第5話



 その頃、真下のテントでは、ルインがホクホク顔で支払いを終えていた。

「まさかジジイの店で、こんな掘り出し物に出会えるなんてよお」

 そう言うと、足元の木箱に収められた機械部品に目を向けた。

「高速魚雷艇の純正タービン。規格も同じなら、状態もバッチリ。これならサ・イラ号も少しはマシな飛び方が出来る」

「そいつぁ何よりだ、旦那」

 店主の男が歯の抜けた口を広げて笑った。

 ひょっとしたら、今日はツキが回っているのかもしれない。


 ……などと思ってしまうのは、やたらゲンを担ぎたがる船乗りの性なのだろうか?

 そんな風に自問していると、ルインの頭上から……

「船長さあぁんっ!」

 と、ラトナの声が聞こえてきた。


「え?」

 ルインが顔を上げたのと同時に、テントの布天井を破ってラトナ降ってきた。

「空から女のコだ!」

「そんなことより、俺のテントが!」

 テント内にいた隊商の面々が、顔を真っ青にして驚く。その中でも特に驚いたのはルインだった。

 彼は略帽が吹き飛ぶくらい腰を抜かして、地面に尻餅をついてしまっていた。


 一方の姫騎士は片手と両足の三点で綺麗な着地を決めると、周りの動揺など御構い無しに、ルインへと詰め寄った。

 姫騎士に気にしている余裕は無かった。ルインの前にしゃがみこみ、大声で言った。

「船長さん。敵が来ます!」


 ………


「……とかなんとか騒いで、輸送船を沈めた敵が近くにいるとか言うがよぉ」

 数十分後。舵を握りながら、ルインは不満タラタラでボヤいていた。


 サ・イラ号は針葉樹林の上を低空飛行していた。木々に囲まれた街道を辿り、墜落地点へと急ぐ。

 ルインは全くもって気乗りしなかった。離陸直後から天候は下り気味、しかも探すのは軍用船を落とした戦闘兵器だ。これは自ら死にに行くようなものだった。

「どんな野郎が、どれ位いるのか。皆目見当が付かないんじゃあ、探しようも無いぞ」

「だから我々が偵察に出ているのでしょう。敵の正体を探るために。相変わらずの不平屋ですね、船長さん」

 側に立つラトナが口を尖らせる。今の彼女は、旧時代の潜水士のような出で立ちであった。

 ヘビードレス用戦闘服だ。首から足先まで密着し、その上から衝撃吸収用の装具類が施されている。

 姫騎士はこの「下着」を身につけ、その上から鋼鉄のドレスを纏うのだ。


「我々って……さらっと巻き込むな」

「乗りかかった舟です。観念なさい」

「意味分かって言ってるか、お姫様。つうかそれ、客の台詞でも無いだろう」

 二人が話している間に、サ・イラ号は墜落地点に辿り着いた。墜落してから時間が経っているのか、煙は上がっていない。


「ジジイはしちゃいなかった。確かにドゥクスの大型輸送船だな」

 軍の輸送船の残骸が、木々をなぎ倒して地面に転がっている。既に火は消えているが、鈍色だった船体はすべて黒こげだ。


 同じく眼下を睨むラトナも、辛うじて形を留めた船体を注視していた。側面に大穴を空けたであろう砲弾は、貫通することなく船内で爆発。中の人間を瞬く間に消し飛ばした事であろう。


「……どうか、安らかに」

 ラトナは思いつめた顔で、窓枠に載せた手を固く握り、拳を作った。

「ジジイが言うには、貨物室の荷物は手付かずだったらしい。つう事はよぉ、積荷目当ての賊ってセンは薄いな」

 などと言いながら、ルインはサ・イラ号を増速させようと、スロットルに手を伸ばそうとした。

(いや、回転数は微妙だ。このまま通り過ぎて空域から離脱かな?)

 そのように考えていると、ラトナが徐に尋ねてきた。


「目的は撃墜でしょうか?」

「……そうだな」

 ルインは伸ばし掛けた手を止めて、考えながら答えた。

「ドゥクスの船を狙う奴ら。例えば、内海を挟んで睨み合うハンザの都市国家は……わざわざ越境までして、喧嘩売りには来ない」

 などと話している内に風向きが変わった。この風に乗って旋回すれば速度は稼げるし、燃料の節約にもなる。わざわざギアを切り替えるまでもない。


(来た道を辿って帰るとしよう)

