006 5

 信用できなさすぎて、なんて返していいか分からない。

 本気で人身売買とかでどっかに売り渡されるんだったらどうしよう? お母さんとお父さん、今頃私のこと探してるかな? まさか娘が事故に遭った挙句に人攫いに遭ったなんて想像もできないよね。

 うん、私も信じられない、しかも異世界召喚とか言われても、怪しい宗教団体って言われた方がまだ現実味がある。

 ああ、神様、もし本当に居るんだったらこの状況を何とかして下さい、私は別に平安貴族もどきの生活を送りたいわけじゃないの! 普通の暮らしがしたいの!

 そう思った時、「わ~ん」と耳鳴りがした気がして咄嗟に耳を押さえると、丁度そのタイミングで穂積が御簾を上げていた。


「そろそろ儀式の時刻です。中庭に出て下さい」

「はい! 穂積様」


 朱里がバサバサと裾を乱して穂積の方に駆けていくのを見て思わず眉をひそめてしまう。

 私だって着物を日常的に着ているわけじゃないし、裾捌きなんてもの言葉上でしか知らないけど、アレは無いと思う。

 他の皆を見ると、ダルそうという言葉がしっくりくるぐらいにしずしずと歩いている。

 私なんか立ち上がってすらいない。


「そこの童女も早く来なさい」

「童女じゃないです、十六歳です」

「大人になる事を夢見るのが悪いとは言いませんけどね」

「本当に十六歳です」


 ムッとして繰り返して言うと、穂積は「そんな事よりも」と言って私に早く中庭に出るように言ってくる。


「それと、私の名前は譲羽です」

「譲羽、早くしてください」

「耳鳴りがするんです、御簾の中に居ちゃだめですか?」

「その耳鳴りは龍神様の呼び声です。むしろ喜んで儀式に臨むべきでしょう」


 その言葉に、宗教団体に染まっている人間に何を言っても無駄か、とため息を吐きながら立ち上がると、十二単が重いこともあって、ゆっくりとした歩調で中庭に出た。

 渡り廊下から中庭に設置された台までは赤い敷き布が敷かれているため着物が汚れるという心配をすることもなかった。

 月見台というか、神楽台というか、とにかくまさにこれから何かの儀式をしますっていう雰囲気のある、お供え物なんかが置かれている台に上がると耳鳴りが更に強くなった気がして思わず耳を押さえていると、朱里達が不思議そうな顔で私を見て来る。


「皆は耳鳴りとか、体の内側から燃えるような感覚は無いの?」

「ナイナイ」

「耳鳴り? 大丈夫ぅ?」

「かなりしんどい」

「穂積様、譲羽さんの体調が悪いようです、儀式とやらを中止したらどうでしょうか?」

「問題ありません。儀式を続けます」


 穂積の言葉に合わせて、巫女装束の女性達が台を囲む様に円になると、一斉に手にした鈴を鳴らし始める。

 「シャンシャン」と共鳴するかのように響く鈴の音に、耳鳴りは酷くなっていく一方で、思わず吐き気がこみ上がって来そうになるほどだ。

 もう限界だ! と穂積に訴えようとしたその時、私達が居る台に雷が落ちて、耳鳴りも、辺りの音も全てが消えて無音になった。

 ふわり、と私の中から何かが出ていくような感覚がして追いかけていくと、それは黒い光で、目のような紅い点の光が灯っている。

 今はもう体の内側から燃え尽くされるような感覚はなく、それまであった燃えるような感覚は今この目の前にある光が原因だったのだと頭のどこかで理解した。


『譲羽』


 黒い光が私の名前を呼び、私はそれに、黒い光の中にある紅い光に吸い込まれるように手を伸ばす。

 穂積が必死な顔で私に向かって手を伸ばしている事も知らずに。

 黒い光に触れた瞬間、私の体中の細胞が震える様に沸き立って、一瞬全身の肌が粟立つと、黒い光が私の左腕に巻き付き着物の中に吸い込まれて行った。


「譲羽! なんて事を!」

「え?」

「自分が何をしたのかわかっているのですか! 黒龍の巫女になったのですよ! ……ああ、すっかり定着してしまっている」

「黒龍の巫女……」


 それって、確かヤバイやつなのでは? 穂積も私の左腕の着物の袖をめくって、そこに浮かんでいる黒い龍の模様を見て絶望感満載って顔だし、え? これってどうなっちゃうわけ? 私、これから大丈夫なの?

 というか、本当に異世界なの!? ファンタジーなの!?


「マジでファンタジーな世界なわけ?」

「Fantastic!」

「信じられない。でも、今私達に起こった現象は真摯に受け止めなくてはいけないわよね」

「ほら、言ったでしょう。ここは異世界ファンタジーの世界なんだって!」


 朱里達が驚愕を隠せないと言った感じに、自分の着物の袖をめくり、肌に着色したそれぞれの色の龍の模様をしげしげと見ている。

 穂積は相変わらず私の左腕を持ったまま、青ざめた顔をしているし、どうしたらいいのだろう。


「私は緑龍かな。って! 譲羽ちゃん、腕!」

「え、黒?」

「黒って、黒龍?」

「ヤバイ、ヤバイよ、譲羽ちゃん! どうする気なの?」

「どうって言われても」


 私が返答に困っていると、ぐいっと左腕が引かれて、穂積が私の腕にお札のような物を張り付けて来るが、張り付けた途端お札は「ジュウ」と音を立てて焼け焦げてしまった。


「災いが、この都にやって来る……」


 穂積の言葉に、周囲に居た巫女や、そのまた外側に居た人々も、屋敷の中から儀式の様子を見ていた人達も息を飲んだのが分かった。


「黒龍は譲羽の体の中から出てきました。譲羽、貴女は何者なのですか」

「何者って言われても」


 確かに、黒い光は私の中、胸の辺りから出て来たけれど、それで私が何者なのかとか言われても、普通に発育障害を持った女の子ですとしか言えない。

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