明けましてって遅くない?

天ヶ瀬衣那

明けましてって遅くない?

「明けましておめでとうございます」


 港区、六本木ヒルズにある緒方プロでの新年会に向かった瀬奈と私は、駐車場に着いてすぐに優歌に出くわした。

 ここで挨拶するのもどうなんだろうと思いながらも、顔を合わせて何も言わないのも変だし、私は軽く胸の前で手を振りながら挨拶をした。

 すると何故か優歌は「……」と無言で私と視線を合わせたまま固まっていた。

「どうしたの、新年早々?」

 言いながら振っていた手を戻しながら優歌に近づく。

「……い」

 ん?

「お・そ・いっ! って言ってんの!!」

 突然怒り出す優歌。新年から怒らなくてもいいのに。

「遅いって……?」

 小首をかしげると、気づけば隣に立っていた瀬奈が会話に参加してきた。それも呆れながら。

「もしかして、今年もLINE送ってないの?」

 瀬奈の問いかけに小さく頷くと、ため息を吐かれてしまった。それから瀬奈は優歌に顔を向ける。

「ごめんね優歌、佐奈っていつも直接会ったときにしかあけおめとか言わないから」

 その言葉で怒りが沈んだのか、さっきとは違う表情で優歌は私に顔を向ける。

「あんたって本当に……。もう二週間だよ、二週間! せめて連絡ぐらいしてくれてもいいでしょ?」

「でもまだ二週間……」

 反論しないほうがよかった。

「まだ二週間って瀬奈は早々に連絡してくれたのに?」

 どうやら私とは違って瀬奈はメッセージを送っていたらしい。新年早々やらかしたかもしれない、スタープロモーションではそんなことしてなかったから……。

 なんて口には出せず「ごめん」と謝るしかなかった。




 ✕ ✕ ✕




「ふふ、佐奈さんらしい」


 さっきの優歌との出来事話すと由真さんは口元を右手で隠すように笑っていた。

「優歌も優歌だね、それぐらいで怒らなくても」

 由真さんの後ろでクロノと混じって談笑していた優歌からうるさいと言われた気がしたけど気にしないでおこう。

「では、今年もよろしくお願いするよ、佐奈さん、瀬奈」

 いつものようにカッコよく左目ウインクを決めて離れていく由真さん。

 その先にはmythの四人が立っていた。

 一番遅く到着したらしく由真さんが目の前まで行くと花が慌ただしく何度も頭を下げていた。

 遠くから見ていると振り子みたいで可愛い。

「あの子たちもだんだんプロの顔になってる」

 瀬奈はいつになく優しい声で四人を見つめていた。


「成長したでしょ〜」


 気配もなく後ろから声をかけてきたのは優歌のお母さんで元アイドルの美月めぐ。

 会う機会は減っていたけど、相も変わらずおっとりした口調で振り返らずともすぐわかった。

 瀬奈と私は振り返り挨拶を言うとめぐさんからも挨拶を返してくれた。

「めぐさんもmythのこと見てたんですか?」

「由真や優歌が見れないときは私が付いているのは聞いてないのね?」

 聞いたことはない。もしかしたら忘れてるだけかもしれないけど。

「あの子たち、ソロデビュー控えてるからどこでも緊張しちゃっててね」

 右手の人差し指を唇に立てながら微笑むめぐさん。その仕草を見るたびにまだまだ現役でアイドルをやっていけるのにっていつも思う。

 って、可愛すぎて話が脱線しかけてしまった。誰か時を戻して! と助けを求めていると後ろから近づいてくる足音が聞こえてきた。

 振り向こうとした瞬間、背中から抱きつかれる。


「佐奈先輩! 明けましてっ!!」


 と、猪突してきた光が挨拶をしてきた。今年って寅なんだけど。襲われていると思えば寅なのかな?

 すると隣りから獲物を捉えたような鋭い眼光を向けている瀬奈。こっちが寅だったよ……。

「光、離れないと瀬奈に喰われるよ?」

 それだけで察した光が光速で抱きついていた腕を離し立ち上がった。

 その光景にふふふと息を漏らすように声を出して笑うめぐさん。

「そんなに笑わないでくださいよ〜」

「光が佐奈に抱きつくからでしょ?」

「うわぁ〜嫉妬してる〜」

 あとで光は説教かもしれない。

 何かを感じ取った光が瀬奈からゆっくりと私に顔を向けてくる。潤んだ目で懇願されても助けられないよ?

「光、調子に乗らない」

 玲が光に近づきながら咎めた。

「は〜い」

 間延びした返事をしながら玲の背中に隠れる光。

「明けましておめでとうございます、佐奈先輩瀬奈先輩」

「明けましておめでとう。みんなも元気そうだね」

「元気すぎて困ってます」

 声音から呆れの感情が漏れているのはどうしてだろう。よく見ると表情も疲れ切っている。

 まぁ理由は後ろにいるみたいだけど。

「どうしたの?」

 気になったらしい瀬奈が聞いていた。

「もしかして顔に出てます?」

「書いてあるよ」

 瀬奈が後ろにいる光に視線を動かしながらそう言うと、玲が肩を落とした。

 すると駆け寄ってきた花が挨拶と同時に私たちを見渡す。

「ひ〜か〜り〜」

 その反応を見るに光はムードメーカーとして成長しているのがわかった。

「佐奈先輩、ごめんなさい。ほら、緒方社長にまだ挨拶してないでしょ」

 引きづられていく光を見送りながら私は瀬奈の手を握った。

 ん? と振り向く瀬奈の手を引いて誰もいないレッスン室に向かった。




「もしかしてシたくなった?」


 二人きりのレッスン室で開口一番に瀬奈が言ってきた。

「違うんだけど、それにあれだけの人がいるのにそういう気分になったら変態でしょ」

 至って普通に返事をすると小さく笑いだした。

「なんかね、クロノとかmythの子たちを見ていると罪悪感感じちゃって……」

 切り出し方は唐突すぎたかもしれないけど、それだけで瀬奈も頷き返してくれた。

「ごめんね、佐奈。辛い思いさせちゃって」

「ううん、それはいいんだけどね。さっきの玲の表情見ちゃったらいたたまれなくなって」

 冷たくなにもないレッスン室の天井を見ながら吐露すると、瀬奈が右手を握ってきた。

「……ごめんね」

 そう言って腕に体を寄せてくる。

「謝らないで、瀬奈との未来を選んだのは私だから」

「……佐奈」

 寄りかかっている瀬奈と目が合う。

 無言のまま、少し震えている唇が近づいてくる。

 その唇に吸い寄せられていると、触れる直前にレッスン室のドアが勢いよく開かれた。


「なにしてんのお姉ちゃん」


 ちっ、もう少しでキスできたのに……。

 ゆっくりと離れていく瀬奈は優しい表情で唯に振り向いた。

「な〜んにも。じゃあ戻ろっか」

 と、瀬奈が両手で唯をレッスン室から追い返す。

 私も息を吐き気分を入れ替えて、瀬奈に続くように出た。


 悔いのない一年を過ごせますように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

明けましてって遅くない? 天ヶ瀬衣那 @ena_amagase

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る