第87話【トウライの村にて】
次の野営は特に問題はなく予定どおりに進むことが出来た。
「そろそろ今日の目的地トウライの村が見えてきます。
前にも言いましたがこの村には宿屋はありません。
基本的に自給自足の村人が静かに暮らしているだけですのであまり商売的には向かない村です。
ただ、ちょっと変わった農作物が手に入るかもしれませんので村にある唯一の商店には顔を出す価値があるかと思います」
マリアーナは前を見ながら僕たちにそう伝えた。
(変わった農作物か……。
どんなものだろうか?)
僕がそんな事を考えていると御者台から「見えました。トウライの村です」とマリアーナの声で我に返り馬車の前方を見た。
「村の周りには獣よけの板柵がありますので街道沿いの1箇所しか入口はありません。
もともとそれほど大きな村ではありませんが村の中に馬車が停められる広場があり、そこで野営をするのが一般的になります」
マリアーナはそう言いながら馬車を村の入口の前に停車させ門兵に商人の証明書を提示して村へ入る許可の手続きをすませた。
「今夜は村の中に泊まりますので馬車を指定の場所へ移動させます。
馬車を固定させたら馬車の見張りを1人交代でおけば他の人は村の中を自由に見て回られても大丈夫です。
まあ、そうは言っても見るところと言えば唯一の商店くらいですけどね……。
あと、私は村長に手紙を届けてきますので少しのあいだ外しますので先に伝えておきます」
マリアーナはそう言って馬車を村の中に入れてゆっくりと門の近くにある広場へと進ませた。
「馬は荷車をはずしてそこに繋いでおいてください。
馬の世話はいつもどおりでお願いします」
マリアーナはそう告げると村長に会うために村の中心にある村長宅へと足をむけた。
「ああ、馬の世話と荷車の護衛はこちらでするから村にいる間はミナトは自由にしていいぜ。
ただ、食事の準備だけは忘れずに頼むけどな」
馬を荷車から外す作業をしながらダランが僕にそう言うと側で一緒に作業していたサーラとミーナもうなずいた。
「ありがとう。
お言葉に甘えてさっき聞いた商店を覗いてくるよ。
ああ、もちろん夕食の時間までには戻るから安心してください」
僕はみんなにそう言うとダランに商店の場所を聞いてからゆっくりと歩いて行った。
マリアーナからは大きくない村だと聞いていたが自給自足をするための畑が村の囲いの中にあるためか馬車を停めた場所からは家が集まる中心部まではそれなりの広さがあった。
(しかし、
ロギナスの町は地方都市みたいで活気にあふれていたけどこうして隣の村になるとこうも違うものなんだな)
僕は田舎の風景に癒やされながら村の中心部へとたどり着き入口に雑貨店の看板がある建物を見つけて中に入ってみた。
「いらっしゃい。
あら、初めてみる顔だね。
お兄さん旅人かい?」
お店に入ると人の良さそうなおばさんが出迎えてくれる。
「はい。
ノーズの町へ向かう商人の護衛兼荷物持ちとして旅をしています。
こちらは初めてなんですが商人の方からこの村で採れる変わった農作物があると聞いて興味がわいてしまい見に来た訳です」
「変わった農作物?
……ああ【ノーズベリー】の事かい?
確かにあれはこのあたりで採れるものだけれど、今の時期はトウライではほとんど採れなくてサンザンでなければ扱ってないわよ。
もう少し寒くなればここでも採れて手に入ると思うけどね」
「ノーズベリー……ですか?
それってノーズの町と何か関係があったりするのですか?」
「まあ、知らなければ普通はそんな反応になるわよね。
もともとの名前はサンザンベリーと言うんだけどこの実は輸送が難しくてサンザンからノーズへ運ぶのが精一杯なんだよ。
だからほとんどがノーズの町で消費されるんだけどサンザンベリーはなんとなく
本当の意味は『
商店のおばさんはそう言って苦笑いをした。
「ところでお前さん商人の荷物持ちと言ってたわよね。
なにか
もともとこの村には定期的にしか商人が来ないから日持ちのする物しか置いてないんだよ。
ああ、荷物持ちのあんたでは判断がつかないだろうから商人の主人に話を通してくれるだけでもいいよ」
確かに言われてみれば本当にどこにでもあるような保存食系の食べ物しか置いておらず衣類なんかはどうしているのだろうとこちらが心配になるほどだった。
「そうですね。
出せないものもありますけど僕個人の荷物からならばいくつかありますよ。
これなんかどうですか?」
僕はそう言って数枚のカードを店のテーブルに並べた。
「カードかい?」
「ああ、僕はカード収納スキル持ちですのでこのような形で品物を運んでいるんです。
まさに荷物持ちってやつですね」
僕はそう言って笑った。
「へえ、カード収納ってやつはほとんど使いものにならないスキルだと聞いてたけど中にはそれなりに使えるひともいるんだね。
まあ、仕入れが出来るのならばなんでもいいさ」
雑貨店のおばさんは細かい事は言わないで僕が並べたカードをじっと見比べて数枚を選んだ。
「これとこれとあとこれが欲しいね。
全部でいくらになる?」
彼女はそう言ってカードを見せながら僕にそう聞いてきた。
「えっと……全部で小金貨5枚ですね」
「はぁっ!?」
僕の提示した金額を聞いておばさんは呆れた声で僕に言った。
「お前さんコストって言葉を知ってるかい?
いまあんたが提示した金額はロギナスの店で買った値段そのままか僅かに高い程度だろう?
もしかしたら仕入先から安く手に入れたものなのかもしれないがそれにしたってこんなへんぴな村に持ってきた品の値段じゃないよ。
ロギナスからこの村まで馬車で3日の距離だからそれに伴うリスクやコストが上乗せしてなければおかしい。
そんなことじゃ立派な商人にはなれやしないよ」
品物を安く売ろうとして怒られるとは思わなかった僕は「はい。すみませんでした」と勢いで謝ってしまう。
「分かれば良いんだよ。
ほれ、その品物ならばこれくらいは払わなきゃね」
おばさんはそう言って僕が提示した金額の2割増の小金貨を僕の前に置いた。
「僕としてはさっきの金額で良かったんですが、せっかくの好意ですので頂いておきます。
そして、これは僕からのお礼になりますので是非うけとってください」
僕はそう言って指定された品物と甘味菓子をカードから戻してテーブルに置いた。
「これは!
この村じゃあまず食べられないものじゃないか!?
こんなものまで貰っちゃあこちらももうひとつサービスをしようじゃないか」
おばさんはそう言いながらあるものを取り出した。
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