002 人身売買? それとも生贄?

 呼ばれている、そう感じたのはいつからだろうか?

 ここではないどこかから、私を呼ぶ声が聞こえて来るような気がして、その度に胸の奥が熱くなるような気がして、それでも気が付けば呼び声は遠くなってしまっている。

 例えば夏祭りに幻想的に赤く灯る赤提灯を見た時、例えば秋の燃えるような紅葉の紅に目を奪われた時、例えば冬の白い雪の中に咲く椿の赤さに目が惹かれた時、呼び声は強くなるような気がする。

 私を呼んでいるのはだぁれ? そう問いかけても返ってくる答えはなく、胸の奥の熱を追いかけるように胸に手を当てる。

 呼び声を待ち遠しく感じるようになったある日、私は赤く点滅する工事のランプに吸い込まれるようにふらり、と道路に躍り出てしまった。

 「あっ」と、気が付いた時には体に衝撃が走り、肢体は空を舞って、そして地面に叩き付けられていた。

 遠くから聞こえる悲鳴、体のどこからなのかはわからないが、血が流れだしていく熱いような寒いような初めて味わう体の感覚に、私はハクハクと息をする。

 その時、胸の奥が熱くなって、耳元で私を呼ぶ声が聞こえた気がした、そして私の意識は遠のいて行ったけれど、誰かに抱き込まれるような感覚がした、気のせいかもしれないけれど……。


=====


 死んだと思った、否、死ななくてはおかしいと思えるほどの衝撃と痛み、血が失われていく熱いような寒いような感覚が未だに体に残っているような感じがする。

 けれど、私は今こうして目が覚めた。

 目覚めたのだと自覚してしまえば、今は体に痛みも感じないし、あの熱いような寒いような感覚も無いのだと分かり、体の感覚を取り戻すように腕を手で擦ると、着ていたはずの服が無くなっていて、全裸で寝そべっていたことに気が付いた。

 その瞬間、サー、と血の気が引いて行き、身を縮こまらせて周囲を観察する。

 木製の、神社やお寺のお堂の中のような場所、誰かが居る気配はしないけれど、見られている、そんな感じがしてより一層身を縮こまらせてしまうと、床に目が向き、私は六芒星が描かれた床の上に寝そべっていて、今もまだその上に座り込んでいるという事実が分かる。

 恐怖が高まり過ぎると、声が出なくなると聞いたことがあるが、今まさに私は息をするのがやっとという感じで、囁き声すら出す事が出来ないでいる。

 確かに、車に跳ねられて私の体は宙を舞い、地面に叩きつけられた、間違いない、あの衝撃からして死んだと思ったのだが、目覚めたという事は生きている。

それなのであれば、病院で目覚めるのならともかく、ここは一体どこなのだろう? そしてなぜ私は裸でいるのだろう? 私は、私の事をちゃんと覚えているだろうか? 記憶喪失になってはいないだろうか。

 ……大丈夫、私は、私の事をちゃんと覚えている。

 私の名前は藤宮譲羽ふじのみやゆずりは、十六歳の女子高生だけれど、下垂体機能不全という発育不全のため、見た目は八歳ほどにしか見えないというハンデを背負っている、高校も私服校の為、どんなに大人っぽい恰好をしても小学生にしか見られなくて、友達に劣等感を抱いている。

 両親は共に公務員、否、もっと詳しく言うのであれば刑事で、子供の事よりも仕事に夢中の為、私は生きてきた十六年間の、記憶にあるほとんどの時間を親と過ごした覚えはない。

 愛されていなかったわけではない、むしろ、忙しい時間を縫って私の相手をよくしている方だと言えるだろう、キャリア組のエリート刑事である両親は、ほぼ毎日シックなスーツを着て仕事に向かっている。

 体にハンデがなければ、私も刑事を目指していたかもしれない。

 大丈夫だ、私は記憶を失っているわけではない。

 でもこの状況は一体どういうことだろう? 病院にはとても思えないし、こんな儀式めいた六芒星の上に裸で寝かされていたなんて、もしかして病院から攫われて何かの生贄にでもされようとしているのだろうか?

 情報不足で判断できない、とにかく、今のまま裸でいることは精神衛生上よくないので、何か着るものを所望したいのだが、この願いは叶うだろうか?

 そんな事を考えていると、扉が開き、狩衣を着て懐中烏帽子を被った男が浴衣というよりは、襦袢のような物を持って入って来た、これで笏でも持っていれば、今居る神社やお寺にあるようなお堂のような場所も相まって、ますます儀式めいてくるという物だ。

 コスプレ集団か、そういった信仰の宗教? どちらにせよ碌なモノではない事は確かだろう けれども、情けないことに今の私は恐怖に縮こまり、声も出せない状態でやってきた男をビクビクと見ている事しか出来ない。


「目覚めましたか。体の修復は無事に済んだようですね。そのまま裸では動くものも動けないでしょうから、襦袢ですが持ってきました。これを着て他の巫女候補が集まっている所に行きましょう」

「み、こ?」

「ええ、貴女方は龍神の巫女と成るべく、異世界から召喚された方々です。まあ、貴女のように幼い方が召喚されるとは思いませんでしたが、これも龍神のお導きでしょう」

「りゅ、じん?」

「さあ、早く着替えを。それとも着替えさせてあげましょうか?」

「き、着る。それをこっちに投げて、向こうに行って」


 怪しい宗教団体に攫われたと言う線が濃厚になってしまったが、とにかく裸でいるよりは、と私は六芒星の中央、私の居る方に投げられた襦袢に手を伸ばして、出来る限り早い動作でそれを着ると、最後にきゅっと紐を結ぶ。

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