第88話【白いコイン】

「これは?」


 おばさんが出したのは白いコインだった。


「これはサンザンでノーズベリーを買うために必要なコインさ。

 基本的にあの村で収穫されるノーズベリーは全て契約栽培をしているのさ。

 だから決められた商人以外がサンザンに行ってもノーズベリーは売ってもらえないんだよ。

 ただ、何事にも特例ってものがあってサンザンの村人は冬越しでトウライの村にくるんだけどその時に持ち金が尽きた場合、このコインで借金をするのさ。

 だからこのコインを出されたらノーズベリーで返済するって約束になっているのさ」


 おばさんはそう言いながらコインを手にとり僕に見せて「これをお前さんに売ってあげよう」ともちかけてきた。


「今の話が本当ならば是非とも欲しいものですけど、全くの嘘ならば大損をすることになります。

 信用するに値する証明はありますか?」


 僕は彼女をじっと見ながらそう問いかける。


「まあ、それが普通の反応だろうね。

 だけど証明のしようがないから信用してもらうしか方法はないんだよ。

 まあ、嫌ならば無理にとは言わないよ」


 おばさんの態度に僕は少し考えて「そのコインを見せてもらって良いですか?」と言って彼女からコインを預かる。


「鑑定――」


 渡されたコインに僕は密かにサブスキルの限界を越えてあがっていた鑑定のスキルを発動させていた。


【借入金の証:限定された地域でのみ有効な証】


(どうやら本当のことのようだな。

 ノーズベリーが手に入るならば譲ってもらう価値はあるだろう)


「良いですよ。

 いくらで譲ってもらえるのですか?」


「そうだね。

 このコインの価値と同じ小金5枚でどうだい?」


 小金貨5枚はたった今このお店に卸した品物とほぼ同じ価値でその高さに僕は少しばかり驚いた。


「意外と高いんですね」


 僕が正直に思ったことを告げると彼女は「そりゃそうだね」と言って説明をしてくれた。


「確かに高いんだけれどこのコインは借用書と同等のものだからね。

 このコインで小金貨5枚を貸し出したからには同等の対価がなければ渡すことは出来ないよ。

 本来ならば利子があったりするものなんだけどここは知り合い同士の内々処理だからこうしているだけなのさ。

 それにノーズベリーを売買契約していないあんたが買おうとするならばこのコインは必須になるし、もし小金貨5枚分もいらなければちゃんとお釣りもくれるからそこまで心配することはないと思うよ」


「ちなみにノーズベリーってひとついくらなんですか?」


 僕の素朴な疑問に彼女は笑って答えてくれた。


「ひと粒で銀貨1枚だと思ったらいいよ。

 ただしサンザンでの生産者から直接買った場合だけでノーズだとその2倍はするよ」


「ひと粒で銀貨1枚!?

 それはまた高級な果物ですね」


「まあね。

 もともとの生産量が少ないのもあるけど傷みやすくて遠くまで運べないのが高くなる原因なんだよ。

 だからどうしても食べてみたければノーズの町の専門販売店に予約を入れてから買いにいかなければ駄目だからね」


「それは相当に美味しいんでしょうね」


「それはそうさ。

 特に収穫したばかりのベリーは最高で本当にその場に居なければ食べることは出来ない貴重な果物さ」


 おばさんはそう自信たっぷりに熱弁をふるいながらウインクをひとつした。


(ひと粒銀貨1枚か……小金貨5枚分だと最大50粒だな。

 正直いって滅多に手に入らないものみたいだし、カード化しておけば劣化もしないから出来るだけ多く買っておくかな)


「わかりました。

 小金貨5枚で受けさせてもらいますね」


 僕はそう言うとおばさんに小金貨5枚をとりだしてから手渡した。


「はいよ、確かに。

 じゃあこれがそのコインを渡す人のメモだよ。

 当然だけど誰でも受けてくれるわけじゃないから間違えずに渡すんだよ」


 僕は彼女からメモを受け取るとざっと書かれている事を確認してからコインと共にカード化してウエストポーチへとしまい込んだ。


「今日は良い買い物ができたと思います。

 なかなかこちらへ来ることはないかもしれませんが、もし寄ることがあれば必ずお店にも来たいと思います」


「ああ、こっちもいい仕入れが出来て良かったよ。

 今度来る事があったら少しで良いから嗜好品しこうひんを持っておいで。

 多少色をつけて買い取ってあげるからさ」


 おばさんはそう言って笑いながら僕を見送ってくれた。


   *   *   *


「――戻りました。

 すぐに夕食の準備をします」


 雑貨店で話し込んでいた僕は夕食の時間を過ぎていたことに気がつき慌ててカードから人数分の料理を開放した。


「いつもすみません。

 出来るだけ身軽に進むために荷物のほとんどをミナトさんに持たせているから居ないとなんにも出来ませんから。

 ――本当に帰り道が心配になってきました。

 帰りは大きな街道ルートで行く予定ですけど今度は必要な荷物を全て荷車に乗せていかなければいけませんからね」


 村長への面会を終えて戻ってきていたマリアーナがため息をつきながらそう言うのを聞いて僕はまた余計な仕事を増やそうとしていた。


「ノーズに着いたら帰りの食料なんかは条件圧縮をつけたカードにして渡しておきますよ。

 それならばたとえばマリアーナさんが必要な時に必要な分だけ開放すればいいですので……」


「それは良いですね!

 ぜひお願いしたいです」


 マリアーナはパッと表情を明るくして微笑んでくれた。


「それでお店のほうはどうでしたか?」


 僕とマリアーナの話がひと区切りついたのをみてミーナが聞いていた。


「まあ、田舎の雑貨店だったから目新しいものは特になかったよ。

 逆に今まで買い込んでいた品物をお店に卸してきたくらいだからね」


「へぇ、そうだったんですね」


 ミーナが相づちをうっているとマリアーナが横から会話を混ざってきた。


「それはいい事をされましたね。

 この村は月に1回程度ロギナスから品物が運ばれてくるだけで一般の商隊は通らない村ですから喜んだでしょう」


「ええ、凄く喜んでくれてちょっと変わったものを売ってもらいました」


「変わったもの?」


「ええ、これです」


 僕はそう言ってカード化されたコインとメモを取り出して見せた。

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