003 2

「着用が終わりましたね。他の方はこの世界の衣装を着られなかったので持ってこなかったのですが、どうしますか?」

「どう、って?」

「着物や裳を持って来ましょうか? いや、貴女はまだ幼いから裳は早いでしょうか? 普通に十二単を持って来ましょうか? 一人で着ることが出来ないのでしたら、女房も連れて来ましょうか?」

「……女房って奥さん?」

「は?」

「あ、役職?」

「当たり前でしょう」


 なにが当たり前なのだろう? 怪しい宗教団体の役職など知らないし、漫画で読んだ平安物で得た知識を言ってみたが、どうやらそれで正解だったらしい。

 この怪しげな宗教団体の男は、私の事を巫女候補だとか言っていたが、本当に私は誘拐されてしまったのだろうか? 体の修復と言っていたけれども、高等医術を持った機関がバックに付いているとか? それにしても修復という表現はいささかおかしいのではないだろうか。


「十二単は、皆着ているの?」

「ええ、巫女候補として召喚された方々は一人では着ることが出来ませんので、女房の手を貸してですが」


 十二単など、普通に考えて一人で着る事が出来るものなのだろうか? 幼い頃に両親に連れられて行ったフォトスタジオで着たことがあるけれども、人の手を借りなければとてもじゃないが着る事が出来ないのではないかと、今でも記憶に残っている。


「じゃあ、お願い……します」

「少々お待ち下さいね」


 気が付けば、声も出るようになったし、体も動くようになった。

 襦袢とはいえ、服というものを身につけたことと、怪しい男とはいえこの場所に一人ではないという事が分かったからかもしれない。

 もっとも、あの男が私を誘拐した犯人であるのなら、油断は大敵なのだが話を聞く限り私以外にもここに連れてこられた巫女候補とやらは居るらしい。

 集団誘拐? 平安時代のコスプレをさせてどこかの国に売り払おうとしているとか? 安全な日本でも人攫いは毎年必ず発生するし、行方不明とされている子供の何人がそれに当てはまるのかわかったものではない。

 けれども、私のように幼い子供が召喚されるとは思わなかったとも言っていた、それを考えるに、少なくとも見た目の対象年齢はもっと上の少女なのだろう。

 グルグルと考えていると、再び扉が開き、先ほどの男と漫画で見たような平安時代の女房衣装を着た女性が入って来た。


「それが着替え?」

「お手伝い致します、巫女様」

「まだ巫女と決まったわけではありませんよ。あくまでも巫女に選ばれるかもしれないというだけです。他にも巫女候補として召喚された娘は居るのですから、その中の何人が龍神様の巫女に成れる事やら」


 話している間も女房の女性が私に十二単を着付けてくれていく。

 本格的な十二単だと、先ほどこの男が言ったように裳も着用するのだが、見た目が八歳くらいのせいか、裳は持ってこられず十二単だけが持ってこられたようだ。

 小袖や袴を着付けさせられると、どんどんと重くなっていく着物を着させられる。

 ずっしりと体にのしかかって来る重量に、何の筋トレだ? と思ってしまったが、女房と言われた女性は涼しい顔で動いているので、この宗教では女性は十二単で過ごすことが普通なのかもしれない。

 いや、人身売買組織か? どちらにせよ、私はどこかに助けを求めることができない状況なのには変わりない。

 裸でいたことでわかるように、持っていたスマホも無くなっているし、連絡手段という物が果たして探り当てることができるのかもわからない。


「終わりました」

「ありがとうございます」

「いえ」


 十二単を着終わると、男が近づいて来て私の右手を握り、六芒星の上からどかせ、そのまま扉のほうに歩いて行く。


「どこに行くの?」

「他の巫女候補が集まっているところです。貴女が最後ですよ。酷い怪我を負っていたので体の修復に時間が掛かってしまいましたからね」

「修復って、治療じゃなくて?」

「陰陽術、龍神様の力をお借りしての修復です。治療をするには貴女はあまりにも手遅れでしたので」

「手遅れ……」


 何だろう、外に出た途端、呼ばれているような感覚がして耳鳴りがする気さえしてくる。

 何時もなら胸が熱くなるその呼び声も、この場所では強すぎてまるで体を内側から燃やし尽くすのような熱量を発しているようにさえ感じてしまう。

 扉を出て渡り廊下を歩きながら周囲を観察すると、本当に平安時代にでも紛れ込んでしまったかのような気分になってしまうほど、建物は立派な寝殿造りで、御簾の向こうから人の気配がする。

 観察されているような、なにか期待を込められているような、そんな気配の視線に私は体を燃やし尽くすような熱もあってパニックを起こしそうになってしまう。


「落ち着きなさい」

「なに?」

「聞こえている声は龍神様の物です。しかし驚きました、こんな童女が……」

「私、こう見えても十六歳です」

「は?」

「だから」

「冗談を言わないで下さい。どう見ても八歳かそこらの稚児ではありませんか」

「それはホルモン障害でそうなってるんです」

「ほるもん障害? それは何ですか? 異世界の言葉ですか?」


 男はそう言いながらも、歩いて行き、一つの局の前で立ち止まると、そこの御簾をさらりとめくった。

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