二章 江藤 嬉良
第五話『江藤 嬉良という少女』
「(なんでこうなってるんだろう…)」
女子高の制服に身を包んだ少女は虚ろなハイライトの消えた目でリビングの現状を見る。
彼女の名前は
朝7:30。
義理の父親となった男がソファーに深く腰掛けながら酒を飲んでいた。
母親は生活費のためにすでに働きに出ている。
三年前、キラは中学三年生で、受験生だった。
周りに流されるように生きて、母親に言われるがままに進学したキラは、やはり、母親に言われるがまま、父親と別れ、母親に言われるがまま義理の父親との行為を録画し、父親のロインに流した。
当時、(今もだが)夢見がちだったキラは新しくできる父親という存在に根拠のない希望を持っていたのだろう。
血のつながった父親はキラを𠮟ることもなく、ただ、優しげな瞳で傍観するだけだった。
だから、キラはどこか、おかしい…そう思っている自分を押さえつけて純潔を捨て、母親と義父親についてきたのだ。
しかし、そんな夢も三年経った今ならキラはわかるだろう。
「(なんで、こんなクズに…初めてをあげたんだろう私…)」
新しくできた父親は典型的なクズだった。
母親に働かせ、夜は毎晩母と交わる。
気に入らないことがあったら手を上げることはないが、それでもキラにとっては十二分に気持ちの悪い嫌いな存在だった。
初めての後、何度か誘われたこともあったが、初めての時の痛みが怖くて、そして母親と同じように溺れてしまうのが怖くて断っていた。
「オー!キラちゃん!これからがっこーか!」
「はい。」
呂律の回っていない酔った顔と声で義父親がキラをぎらつくような視姦するように、舐め回すように体を見る。
悪寒のはしる腕を抱え、キラは一歩、後ろに下がった。
「んー?元気ないぞぉ!お父さんと一発ヤるか~?」
「結構です」
「むふふふ、娘が冷たいよう…」
「(誰があんたなんかの―!!!)」
キラは義父親をにらみつけると、足早に、そして乱暴に玄関から出て行った。
キラはいつも通りの登校道…ではなく、前、血のつながった家族三人で住んでいた家に向かう。
ただただ、家にいたくない、あの男に会いたくないと、自分勝手な、そして、自己中心的な考えで。
そういえばと携帯を取り出し、ロインの通話機能でいまだ連絡先を残していた父親に電話した。
プルルルン、プルルルンプルルルン、プルンと気の抜けるコールがしばらく続いた後、電子音声で再度かけなおすように言われ、携帯をしまう。
引っ越した先から徒歩1時間ほどで懐かしい家の見える曲がり角に着いた。
ここを曲がれば家が見える、足早に曲がり角を曲がると…
「え」
三人家族らしき幸せそうな親子が車に乗り込んでいる最中だった。
若い親御さんが小さな女の子の手を引きながら車に乗り込む。
エンジンの駆動音の後、車はキラと反対方向に向かって進んでいった。
「(引っ越した?なんで?)」
キラはそのままその場で固まってしまった。
頭にめぐるのは言葉にならないような疑問がいくつも。
その後に大きな後悔と罪悪感、そしてもう昔には戻れないという絶望感。
呼吸が荒くなり、電柱に手をつく。
「(か、会社、お父さんの会社に行けば…)」
キラは胸を抑えたまま当時父親の勤めていた会社に向かった。
^^^^^
「辞められましたよ」
「へ?」
会社につき、受付嬢に質問したところ、すぐに今の答えが返ってきた。
「三年程前でしたかしら?江藤 瞬視さんでしょ?期待の新人だって言われてたのに…ご家庭で何かあったのかしらね?」
「(会社…辞め…)」
受付嬢の話が全く耳に入ってないキラはとぼとぼと会社を出る。
向かった先は近くの駅だった。
当時の休日、よくこの駅から家族全員で町の中心の方へ行って買い物をしたりしていたことを思い出す。
駅の前の広場に備え付けられたベンチに座り、キラはロインのフレンド欄にある父親の名前を見る。
どうせ出ない、というあきらめたような考えと、もしかしたら…という根拠のない期待が入り混じりながら、再び電話をかける。
後悔だけでなく、恐怖を感じ始めていた。
「(お願い…出て…パパ!)」
1コール、2コール…
「(たくさん謝りたいの!たくさんお話ししたいの!)」
3コール、4コール…
「(どうか…神様…!)」
なんコールかの後、プツッとコールがやむ。
「もしも―」
「オカケニナッタオデンワハ、ゲンザイ―」
「(あ…)」
完全に無意識、キラは携帯を地面に投げつけるとその上で地団駄を踏む。
液晶が割れ、ケースが折れ、バッテリーがひしゃげ…
完全に携帯が大破した後、ついに連絡手段がなくなったことを今更のように思い出した。
体から力が抜け、ベンチに倒れるように座り込む。
と、そんな時だった。
キュルルウゥゥゥ…
「(お腹…すいた)」
時刻は13時。
お昼時を過ぎたころだ。
キラはゆっくりとした手つきでカバンをあさり、お弁当を取り出す。
幼児に人気なキャラクターの小さなお弁当は、父親の買ってくれたものだ。
「おとうさ…」
ポタリ、涙があふれる。
なんで父親について行かなかったのか、なんであのクズの言うことを信じる母親を説得しなかったのか、なんで大切な初めてをあんな奴にやったのか、なんで、なんで、なんで…
キラは生きてる中で一番の後悔をしていた。
自己中心的なモノがほとんどだが、それでも、後悔していた。
キラは泣きながら、後悔しながら、何度も使ってすり減った箸で弁当を口に運ぶ。
楽しく、美味しいはずのお弁当はとても不味く感じた。
^^^^^
キラが駅に来てから1時間ほど。
学校では5時間目の授業が終わり、6時間目との間の10分間の休み時間だろうか。
携帯もなくなり、家も職場も不明。
完全に連絡手段が断たれた。
「はあ、(どうしようかな…)」
ボーっと空を見上げるキラ。
そして、そんな彼女に近づく男が2人。
「ねーね、君、可愛いね!どこ高?」
「よかったら俺らとお茶しない?ちょうどそこのカフェ、ティータイムでデザートを新しく作ってんだよね。」
「こんな時間にここにいるってことはさ、君もサボりっ娘でしょ?」
方や金髪の細マッチョ、方や黒髪のピアス男。
駅などで見かける所謂陽キャが座っているキラの目の前に立っていた。
「ひゅぅ…!!(な、なに!?こ、怖い…!!)」
高校に入ってからの三年間、女子高に通っていたので男子に対する免疫は完全にゼロなキラ。
唐突に話しかけられる+威圧的な見た目で何をされるのかと、恐怖する。
「あーっと、大丈夫、怖がらないで。」
「ほんとにちょっとお茶したいなって思っただけで、泣かせる気はなかったんだ。」
「ひ…(怖い…怖い怖い!パパ!た、たすけ―)」
「―キラ?キラよね?」
「え?」
フルフルと体を震わせながらキラが目を瞑った時だった。
聞きなれた女性の声がして、はっと目を開ける。
「お、かあさん…」
「え?なんでこんな時間にキラがここにいるの?」
呆然とした表情でキラの母親はそこに立っていた。
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