第2話🔳僕とトモダチの縁

手帳を見てみると201某年。秋も深まった頃に僕は君が不治の病であると医者先生に告げられたと記入してある。その日は暑くも寒くも無い夕方で、帰り道に星を見ていた。


僕は君がどんな風にこれからを過ごしたいのかを知りたくてたまらなかった。

告知の日は医者先生が僕と君と先生だけを残した部屋で、床に蹲って君抱きしめる僕の嗚咽が止まるまで何も言わずに傍にいてくれた。そういえばあの日、僕は医者先生にお礼をちゃんと言えていたかな。


「これから一緒に色んなことを相談して、一緒に頑張りましょう」


医者先生は僕にそう言ってくれた。

僕は金銭の余裕がまるで無いから、選択を迫られる時が必ず来るだろう。

君の意志が聞きたいけれど、それは出来ないから、僕が君の望みと違っていても恨まれても、僕が選択をしよう。医者先生は冷静な意見をきっと提示して選択肢を広げてくれると信じている。


+++++++++


僕が君と本当の意味で「出会った」のは、精神病院から退院して来て半年程たった頃だった。


君は独りで居るのが好きなのだとその頃は思っていた。

常に独りで同種の輪に入っているのを見たことが無かったからだ。


その日、仕事探しに行脚して帰宅した僕は偶然にも君が同種から随分な攻撃を受けて部屋の隅へ追いやられているのを見てしまったのだ。まあ猫同志、喧嘩をすることもあるだろうが多数対壱。しかも何故なのか君だけが攻撃されている。そう言えば離れた場所にいつもひとりだったなと思ったのだ。もしかしてこれが原因でひとりでいるのだろうか。


僕はこの時、この家に居候する身で、君と特別仲が良い訳では無かった。

君はこの家の家主であらせられるナイフを持って彷徨う兄上様の世話する何匹かのうちのひとりで、僕は「精神異常者のお前はウチの一族の恥晒しだ」とかなり疎まれていたので、出来れば関わりたく無かったのだが、


……だが。


……一族という程に高尚な家でも何でも無い平民の家なんだが。一族って何なんだろうかとか、家の中限定で刃物を持ち歩いて見せびらかすだけのヒカリモノ内弁慶とか漫画の世界でも有り得ない雑魚みたいなんだがとか、精神科に通ってる人は安定させたいから自主的に通ってる訳で、差別発言も大概にしてくれないかなとか、色々関わりたく無い要素が高速で脳内を駆け巡ったのだ。


けれど、集団の輪の中にうまく入れない。それはまるで僕みたいだと思ったのだ。いや、このヒカリモノ内弁慶の集団には入りたくないが。


部屋の隅で鼻水を垂らして震える君を見ないふりで放置出来なかった。君以外は仲良くくっ付いて暖を取りつつ寛いで居る光景が更に泣けてきたのだ。


それから僕は君を僕に充てがわれた部屋へ連れて行く様になった。

そうして少しずつ仲良くなって君は僕の大事なトモダチになった。


君は僕が苦しい時にただ側にいてくれた。

死にたくなった時も君が部屋を出ようとする僕の後ろを着いて周るから首を吊る予定の車庫まで行けなかった。

布団の中で歯を食いしばって涙を流した時、瞼をザラザラの舌で何度も何度も何度も舐めてくれた。

真夜中に履歴書を書く僕の傍に寄り添って、寝てるかと思いきや必死に睡魔と戦って、僕が書き終わるまで待っていてくれた。

僕が皿に入れなければ飯を食わないという暴挙に出た為、ますます僕は首を吊れ無くなった。

その後、何とか職に付いた僕の帰りを玄関で出迎えてくれた。


その夏の早朝。不法侵入の野良と戦った君は病院で手当を受けたが数週間後に不治の病を発症してしまった。予防できない病は君を突然苦しめた。


どうして君を仲間外れにした奴等なんかを背に庇って戦ったんだよ。

どうして君だけが怪我をしたんだよ。

どうして君だけこんな大きな病気になっちゃうんだよ。

どうして僕は身代わりになれないんだよ。


どうして君はそんなに優しいんだよ。

どうして。

どうして君は。


僕は自分を罵った人が、自分を虐めた人が、自分を仲間外れにした人が、自分を指差して嘲笑した人が、もしも殴られそうになっている現場を見た時、果たして迷いなく助ける為に盾になろうと思えるだろうか。

そうなりたいと口先だけなら言えるけれど、出来ないだろうしする意味が無いとすら感じる。


僕も結局は他人に対して薄情なのだ。いじめっ子が僕を嫌うように、僕はいじめっ子を嫌っていて、いじめっ子にどんな不運が降り掛かっても何とも思わない薄情な人間なんだ。


君みたいには出来ない。

だってさ。

意地悪されたら悲しいし苦しいし居心地が悪くて涙が出るよ。

理由も良く解らないのに笑われたり無視されたりワザと大きな音を立てて近寄られたりしたら怖くて人間という生物がみんな怖いものに思えて自分のことも嫌になるよ。


逆にさ、知らない内に誰かを嘲る側に引き込まれて加わったことにされるなんてこともあるんだけれど、そんな時になると、どうやって自分は事態の把握をしていなかったことを伝えたら良いのか解ら無くて後悔という石が腹の中に貯まるから、それならもう誰とも関わらずに流れ来る事態に身を委ねて、意志も意見も反応も反論も感情も感覚も予想も想像も何もかも全部を放棄して蹲って何もしないでいようかと思うよ。


大抵が虐められるより虐める側に味方をするのは恐怖や不安から自分を守る為なんだと思うし、烏合して居る方が遥かに生きやすいと思う。自分がされた嫌がらせを、まるで関係のない人間に与えて復讐すれば自己満足出来るだろうしスッキリもするだろうし。


僕も薄情で最悪な人間だから、もしかしたらの予測は出来る。

けれど僕はその人達を守りたいと言えないよ。

それが家族でも。


君は強いね。

とても強くてとても優しい。

僕とは大違いだ。

奇跡でもなければこんなひとには会えないと思ってたから、僕はここで奇跡の券を使ったのかな。


君だけ何故仲間に入れなかったのかは今でも解らない。

それから君は滅茶苦茶喧嘩が強いと知った。

だったら。

何故、やられっぱなしになっていたのだろうかと考えた。


もしかしたらそれも君の強さなのかも知れない。

強いから反撃しなかったのだろうか。

きっとそうなんだろうね。


君は強くてとても優しいから。

だから独りぼっちだったのかな。

ありがとう。

僕と出会ってくれて。ありがとう。


◇続

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