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 やはりストックホルム症候群か? 朱里がいつからここに居るのかは知らないが、一目惚れとでも言い出さない限り、誘拐犯に心を許すなんて他に考えられない。


「皆! 穂積様の事を悪く言ってると、黒龍に憑りつかれちゃうんだからね!」

「なにそれ」

「あ、譲羽ちゃんは知らないか。一応、龍神様とやらについて、私達は一通り講義みたいなのを受けたんだけどね」


 そこで皆から集めた情報によると、龍神というのは一匹ではなく複数匹居て、それぞれ色で呼ばれて居るらしい、青い龍なら青龍、見たいに。

 中でも白竜と黒龍というのは特別な竜だそうで、白竜の巫女が現れた時は都には強い結界が張られ、魑魅魍魎が蔓延るという事は無いそうなのだけれど、黒龍の巫女が現れると魑魅魍魎が溢れ、疫病も蔓延するらしい。

 この屋敷と言い、龍神の設定と言い、都という表現と言い、随分設定に凝った宗教、もしくは人身販売組織だと思う。

 まあ、万が一本当に異世界に召喚されたのだとしても、誘拐されたことに変わりはないのだから、穂積という男を信用する材料は一つもない、私の体を修復したとか言っていたけれども、怪しいものだ。

 朱里曰く、ここでの生活は本当に平安時代にタイムスリップしてしまったかのような感じで、けれども陰陽師や龍神等というファンタジーな要素も加わった、まさに小説やゲームに出て来るような世界らしい。

 それに関しては、他の三人も同意見のようだ。

 別に、現代日本でもこう言った環境を作ることは不可能ではない、山ひとつ丸ごと買い取って、そこに寝殿造りの立派な屋敷を建て、宗教もしくは組織の拠点にする、メンバーは全員平安時代の衣装を着て、呼称も平安時代にのっとり、誘拐してきた者をこの屋敷から出さなければ、いくらでもそう言う演出が出来る。

 話しているうちに夕食だと言って食事が局に運び込まれてきた、まだ日が昇っているのに夕食というのはなんだか違和感がある。


「またご飯。パンやパスタが恋しいよぉ」

「小恋ちゃん、平安ファンタジーにそんな物求めちゃダメだよ」

「いやでもさぁ、強飯ってお湯とかかけなきゃ食べられないじゃん? せめて毎回柔らかいお米にしてって感じ」

「攫って来た相手にはこの程度でいいとか思われてるんじゃないかしら?」

「友枝ちゃん!」

「じゃあなに? この世界が本当に異世界だとして、朱里さんは一生死ぬまでこの生活を続けられるとでもいうの?」

「平気だもん」

「へえ?」

「私には無理~」

「私も、ママンのパスタが恋しいよぉ」


 正直、山盛りにされたお米にお箸を立ててるのって、宗教上の問題? 作法的にどうかと思うんだけど。

 おかずの種類は、結構あるし、ザ・和食! っていう感じでヘルシーそうではあるんだけど、漫画の知識によると、平安時代の調理法って調味料がほとんど使われてないから、素材の味か酸っぱいかしょっぱいもののはず。


「……ぅぇ」

「あ、譲羽ちゃん、好き嫌いは駄目だからね!」


 むしろ、こんな味付けの物をよく平然と朱里は食べていられると思うのだが、何か特殊な訓練でも受けているのだろうか。

 正直、食事の種類は豊富でも、これでは栄養バランスが偏ってしまうのではないだろうか? そう言えば、肉をほとんど食べなかったためにタンパク質を取る事がほとんどできなかったと聞くし、女性の平均寿命は二十七歳くらい、男性の平均寿命は三十三歳くらいだったとも聞く。

 なにが平安異世界ファンタジーだ、現実を見ろ、こんな食事を取り続けていたら、本当に早死にする。

 それに私は雑穀米派だ、平安貴族を気取っているのかどうかは知らないけれど、雑穀米を食べさせろ、設定が平安時代なのなら、無いとは言わせない。

 それにお肉も食べたい、塩辛い干物の魚より私はお肉が食べたいのだ、というよりも、元から肉食派だ。

 不満しかない夕食を終えると、日が暮れていて、いつのまにか灯篭の明りが灯されていた。

 御簾の外には松明でも置いているのか、転々と赤い光がぼんやりと見える。

 そう言えば、この御簾の中に入ってから耳鳴りはしていないと思い出し、御簾をちょっと上げて見ると、また耳元で何かに呼ばれているような耳鳴りがしたため慌てて御簾を下げる。


「なになに? 何か面白いものでもあった?」

「何も。それよりも、皆ここで寝泊まりしてるの?」

「そうそう、修学旅行みたいに布団並べて寝てるよ、それがどうかした?」

「御簾の外には出ないの?」

「出るけど、トイレの時とかだけ。あ、この世界では厠か」

「別に、私達まで合わせてあげる必要があるとは思わないわね」

「友枝ちゃん、何度言ったらわかるの。私達は本当に異世界ファンタジーの世界に召喚されたんだよ。穂積様が言ってたじゃない、今夜龍神様がいらっしゃるんだよ。そうすれば、皆もここが異世界ファンタジーの世界だってわかるからね!」


 異世界ファンタジーの世界って、そもそも何? そこは普通に異世界ファンタジーでいいんじゃないの? まあ、細かいことは言わないし、私だって正しい日本語を使えているかって言われたら自信ないけど、それでも異世界の世界って、おかしくない?


「龍神の巫女になったら何をするの?」

「それは巫女になったら教えてくれるって穂積様が言ってたよ」

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