第185話【特別な風呂とお約束】
「おおっ!?
コイツはなかなかの景観だ。
ここを設計した人は風呂を愛する職人なのだろう」
風呂に入ると大きめの湯船にたっぷりのお湯が張られ壁から出ている石像からは新しいお湯が次々と送られており、いわゆる『源泉掛け流し』状態の風呂であったのだ。
「この時期にこんな贅沢な風呂に入れるのはノーズだからだろうな。西に行くほど被害があるようだからそれこそロギナスでは風呂もまともに入れない人が多くいるかもしれない」
初めは風呂の豪華さに目を奪われたが先の事を思うと少しばかり気が重くなる。
「どうかしたのですか?」
その時、僕の背中に手をあててきたノエルの声がかけられる。
「も、もう入って来たのかい?」
「早く入りたくて急いで脱いできました」
彼女が入ってくる前にさっさと体を洗って湯舟に浸かっておこうと考えていた僕は予定が狂い少し焦ってしまう。
「僕は体を洗ってから入ろうと思っているんだがノエルはどうする?」
「じゃあ私が背中を洗ってあげますね」
「い、いやそれは……」
「遠慮しないでください。
いつもお世話になってばかりだからこんな時しかお礼が出来ないですので」
そう言い出したらいくら遠慮しても無駄だと分かっていた僕は諦めて洗い場の椅子に腰掛ける。
「じゃあ頼むよ。
あくまで背中だけでいいからね」
僕がタオルに石鹸をつけて自分の手や足を洗い始めると背中の方でノエルが何かをしている気配を感じた。
「じゃあ洗いますね」
ノエルが僕にそう声をかけると背中にタオルの感触を感じられた。
「ミナトさんって思ったよりも筋肉の付きが良いのですね。
カード収納スキルのせいで重いものを持たなくて済むから筋肉なんてつく暇がないと思ってました」
僕の背中を擦りながら彼女がそんなことを話してくる。
「まあ、確かに重いものはあまり持たないかもな。
だけど筋肉をつける方法は重いものを持つだけじゃないと思うよ」
「まあ、それもそうですね。
あっ、そうだ」
そう言ったノエルはふといいことを思いついたとばかりにとんでもない事を言い出した。
「せっかくタオルが泡でいっぱいになってるだからこのまま私も体を洗ってしまいますね」
(なんだって?)
ノエルがそう言った直後に僕の背中にあたっていた彼女の手が離れ、後ろで何かをする気配が感じられて思わず想像をしてしまう。
(とりあえず、振り向いたら負けだ)
僕はそう思ってジッと前だけを見据えて邪な想像を振り払いながら自らの体を洗い続けた。
――ぱしゃぱしゃ
もう洗う所のないくらいに洗った僕はようやくノエルが体についた泡を落とすお湯をかける音にほっと息をはく。
「泡を流したらバスタオルはしっかりつけてくれよ。
そうしたら僕も泡を流すから先に湯舟に浸かってるといい」
僕が背中越しにノエルにそう言うと彼女は素直にバスタオルを巻いて湯舟へと向ってくれた。
「じゃあ僕も泡を流して風呂を堪能させてもらうとしよう」
僕が泡を洗い流してから風呂に向かうとノエルが肩まで浸かった状態で待っていた。
「ちょうど良い湯加減ですよ」
バスタオルを巻いたままで湯舟に浸かるのはマナー違反かもしれないが、この風呂は僕たち以外いないからそれは言わないでおくことにして僕も湯舟に浸かった。
「ああ、確かにちょうどいい湯加減だ。
結構長い距離を馬車で移動してたからこうやってゆっくりと風呂につかるのは久しぶりだよね。
これからまた暫くはこんなにゆっくりとする事は出来ないかもしれないけれど今回に関してはディアルギルドマスターに感謝だね」
僕は横にノエルが一緒に入っていることにドキドキしながらも出来るだけ意識しないように彼女に視線を向けないで話をする。
「明日からまずは王都に向けて出発することになる。
ギルドの依頼である道中の障害物を排除しながら進む事になるから進行速度は遅いものになるだろうし当然野営が中心となるだろう。
そうなると安全面で不安が残るのだがそれについては僕に案があるのだけどそれには君の同意が必要なんだ」
「野営時には私をカード化して守る……ですか?」
「どうしてそれを?」
「仕方ない事とはいえ一度体験してますからね。
でも、その考えは無理ですよ」
「どうして?」
「だって、カード化されたらその時間は止まるでしょ?
そうすると休んでいる事にならないからカード化から解放された時には疲労は残ったままになるんじゃないですか?」
「あっ! そうだった」
僕は完全に失念していた事をノエルに指摘されて思わず声をあげた。
「それに、私はミナトさんと少しでも一緒にいたいのに私だけ安全を理由にカードに押し込めるなんで酷いと思わなかったのですか?」
僕はノエルの言葉にハッとなって慌てて彼女に謝った。
「ごめん。
完全に自分本位で物事を考えていたようだ。
人のカード化は悪人を捕まえるには良いけど誰にでもやっていいものでは無いものだというのを失念していたよ。
本当にごめん」
「分かればいいのですよ。
野営時の安全性はふたりでよく話し合って決めればいいではないですか」
そう言ったノエルがこちらを向いて僕の頬を両手でフニッと引っ張って微笑む。
「プッ。
ふふふふふ。
あはははは」
ノエルに引っ張ら変顔になった僕の顔を見て彼女が笑いを堪えられずに笑い出した。
「自分でやっておいて笑うのは反則じゃないか?」
僕が抗議の意味を込めてノエルに同じ事をしようと手を彼女の頬に伸ばした時にその事故は起こった。
「きゃっ!?」
「うぉっ!?」
――バシャ
急に体制を変えたはずみでノエルが足を滑らしたか後ろに倒れ湯舟に背中からダイブした。
「ノエル!?」
僕は慌ててすぐに彼女の手を掴みグッと引き上げて体を抱きしめる形となる。
「けほっ」
幸い湯舟に顔が浸かったのは一瞬だったのでほとんど水は飲んでおらず僕は胸をなでおろした。
「大丈夫だった?」
――ふにっ
そう声をかけた時、危機から脱した安堵から急に体の感触が現実に戻され自らの胸板に当たる柔らかい何かに気づいた僕は理性を制御する事に全ての意識を振って思わず目をつむりどうしたらこの状況から逃げる事が出来るかを脳をフル回転させながら考えた。
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