 ルインは速度そのまま、ゆっくり主舵を切り始めた。サ・イラ号が良い横風にあてられながら、緩やかに弧を描いて曲がっていく。


「お姫さんよお。人間以外で船をあんな風にできるヤツってのは……限られてくるよな?」

 と、ルインは真剣な表情で言う。

「はい。つまり、此度の敵は……」


 ラトナが真剣に意見を述べようとした……その時だ。


 突如、女性の断末魔めいた金切音が、船のすぐ後ろを通り過ぎていった。

「敵襲!」

 ラトナが叫ぶ。彼女の声を背中に受けて、ルインは反射的に速度を上げた。

 もし転舵せず、あのまま直進していたら。地上の輸送船と同じ末路を辿っていただろう。ルインは頰を伝う冷や汗を腕で拭った。


「ザナ、見張り台に上がれ!」

 伝声管に向かって怒鳴る。

 ザナが持ち場を変えている間に、スロットルを開けて更に増速。同時に舵も小刻みに切って、ジグザグ航行を試みる。


「畜生、どこに隠れていやがる。頼むぜ、ザナ。早いとこ見つけてくれよ!」

 などと騒いでいる間にも、オレンジ色の弾が次々と、風切り音を響かせて船体を掠めていく。

 サ・イラ号は高度を上げて回避運動。後方から続々と迫ってくる砲弾の波を、間一髪で躱していく。


「見張り台から操舵室。発砲炎が見えた。見えたよ、アニキ。4時の方角で距離は……1000メートル!」

 伝声管からザナの声が聞こえてきた。


「正確な長距離射撃と悲鳴のような砲音。マルマンチェダ……高射砲です!」

 ラトナが声をあげた。


 マルマンチェダ。古の言葉で「断末魔」を意味するその兵器は、船乗り達を幾度となく恐怖に陥れてきた。

 対艦用に開発された8.8サンチ口径の怪物は、標的である艦船はもとより、堅牢な戦車ですら容易く撃破してしまうのである。


「聞きたくない名前が出てきやがったな」

 マルマンチェダの名を聞いたルインの顔から、どんどん血の気が引いていく。

「ヤバいよ、アニキ。ゴレムだ。下で高射砲を撃ってるのはゴレムだよ!」

 ザナの報告が悲鳴を帯びてきた。ラトナはポンチョを翻して、操舵室を飛び出した。


 ルインが「命綱!」と叫んだが遅かった。

 姫騎士は左右に傾く足元も、吹き荒ぶ強い風にも動じず、物見台まで一気に駆け上った。

「ゴレムはどこ?」

 駆け上るなり、見張り番のザナに尋ねる。

 ザナは横に滑り込んできたラトナに、手早く命綱を付けた。


「五時の方角、距離1300!」

 ラトナはザナから双眼鏡をひったくり、言われた方角を覗いた。

 視界に飛び込んだのは、まさしく無人兵器、ゴレムだ。失った右腕の代わりに鉄板と鋲で無理やり繋ぎ合わせた高射砲を、こちらに向けている。


「あのゴレム……手負いだわ」

 ラトナは双眼鏡の倍率を弄って、細部を観察しようとする。

 襲撃者は右腕から先を失い、下半身を大地に埋めて、狙撃を敢行していた。また、胴体の装甲には亀裂が入り、中の基板が露出している有様である。


「なんてこと。傷ついた機体を固定砲台に改造したんだわ!」

 絶句するラトナ。

「誰がさ?」

 尋ねてきたザナは、音が近くを通り過ぎる度に、首を引っ込めていた。

「味方のゴレムよ。彼らは動けなくなった味方を、その場で改造して、任務に復帰させるの。彼らにあるのは任務遂行だけ。その為なら、例え仲間でも、容赦なく活用する」

 ラトナはそう言うと、鬼気迫る雰囲気を迸らせながら、伝声管へ顔を近づけた。

「船長さん。ドレスを出します」

「戦おうってのかよ、あんなのと。バカ言うんじゃあない!」

 即座にルインが吠え返す。だが、ラトナの答えは変わらない。


「このまま逃げているばかりでは、いずれ補足され、撃ち落とされます。こちらも撃ち返して、態勢を崩すんです」

「そうかよ!こっちはテメエの戦争ごっこに付き合っている余裕なんざねぇからな!ドンパチ撃ちたきゃ、勝手にやっていやがれ!」

 感情任せの回答に、流石のラトナも腹を立てた。


「では、そうします!」

 姫騎士は見張り台から飛び降りて、船倉に向かった。

「あ、アニキ。良いのかよ?」

 一人残されたザナが尋ねる。

 ややあって、ルインは低い声で答えを返してきた。

「……ザナ。見張り台から降りろ。これから無茶をやるぞ」


 ………


「なんて人なの!」

 ラトナの胸中は失望と怒りの混合燃料で、メラメラ燃えていた。ただしこの姫騎士は、不平屋のルインとは違い、すぐに感情の波を打ち消してしまう事ができた。戦いの日々で身につけた「生き残る術」の一つだ。


「平常心よ、ラトナ」

 己に言い聞かせるように呟くと、船倉のドアを体をぶつかるように開けた。

 彼女を出迎えたのは、整備途中のヘビードレスであった。


 稼働に必要な装備は、ひと通り取り付け終わっている。しかし損傷の酷い脚部は手付かず、調整の必要な左肘から先は取り外したまま、おまけに下背部や脇下はむき出しという有様だ。

