第91話【ひと探しはひと苦労】
「――どうやらここのようね」
マリアーナが馬車をとめた前には大きめの平屋が建っていた。
「おや、お前さんがたは初めてみる顔じゃがどこから来なさった?」
馬車がとまる音に気がついた初老の男性が御者台に座るマリアーナにそう問いかける。
「ロギナスの町からトウライの村経由でノーズの町まで向かう途中で寄らせてもらいました商人の馬車でございます。
この村は固定の商店がないと聞き、私どもの持ち合わせている商品で必要なものがあればと思いこちらに寄らせて頂きました。
ここの責任者の方はどちらに居られるのでしょうか?
是非ともご挨拶をしたいと思っております」
相手の素性も立場もわからない状態だったのでマリアーナは出来るだけ不信感をもたれないように言葉を選んで説明をする。
「おお、それはありがたいことじゃ。
なにせあんたの言うとおり村には店がないので定期的に農産物を買いに来る商人から割高な品物を買うしかなかったんじゃよ」
男性はそう言うと「こっちに来てくれ」と言いながらマリアーナを建物へと案内しようとした。
「少し待って頂けますか?
馬も繋がなければなりませんし、商品に関しては彼に持たせておりますので同行させてくださいね」
マリアーナはそう言って集会所の側にあった馬車小屋に馬を繋いで僕と一緒に集会所の中へと入って行った。
「おーい皆の衆。
この旅の商人さんが持っている品物を売ってくれるそうだ。
なにか必要なものがあるやつは集まってくれ」
「なんだなんだ?」
「商人だって?
なにをもってるんだ?」
「さ、酒なんて持ってないよな?」
男性の声に反応して休んでいた者たちがわらわらと集まってくる。
「それで品物ってのはどこにあるんだい?
そもそも馬車に積んであるものなんじゃないのか?」
当然の疑問をなげかけてくる皆の前に僕は数十枚のカードを並べて言う。
「ここに商品の見本がありますので欲しい品物があれば教えてください。
あ、値段はその都度聞いてもらえればお答えします」
僕の言葉を聞いてものめずらしげにカードをながめていたひとりが突然一枚のカードをつかんで叫んだ。
「さ、さけが……酒があるじゃねぇか!?」
「な!? なんだとぉ!!」
お品書きのごとくお酒のカードをみつけたひとりがそう叫んでカードを握りしめた。
「おい!
ひとり占めしてんじゃねぇよ」
酒をみつけた男たちが競ってカードの奪い合いをはじめてしまった。
「待ってください!
おそらく希望者の全員分くらいは在庫があると思いますので順番に並んでください。
でなければ売りませんよ!」
「ま、まじかよ。
そんなに大量の酒を積んでよくあの山道を無事にこれたな」
「ああ、まさに奇跡とした言いようがないぜ」
男たちはくちぐちにそう感想を言ってきちんと僕の前に並んでいた。
「えっと、すみませんが全部で何本のお酒が必要かを教えてくれませをんか?
馬車へ荷物をとりにいかなくてはいけませんから……」
僕の言葉にその場にいた男たちのなかでも立場が上の者だろう体格の良い青年がすぐさま数を数えた。
「……全部で16人だな。
なあ、どうしてもひとり一本でなければ駄目か?」
その青年は何かを考えながらそう僕に聞いた。
「できれば公平にいきたいのでそうしてもらえるとこちらとしても助かりますね」
ひとりを特別あつかいすることによっていさかいの種をまくことになると考えた僕は頼みを断ったが、ふとその理由を聞いてみたいと思っていた。
「ところでどうして複数本欲しいのですか?
確かにお酒が好きならば少しでもたくさん持ちたい気持ちはわかりますがこれだけのひとが見ている前であえて頼むにはそれなりの理由があるように思えるのですが」
「ああ、もちろん俺がのむために買おうってんじゃない。
いま、ここにいるのは仕事が一段落ついて休んでいる連中ばかりでまだ農場には人が残ってるんだ。
あんたたちがすぐには帰らないというならばそいつらに連絡をして買いに戻らせることもできるがすぐに旅に出ちまうならそいつらの分もなんとかしてやりてぇんだよ。
ここじゃあ酒なんかまず手に入らねぇから俺たちだけ買えてそいつらが買えなければ気まずいからな」
その青年は頭をかきながら周りの男たちを見回すとほとんどの者がうなずいていた。
「わかりました。
どうせ今日はこの村の中で野営をするつもりでしたのでいま買えなかったひとは後ほど受けますので安心してください。
ではとりあえずいまここにおられる方の分を馬車から運び込みますので少しまっててください」
僕はそう言うと馬車へと戻りカード化していたお酒の瓶を馬車の中で開放し、ダランたちと一緒に運びこんだ。
「おお! ありがとよ。
そういえば代金のことを聞いてなかったがあまりふっかけないでくれよ?」
「そうですね。
ロギナスで同様のものを買えばひとつ銀貨1枚ですのでそれに運賃を上乗せさせてもらって……銀貨2枚ってところでどうですか?」
僕はトウライの商店で言われた『適正価格』の概念を思い出して輸送賃料を上乗せして提示した。
「な、なんだと!?
この酒がひとつ銀貨2枚だと?」
酒の瓶を受け取った青年が手を震わせながら酒と僕を交互に見比べる。
「どうかしたんですか?
あ、もしかして高すぎるとか?」
青年の反応が挙動不審だったので僕はおもわずそう聞いてしまっていた。
「あ、いや、そうじゃないんだ。
あまりにも安すぎるから水で薄めてるんじゃないかと思ってな。
悪いが少し、一口でいいから確認させてもらっていいか?
これがちゃんとしたものならばそのまま買うからよ」
青年は僕がうなずくのをみると小さな
「ど、どうだ?」
周りにいた男たちも固唾をのんで青年の感想を待つ。
「う、うまい……。
こんな上等の酒を飲んだのは久しぶりだ」
「「「うおぉぉぉぉ!!!」」」
その場にいた男たちから大きな歓声があがり「よし! 並べ! お前たち!!」と誰かが叫んだと思うと僕の前にはきちんと整列した男たちの姿があった。
「――いやぁ、本当に来てくれて嬉しいぜ」
無事に目当てのお酒を買えて上機嫌の男たちはくちぐちに僕たちを歓迎する声をあげる。
「あ、そういえば人を探してるんですけど。
えっと……『ラウメ』って人はどなたでしょうか?」
「…………」
僕がその名前をだした途端、その場はいきなりの静寂につつまれた。
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