第186話【新たな誓いと自重しない旅】

「と、とりあえず僕は目をつむっているからゆっくりと離れてくれますか?」


 僕はノエルにそう言って目をつむったままそっと彼女の体から手を離してゆっくりと反対側を向く。


「ごめんなさい。

 思ったよりも足元がぬるぬるして思わず滑ってしまいました。

 あの、嫌でしたか?」


「嫌だなんて、むしろ嬉しかっ……て何を言わせるんですか!?」


「ふふふふ。

 えい!」


 後ろを向いた僕の背中にノエルが抱きついてきて僕の耳元にささやいた。


「今はこのくらいだけどロギナスに帰ってお父様に認めてもらったら改めてこれからの事を考えましょうね」


「それはお店を続けるって事じゃないのかい?」


「それも選択肢のひとつだけどあなたが一緒ならあの店にこだわるつもりはありませんよ。

 元々あのお店はお父様からの指示でお店の管理を任されていただけですから私でなくても問題はないですよ」


 ゆっくりと何かを考えながら話すノエルに僕は優しく声をかける。


「これから何がどうなろうとも僕が一緒に乗り越えていくから心配しなくてもいい」


 その言葉にノエルが「うん」と返したのを聞いた僕が「悪いけどのぼせそうだから先にあがるよ」と言うと名残り惜しそうにノエルは僕の背中から離れて湯舟に浸かりなおしたのだった。


「――良いお風呂でした」


 受付の女性に声をかけて部屋に戻ると僕はノエルが戻ってくるまでに明日からの準備の確認をしてみる。


「王都まで最速で2日、その後もエルガーまでさらに2日はかかる。

 そして道中の障害物の除却に遭遇する可能性のある獣と盗賊の対処か。

 正直かなり面倒だな」


 僕がギルドで手に入れた情報を地図に書き込みながら独り言を言っているとノエルがお風呂から戻ってきた。


「良いお風呂でしたね。

 これから暫くはこんなふうにゆっくりとお風呂に入ることは難しいでしょうね」


「ああ、そうだな。

 これから向かう王都にしてもかなりの被害があるようだしそれよりもさらに西に行くたびに被害は大きくなっていると思われるそうだね」


「ロギナスの皆は大丈夫ですかね?」


「一応、ギルド便で情報共有はしてるみたいだから壊滅はしていないことは間違いないだろう」


「でも、建物被害が多いと言われてましたよね?」


「そうだね。

 心配ごとは沢山あるけど今出来る事をしっかりとやるのが僕たちに与えられた依頼だから明日から頑張ろう」


 僕はノエルにそう言うと夕食に誘い、思ったよりも多い食事にびっくりしながらもなんとか食べきってから早めにベッドに入った。


   *   *   *


「――おはようございます」


 僕はまどろみの中で頬に柔らかいものが当たる感触で目が覚めた。


 眠い目を開けると目の前にノエルの顔があり僕と目が合うと顔を赤くして慌ててベッドから離れる。


「おはよう。

 朝食を食べたら直ぐに出発しよう」


 僕は気恥ずかしい気持ちを表には出さずにベッドから降りるとさっと着替えを済ませてから食堂へ向かった。


「――じゃあ出発するよ」


 準備を済ませいつもの馬車の御者台にノエルが座り僕はその後ろの荷車に座り込む。


「僕も馬車の扱いを憶えた方がいいだろうな。

 せっかくだからこの旅の間に教えてくれるかな?」


 実際問題、僕が御者をすると周りの警戒が薄れて何かあった時の対処が遅れるのであまり良い提案ではなかったがやはり彼女だけに御者をさせるのは正直悪い気がしていたのでそう提案してみたのだった。


「馬の扱い自体はそれほど難しくはないですけど何かあった時の対処はミナトさんでなければ無理ですのでやはり私がやったほうが効率的ですよね?

 もちろん疲れた時にはしっかり休憩をしますので心配しないでください」


「分かったよ。

 役割分担と割り切ってしっかりサポートさせてもらうよ」


 僕がノエルにそう言った時、彼女は急に馬車のスピードを落としてやがて停車させた。


「さっそく出番になりそうですよ」


 彼女の言葉に僕は荷車から降りて前方を確認すると見事に街道を塞ぐように巨木が倒れこんでいた。


カード収納ストレージ


 僕がスキルを使うと道を塞いでいた巨木が跡形もなくカード化されて手に残る。


「さあ、進もうか」


 僕の言葉にノエルはうなずいて馬車を走らせ始める。


カード収納ストレージ


カード収納ストレージ


カード収納ストレージ


 僕たちは道中のあちらこちらで馬車の通行に邪魔になりそうなものを片っ端からカード化して進む。


「――今日はこの辺りで野営にしようか」


 地図上ではおそらく王都まで半分を過ぎたと思われる水辺に馬車を停めて僕たちは野営の準備をするがカードを駆使しての準備なので実際にはほとんど何もする必要はなくふたりして夕食を食べてから馬車で休んだだけとなった。


「本当に獣が寄り付きませんでしたね」


「まあ、そのために仕入れた獣避けなんだから役にたってくれないと困るんだけどね」


 一応、魔導具で盗賊なども警戒をしていたが馬車はおろか馬も満足に走れない街道であるため盗賊たちも襲う相手のいる可能性が低いと判断してか全く出る気配もなかった。


「このペースなら明日には王都へ着くだろうな。

 王都に着いたら……」


 僕がそう言いかけた時、ノエルがその続きの言葉をとる。


「……王都についたらギルドに顔を出してノーズからの道を片付けたと報告をした後に宿で一泊する事にしましょう。

 ミナトさんは放っておいたらいくらでも働いてしまいますからね」


「ノエルから見て僕ってそんなふうに見えるの?」


「ふふふ。

 さあ、どうでしょうね」


 ノエルは笑いながらそう言うと朝食を軽く食べて出発の準備をしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る