 とてもでは無いが、これでは戦えない。

 だが、やるしか無い。いま戦えるのは、自分しかいないのだから。


 覚悟を決めたラトナは、背部の搭乗ハッチから、ドレスの中に潜りこんだ。

 そして空気が抜ける音と共に、ハッチが閉じていく。その間にラトナは、自分の四肢をドレスの上腕や大腿部に通した。

 両手が先端の操縦桿に触れる。

 両足を歩行ペダルに嵌める。

 それぞれの感覚を慣らしている内に、ハッチは完全閉鎖。裏側の光学装置用の端子が、戦闘服の後ろ首に接続された。


 最後に骸骨型の兜が下りてきて、ラトナの顔をすっぽり覆う。

 機動。ヘビードレスに火が入った。


 ラトナは慎重に片ひざへ力を込めて、立ち上がろうとする。途端に、彼女の視界には、脚部損傷を知らせる警告表示と負荷率が、白黒映像で投影された。


「そんなこと……百も承知です!」

 そのままラトナは動作を続行。ドレスを立ち上がらせた。

「ほんの少しだけ。槍を撃てるだけの力が残っていれば良いんだから」

 姫騎士は手元の機械槍をあらためた。

 槍の中には、光弾を作り出す電池式弾倉を込めている。それが今は、一発分しか残っていない。

 つまり一撃で致命打を与え、戦闘不能にしなければ、勝機はない!

(やってやるわよ!)


 意を決して船倉の貨物扉に近づいた。すると、彼女の接近にあわせて扉が勝手に開きだした。

 ごうごうと風が船内に吹き込み、地の果てまで続く針葉樹林の大地が眼下に広がる。


〈扉が開いちまったら、大して速度も出せない。やるんならさっさと仕留めろ、姫騎士〉

 操舵室に通じる伝声管から、ぶっきらぼうな言葉が飛んできた。


「船長さん」

 ラトナの口もとが綻ぶ。

「任せてください。この船、私が守ってみせますから!」

 声高に宣言した姫騎士は、大楯を床に突き刺した。


〈なんだ今の音。何しやがった? おい、船に傷入れたら承知しねぇぞ!〉

 早口に叫ぶルインを無視して、ラトナは盾の上に機械槍を載せ、狙撃態勢に入った。


 円と十字で象った光学照準が、目の前に現れた。深呼吸の後、照準と槍の矛先を視界の中央へと動かしていく。


 その間も地上のゴレムは、マルマンチェダ砲を連射。砲弾が船の周りでさく裂する度に、足元は揺れて照準も踊り狂う。それをラトナは片手だけで修正する。

(絶対に外せない)

 視界に飛び込むゴレム。その傷ついた体を円の内側に収めた。

 続けて十字線。これは中心ではなく、船の動きに合わせて右に動かしていく。

 船の針路、光弾の速度、風向き……。頭をフル回転させて、十字線の位置を定める。


 そして息を止めて、体も岩のように固める。照準が定まり、体は今すぐにでも槍を放とうとうずきだす。


(……今!)

 ラトナは目をひん剥き、機械槍の引き金を指で押した。


 発射。


 槍の矛先が炎を噴き、白い光弾を吐いた。

 光弾は空中で緩やかに湾曲して、やがて地上に吸い込まれていく。

 ラトナの鶯色の目は、自らの放った一発が、ゴレムの胴体を貫く瞬間を、はっきり捉えた。


 ゴレムの体が火花を吹き崩れ落ちていく。同時に置き去りにされた高射砲が横倒しになった。

 それから樹林一帯は、また直ぐに静まり返った。直前までの戦闘の名残は、機能を停めたゴレムの残がいと、空中に浮かぶサ・イラ号だけとなった。


「やった」

 ラトナは安堵のため息をもらした。途端に、全身の空気が抜けていくような錯覚に襲われた。

 脱力……否、疲労だ。ヘビードレスが横に傾いでいく。足の踏ん張りが効かず、立て直せない。


 心なしか視界まで薄暗くなりだした。まだ夕方にもなっていないというのに。

(ああ、まずいわね)

 ドレスが床にぶつかる音が、なぜか遠くから聞こえてきた。手足の感覚が薄れている。


 目を開けたままにしたいのに重い。まぶたが意志に反して閉じようとしている。

 やがてラトナは抵抗を諦めた。目を瞑ると、脱力はさらに加速。一気に彼女を、底の見えない暗闇へ追い落としてしまう。

 そんな中、姫騎士の耳に、誰かの声が聞こえてきた。


 遥か遠い、頭の上から聞こえてくる。

 男の声。誰だろう?

 思案しようにも意識が保てない。

 せめて誰なのか、それくらいは……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る