第75話【それぞれの選択と研修の仕上げ】

「では、このまま研修を続けても良いのですね?」


 僕はマグラーレの「認める」の言葉に研修進捗の成果が十分であると受け取りそう問いかける。


「そうじゃない。

 いや、それもあるが娘の婚約者候補として正式に認めてやると言っておるのだ。

 ――半年後、私の満足する結果を出せたならばその『候補』をはずしてやろう」


 マグラーレの予想外の言葉に僕は頭が真っ白になり自分でも何を言ったか覚えていないが無事に視察は終わったようだった。


   *   *   *


 マグラーレとランスロットによる進捗確認が終わりさらに3ヶ月が経過し、研修の追い込みにはいった。


「よしっ!

 ついに俺もレベル5になったぞ」


 キリュウの次にはヤーