尽くすというにはまだ二人の時間が少ないし、互いに、主に俺が舜のことを知らないということもある。
普段の屋上と違い俺の部屋ということもあって妙な緊張感があり、特段話す理由も見当たらず俺だけが心苦しい思いをしているだけ。あまり家に友人を呼んだことがないからなのか。ただ血縁である父親でも緊張するのだ、それだけ締め切った空間での対一は気まづいものだと思う。
という状況もあってか、俺はさっき尋ね損なったこと、舜がおもむろに話題を変えようとした理由を聞こうとした。
「なあ、舜って」
「晴翔はさ、」
俺の話を遮るように舜は話し始める。
「もし、自分の運命が決められてたら、どうする?」
「なんだいきなり」
まさかの哲学的な質問で首をかしげる。普段の俺なら冗談を混ぜながら面白い回答でもするんだろう。あるいは吉名が相手なら確実にそうしていた。
しかし舜はあまり意味のない冗談は言わない。しっかり目を合わせ俺の答えを受けようとしている。とてもふざけて言っているようには見えない。
「運命を、決められてたら………」
自分ならどうする?
自分に問い返すがあまり参考になる答えはなかった。
運命とは?まずそこから始まり、生まれた瞬間から定められたもので、それから……わからない。
そもそも運命という言葉がわからないのだから答えられるわけない。
「ダメだ。運命が何かわからん」
「簡単な話や。自分はこうしたい、こうなりたいって思ってることがもう既に決められてるとしたら、どうする?ってこと」
つまり、決められた将来ってことだろうか。
相変わらず舜の問いは難しいものがあった。
ぶっちゃけ将来なんて考えたことがなかった。俺は今を生きることが必死だし、未来を考えられるほど頭も良くない。舜は頭がいいから何か未来のことを考えて悩んでいるんだろうか。
しばらく真剣に考えて見る。身近なものから順に。
一つだけ思いつく。もし、運命という言葉が当てはまるのなら、俺と冬美が同じ高校に通い、再開するのは運命なんじゃないだろうか。
「俺と冬美が出会ったこととかか?」
「そうそんな感じ、じゃあ次は、もっとシンプルに」
「えぇ、まだあるの?」
俺の疲れなど知らない様子でまた質問を投げられる。
『もし、これから先、冬美ちゃんとの関係が戻らなかったら?』と。
つまりは自分の思い通りにならない運命が既に決まっていたら?と付け足して。
その未来を想像した時、現実じゃないただの想像とわかっていても寒気がした。
それはもしかしたら確信があったからなのかもしれない。
俺は冬美に勝つことができるのか、勝ったとして今まで努力しなかった自分が、あの約束のことを覚えていたと言えるのか、胸を張って兄だと言えるのか……
そんな焦燥に駆られる。
戻らなかったら、という言葉が頭の中で反芻する………
なんてことはなく、むしろい今までそんなこと考えたこともなかった。
「運命なんて、知らねぇよ」
努力しなかったことも、すごい人間になれなかったことも認めよう。俺はすごくないし、今までのんびり生きてきた。
でも、俺はすごい人間以前に冬美の兄だ。どんなに運命が否定しても、誰に罵られようと兄だし、血液検査すれば百パーセント一致する。運命なんてなくても証明できる時代になってる。まじ文明の利器に感謝。
「冬美との関係が戻らないなんて関係ない、俺があいつの兄であることは変わりないし、信じるのが兄であり家族というものだ。運命なんか知らんし、そんなん信用ならん」
舜はキョトンとしたようだった。俺の言葉が崇高すぎて理解できていないんだろう。だから俺は付け足す。
「つまり運命なんかどうだっていいだろ、そんなの自分が信用できないやつの決まり文句だ。大事なのは自分がどうあるか、どうしたいか。運命なんて言葉で表せる人生なんて、楽しくないだろ?」
うわあやべぇ、俺今かっこいいこといったくね?(後日考えてみて、いかにも今楽しめばいいじゃん、みたいないかにも人生設計下手くそなやつの言葉だと気付いて悶絶することになった)
「ふ、ははははは」
「おお、なんだいきなり」
「いや、いかにも晴翔らしい真っ直ぐな意見やなと思って」
「だろ」
「うん。アホやけど」
「なにがだよ!」
舜はまだ笑っている。余程俺の答えがおかしかったのだろう。
でも、こんな舜の表情は初めて見たかもしれない。いつもはもう少し大人びていて、どこか達観したような笑みを浮かべるのだが、今の舜は普通の高校生のような健気で無邪気な笑みだった。友達とふざけて笑っているような朗らかな表情。
全くこのイケメンは、写真にでも収めたいくらいキラキラしている。
憑き物が落ちたように、どんよりとした空気も、憂鬱な表情も見せなくなった。
やっぱり何か、考えていたんだろう。俺はまだまだ知らないな。
「まあ、なにか悩んでるなら話くらい聞くぞ。一応友達だしな……あと本当に聞くだけな」
「そうやな、頼りないけど、話くらいなら聞かしたるわ」
「バカにしてんのか」
「自分から言ってたやん。ていうか、勉強しな」
「忘れてた?!」
気づけば時間はとても過ぎていた。
「休憩しすぎや、ほら教えたるから」
そのあと舜の超スパルタ勉強会が再スタートした。心なしかいつもよりもハードな教え方になっていて、時々俺に対するいじりも入れてきた。何か心情の変化でもあったんだろうか。
舜の違う一面を見ることができただけでもこの勉強会はやってよかった、のか?
約1名何もしてないやつのことを考えると素直にはそう思えない。
「あ〜あ、ほんまアホやな」
「さっきから厳しくないか?」
やっぱやらなきゃよかった。素直にそう思う。
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