必然
よく学校帰りに寄るコンビニの前。幼い頃遊んだ滑り台があるだけの小さな公園。毎年初詣に行く神社。
学は思い付く場所を巡っては、小町の姿を探した。
その間、何度もスマートフォンを確認するが、彼女からの連絡はない。通話も未だ繋がらなかった。
学が最後の心当たりに辿り着いた時には、既に日はとっぷりと沈んでしまっていた。
彼の自宅にある地下室。実質物置のようになっているそこは、小学校入学前、初めて彼女と自宅で遊んだ場所。
そして、当時の彼女がいなくなりちょっとした騒動になった場所だった。
その時は酷く取り乱したものだったが、今思えばあれも“迷子”だったのだろう。
両親はまだ仕事から帰っていないらしい。学は鍵を開けて自宅に入ると、鞄を下ろす間も惜しんでバタバタと地下へ通じる階段を駆け下りた。
「小町!! いないか!?」
叫んだ彼の声が、微かに反響する。
地下室は最近物を整理した為、敢然としていた。あの頃のように、ふざけてかくれんぼができるようなスペースは、どこにもない。
身体に力が入らなくなる。膝が震え、学はその場に座り込んだ。
彼女が危険な目に遭っているのに、助けに行くことも助けを呼ぶこともできない。
どうして自分は何も持っていないのか。
奇跡を望んだこともある。自分にも彼女と同じ力が宿らないかと。
そんなことを望んでも、何も起きなかった。
自分がヒーローだとしたら、今正にここで奇跡が起きるのに。
「そんなもん、起きねぇよ!!」
学は叫び、頭をかきむしり、鞄を床に叩きつけた。
特別な彼女と違って、自分は知恵も力もない普通の男子高校生なのだから。
鞄から物が飛び出し、床に散らばる。
ただ虚しいだけだ。学はぼんやりとそれを眺めていた。
ふと、その中にあったある物に、視線が止まった。
小町がくれたクッキー。
ビニールの中で砕けて、ボロボロになってしまっている。
彼は立ち上がり、頼りない足取りでそれを拾う。
『きみ、だいじょうぶ?』
何で泣いていたかは、もう覚えていない。
恐らく保育園の先生や友達と離れたのが嫌だったとか、そんな理由だった。
引っ越したばかりの家の庭で、蹲って泣いていた自分に小さな女の子が声をかけてくれた。
それが、国文小町だった。
『そうだ、ままと作ったクッキーたべる? 元気でるよ!』
今でも思い出す。彼女の温かな笑顔を。
その時からずっと、小町の事が好きなのだ。
学はクッキーのビニールを開けると、一気にそれを頬張った。
咀嚼して、飲み込む。
「——諦めるなんてできるか!!」
奇跡なんて不確かな物を信じる前に、今の自分にできることを考えろ。
学は顔を上げた。
その時だ。
目の前が突然、眩い光に包まれた。思わず顔を腕で覆う。
何度も瞬きをしながら腕を避け、目を凝らす。
目の前に、鉄製のバレーボールのような物があった。かなり大きく、地下室の天井ギリギリで収まっている。当たり前だが、こんな物見たことがない。
学は一歩ずつそれに近づいた。
タイミングを図ったように、スマートフォンが震える。
メールだ。
アドレスも知らない、件名には何も書かれていない、不自然なメール。
普段なら確実に無視していたはずのそれを、学は何故か開封した。
『これは奇跡なんかじゃない、必然だ。一回きりの給与の前借りみたいなものだ。それに触れて乗り込め。急げ』
半信半疑で彼はソレに近づき、側面に躊躇いがちに触れた。音を立て、ハッチらしき物が開く。
中を覗き込む。そこは意外に狭く、大人二人が入ればいっぱいになってしまうくらいの空間だった。
外の様子を映した大きなモニターと、その下に操作をするためのタッチパネル。何に使うか分からないスイッチが多数。
そして何故か、自転車のハンドルとサドルのような物が中央に鎮座していた。
まさかこれが所謂、運転席なのか。
「どんなデザインだ……!?」
しかしこれが本当に、学が想像している物だったとしたら。
彼は悩む間もなく、そこに跨がった。
ハッチが閉じて、パソコンが起動する様な音が鳴る。マシンが徐々に振動し始める。
そして目の前が眩く発光し、彼の意識は途切れた。
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