第3話🔳僕とトモダチの今

君がどこか痛い時、僕も同じ場所が痛くなれば良いのに。

そうしたら、君がどこがどんな風に痛いのか解るのに。

君が痛みに堪えていることを誰よりもすぐに察知できるのに。



+++++++++


君の病を告げられた翌年の1月頃。

君の体調が突然下降した。

何も食べなくなり、水をかろうじて舐めるだけ。

立ち上がってもよろよろするばかりで前へ進めない。

僕は君が立ちあがろうとする度にそろそろと近寄って、目的の場所まで君が歩行し目的を達成できるように手伝うことにした。これくらいしか僕に出来ることが無かったのだ。


水を飲む。

トイレに行く。

僕が買ってきた猫用の座布団の上へ戻って身体を横たえる。

小さく唸って、僕が君の名を呼ぶと掠れた鳴き声で答える。


病院には行った、処方された薬も何とか時間をかけて君に飲ませた。

僕は君が痛い思いをしているんじゃ無いかって、気掛かりで仕方なかった。


「治らないならば、痛みを出来る限り取り除くことは出来ないだろうか。心臓が動いていても身体中が痛いんじゃあ、生きてるって言えないと思うから」医者先生に、これからの君との闘病生活においての核は何かと問われた時に、僕が告げた言葉だ。


僕は生きてるだけで苦しくて痛いから、本当のことを言うなら産まれなかったことにして欲しいと思っている。僕じゃない誰かの意識がこの身体を動かしていたら、この身体もこんな薬漬けのツギハギみたいにならなかっただろうし。こんなことを考えている僕が死ぬ予定が無いのに、生きることに必死になっている君の命が削れて行くなんて、おかしな話だ。


君の背中を撫でて、君の身体をタオルで拭いて、僕は涙が止まらなかった。

死にたい僕と、生きるために一生懸命な君。


だって僕は。

痛くない方法が見つからない。

苦しくない方法が見つからない。

頼りたい人が居ない。

怖くない場所が見つからない。

だから、生きることが辛い。

 

君は。

全てを享受して。

それでも、生きることを諦めない。


掠れた鳴き声で僕の呼びかけに答えてくれた君をそっと抱きしめて布団に入った

電気は点けたままにして、君の身体が温かいことを一秒毎に確かめる。


その夜中、朝方、時間は解らない。


目が覚めていたのかそうでないかは不明だが、僕は布団の中で君に腕枕をしていた。君の頭を撫でて、少し状態が落ち着いたかなと思った。


君が僕をじっと見て、口を動かして掠れた鳴き声を出した時、僕の頭の中に文字に似た何かが浮かんで来たのだ。正確には解らないが確かに君が鳴くと浮かぶ何か。


「いつも」

「さいご」

「おもえ」


パチンと手を叩く音がした、確かに音は聞こえた。


良く言う我に返る、と言うやつになったのだが、僕の腕には君が頭を乗せていて、さっき思った通りに、少し状態が良くなっている。何度も鳴き声を聞かせてくれた。掠れていない鳴き声は空腹の合図だった。


あの時、君からもらった言葉。

四六時中一緒にいられたら良いけれど、どうしても君から離れてしまう時間がある。買い物へ行くだとか、仕事へ行くだとか、君を部屋にひとりきりにする時間が必ずある。


僕は記憶にあるその言葉を繋げて「いつもこれが最期になるかもしれないと思っておけよ」と告げられたのだと思うことにした。君の病気は突然どうなるか解らないのは医者先生にも告げられていることだし、君が世界から消える瞬間に必ず僕が側に居られるかなんて解らないのだ。

行ってくるよと声をかけて頭を撫でて、それが最期になる可能性もある。


誰にも言っていない僕と君だけの秘密。


君はこの日を境に病状が安定した。

良くなった訳では無いけれど、最悪の状態は乗り越えた様だった。

僕の代わりはいくらでもいるんだよ、けど君の代わりは世界が終わっても現れない。絶対に。


僕と君は手を繋げない。

僕と君は同じものを食べられない。

僕と君は言葉が違う。

僕と君は物の見え方が違う。

僕と君は違うことばかりだ。


だけど


君は僕の大切な大切なトモダチ。


産まれたく無かったと何度も何度も繰り返し頭の中で叫んで、報われないんじゃなくて、救われないんじゃなくて、産まれたことそのものがまず間違っていただけなんだと諦念していた僕は、君と出会って見えない強さの本質を見た気がした。


やられてもやり返さない強さ、僕が見つけるまで、君はずっとそうして他の同種に虐めを受けていたんじゃ無いのかと思う。それなのに、結局痛い目にあったのは君だけ。


優しいひとは損をするのか。

君の場合はそうだと思う。僕が見ていたからね。


君は僕のトモダチ。

大事なトモダチだ。

君の手を僕が握る。君が握り返すことは無い。


でも僕は君の手を離さない。

君の手が僕の手を握り返さなくても。

いつかのいつかにこの小さな手が冷たくなっても。



◇続

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諦観論 九々理錬途 @lenz

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