007 紅葉の下の出会い

 今回、巫女候補として召喚された五人の少女が全員巫女になった事にも驚かれたが、やはり私が黒龍の巫女になった事の衝撃が大きいようだ。

 あの後、改めて穂積から黒龍という存在がどういうものなのかを教えられたが、黒龍というのはその身に穢れを宿し、現世に巫女という媒介を得て顕現すると、その穢れを撒き散らし魑魅魍魎を跋扈させたり、疫病を蔓延させたりする非常に厄介な龍神なのだそうだ。

 この二百年、黒龍の巫女は現れなかったのだそうだが、前回黒龍の巫女が現れた際は疫病が蔓延し、十人に一人がその病で死んでいったのだと言う。

 龍神の巫女になった私達にはそれぞれ個別の局が与えられたが、私が与えられたのは北東の鬼門にある人気のない局だった。

 私の世話役として付けられた女房も、黒龍の巫女にはあまり関わりたくないのか、局に常駐するのではなく、着替えや食事の時等、必要最低限の時にしか顔を出さない。

 他の少女達は、龍神の巫女として都のあちらこちらに溜まっている穢れを浄化するお役目を担ったとかで毎日屋敷の外に出かけているらしいのだが、私もそのお役目をしたいと穂積に言ったら、黒龍の巫女はいつ黒龍の持つ穢れを撒き散らすかわからないから、結界の張られたこの屋敷から出ないようにと言われてしまった。

 正直、やることが無い上に黒龍の巫女になってしまったため人が会いに来るわけでもなく、暇でしかたがない。

 穂積に何か暇つぶしは無いかと尋ねれば、何冊かの本を渡されたが、ミミズが這いずり回ったような文字に古文とあって、解読することが不可能で読むことは早々に諦めて本は穂積に返した。

 この北東の局には屋敷に張られているのとはまた別の結界を穂積が張ったらしく、御簾も、几帳も結界を維持するために必要なものだと言われた。

 他の少女達の所にも一度会いに行ったのだが、黒龍の巫女というだけで、朱里などあからさまに私の事を避けているようで、小さな声で「厄介者」とまで言われてしまった。

 他の少女も、この世界が本当に異世界だという事を思い知らされたのか、習った黒龍の恐ろしさに恐れをなしているのか、私に絡んで来る者は居ない。

 それに、皆、慣れない穢れの浄化作業に体を酷使しているせいか、私が行った時は疲れたようにぐったりと肘掛に肘をついていた。

 体験していないからわからないが、穢れを浄化すると言うのはそんなに大変な事なのだろうか?

 結界の様子を確かめに来た穂積に穢れの浄化について聞いたところ、穢れの溜まっている所には魑魅魍魎が居ることが多く、戦闘になる事もあるのだと言う。

 特に、黒龍が顕現してしまった今、都の穢れを増やすわけにもいかない為、巫女である少女達には浄化作業を急がせているのだそうだ。

 黒龍が顕現したものの、他にも四体の龍神が顕現しているため、都の穢れは増えることは無く、横ばい状態が続いているらしいが、龍神の巫女が四人がかりで浄化に当たっても穢れの状態が横ばいというのは、やはり黒龍の影響があるのだろうか?

 穂積は私が黒龍を連れて来たのではないかと疑っている。

 確かに黒龍は私の中から現れた為、そう捉えられても仕方がないことだと思うが、私としても知らなかったのだから許して欲しい。

 そもそも、私という存在を召喚しなければこんな事にはならなかったのではないだろうか?

 勝手に人を誘拐しておいて、黒龍の巫女になってしまっただけで悪者扱いされているようで、正直頭に来るが、それを訴えたところで現状が改善されるわけではないので言わずにいる。

 漫画で読んだ平安貴族の女性は、貴族の男性と和歌のやり取りをしたりしていたのだが、当たり前だが黒龍の巫女である私に和歌を送って来るような男性は居ない。

 もっとも、和歌を送られたところで読めるかもわからないし、返事の和歌を思いつくかも微妙な為、むしろ和歌をやり取りする相手が居なくてよかったのかもしれない。

 それにしても、女房も寄り付かない為話し相手もいない、ヨーロッパ文化の異世界に召喚されたのであれば、刺繍などを手慰みにすることも出来るのだろうが、平安文化にそれを求めるのは無理な話だろう。

 貝合わせや囲碁も相手がいないのであればつまらない。

 髪の手入れも、化粧も、私の見た目が八歳の子供だからか、その道具を与えられることは無く、本当にすることが無い。

 私が記憶している元の世界の月は九月だったが、中庭の紅葉が色づいている事を考えると、この世界ではもう十一月の半ばを過ぎているのかもしれない。

 カレンダー、否、暦が欲しいと穂積に頼めばくれるだろうか?

 平安時代は、行動のほとんどを占いで決めていたと言うし、陰陽師である穂積ならカレンダーぐらい持っているだろうし、今が何時なのかも教えてくれるかもしれない。

 別に、学ぶことが嫌いなわけではない。

 キャリア組のエリート刑事でいる両親の汚点にならないようにと、この体なりに出来る限りの努力はしてきた、否、こんな体だからこそせめて勉学ぐらいはいい成績を残せるようにと努力した。

 だが、教科書で習った古文と、実際に触れる古文ではやはり勝手が違う。

 今の私にできる事と言えば、与えられた白紙の冊子に日記のように呟きを書き記したり、それも筆という扱いなれない物のせいで苦戦しているが、他には中庭の色付き始めた紅葉を几帳や御簾の隙間から眺めるぐらい。

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