未来


 気がついた時には、音のない静寂の中にいた。

 学は、ゆっくりと目を開く。


「ここは——?」

 目の前のモニターを見ると、外は壁も床も真っ白な空間のようだ。室内ということくらいしか分からない。

 病院のようにも思えたが人の気配はなく、より無機質な印象だ。


 不意にモニターの前を走って横切る人影が映った。見慣れた制服のブレザーと、濡羽色の髪の毛。

「小町!!」

 学は慌てて立ち上がり、ハッチを開けて外に飛び出した。


「学くん!? どうして!?」

「そんなことは良い、やっと、見つけた」

 彼女は表情こそ疲れが見えるものの、特に怪我をしている様子はない。

 ホッとしたのも束の間だった。


「ダメ、逃げて!」

 ガチャガチャと耳障りな音がする。金属が擦れるような音だ。

 学は後ろを振り返った。


 大型犬程の大きさをしている、蟻のような形のロボット。

 無数のソレが軍隊のように整然と二人に迫ってきていた。

 その速度は恐らく学の足でも追い付かれることはない。だが床に貼りついた様に、足が一歩も動かせない。

 


「こっち!」

 先に動いた小町が、学の手を取り駆け出した。


 ところが、行手を阻む様に進行方向からもロボット達が迫って来る。


 学は乗ってきたマシンの方へ視線を向けた。

 それも、ロボットの群れの中に埋もれてしまっている。


 挟み撃ちだ。完全に退路を断たれている。


 学は昔テレビで見た、軍隊アリが自分よりも大きな生物に纏わりつき、それを補食する映像を思い出した。



「せめて俺が囮に、小町だけでも……」







「伏せろ!!」

 鋭い男の声が響く。


 小町が素早く反応し学の頭を抑えて蹲った。二人の頭上を、手のひらサイズの球体が弧を描いて飛んで行く。

 爆音と爆風が轟き、焦げ臭い匂いが鼻についた。


 蜘蛛の子を散らす様に、ロボットたちが逃げて行く。


「今のうちに乗り込め!」


 二度目の声を合図に、小町が学の手を引きマシンに向かって駆ける。

 その間も数回、爆音は続いた。首筋にチリチリと熱を感じる。


 二人は飛び込む様に中へと入った。自動でハッチが閉まる。



 息を整え顔を上げると、モニター越しに男と目が合った。



『安心しろ。今回の迷子は完全にイレギュラーだ。もしかすると俺が——いや、それは良いだろう』

 外部の音を拾うマイクがついているのだろうか。男の声が中まで聞こえてきた。


 佇んでいるのは、ブラックスーツを着たヒョロ長い壮年の男性。

 学はその顔に既視感を覚えた。


 自分の父親、いや、違う。若くして亡くなったと言う、父方の祖父にそっくりだった。


『帰還のスイッチはモニターの下だ。早くしろ、またアイツらが戻って来ないとも限らないしな』


 偉そうだし、何だか腹が立つ話し方だ。

 色々と聞きたい事もあるが、彼女を安全な所へ連れていくのが先である。

 それに何故か彼とは、また会える気がした。


 しかし、これくらいの事は言わせて欲しい。

「ああ、微妙にダサいマシンをどうもありがとう」


「黙れ、青春の具現化なんだよ!」

 仏頂面で怒る彼の左指には、シンプルなシルバーリングが輝いていた。


 少しそれが引っかかったが、学は言われた通りボタンを押下する。

 光に包まれ、学は二度目の浮遊感を覚えた。








 ゆっくりと目を開く。

 自宅の地下室だ、帰ってきたのか。

 小町と目が合う。


 二人は向い合わせで、地下室の床に座り込んでいた。

 周囲を見回すも、乗っていたはずのあのマシンは何処にもない。



「学くん、あんなスゴい乗り物持ってたの?」

「いや、持ってねぇよ」

 持ってたらとっくに使ってるわ、学は掠れた声で呟く。


 こんな時でも暢気だな、と口を開きかけて、気づいた。

 彼女の両手は真っ白で、小刻みに震えている事を。


「——心配した。無事で本当に、良かった」

「うわぁ、素直な学くんって珍しいね」


 そうだ。恐くない訳がない。

 それでも待っている学を不安にさせない為、小町はいつも笑顔で帰ってくるのだ。



「決めた」

 これが恐らく、自分にできる唯一の手段だ。

 学は覚悟し、小町の瞳を見つめた。



「俺は、タイムマシンを開発する」


「…………え?」



「大体いつも不思議だったんだ。俺とお前は別時空にいるはずなのに、何故かスマホは通じるだろ? という事は、何らかの手段で繋がっている訳だ。その何かと、お前が別の時代に迷い込む仕組みを科学的に証明できれば——」

「待って待って待って」

 もう待たない。このまま言わせてくれ。


「約束だ。俺はいつかタイムマシンを開発する。そしてお前が何処へ迷い込んでも、必ず駆けつける。だから、その時は」

 彼は叫ぶように、長年の想いを告げた。


「俺の恋人になってくれ!! 好きだ!!」


 遂に言ってしまった。

 学は全身に脱力感を覚える。



 小町は目を大きく見開き。沈黙したままだ。

 やはり俺なんかが、そんな大それたことを言ってはいけなかったのか。


 学の表情が曇ってきたその時、小町がようやく口を開いた。


「その、世紀の大発明のご褒美が、本当に恋人になる事だけで良いの?」

「は? むしろそれ以上の報酬があるか!?」

 言っている意味が分からなかった。

「それに失礼だけど、タイムマシンって実現するの時間がかかりそうだよね。私は一体何年待てば良いの」


 そうだ。一年や二年で達成できる目標ではない。

 確かに、彼女をそこまで待たせる訳には。


 頭を両手で抱え思い悩み始めた学に、小町の明るい声が響いた。

「そうだ!」

 彼女が良くする、花が綻ぶ様な表情だ。



「タイムマシンを発明したら、私たち結婚しよう!」



「なっ」

 弾かれた様に彼女を見た。

 はにかんだ綺麗な笑み。

 おい、これは本気にしても良いという事か。


「け、結婚って、物事には順序って物が」

「順序も何も。これは学くんがタイムマシンを開発できなきゃ成り立たないんだから! 頑張るんだよね?」

 学はグッと言葉を詰まらせる。

 もう、こう言うしかないではないか。


「やってやるよ、死ぬ気でな!!」


 努力して、絶対に男になるのだ。


「楽しみにしてるね」

「ああ」

 今はこの笑顔だけで、十分だ。


 学は小町に右手を差し出す。

 迷いなく重なったその手を、彼は強く握った。


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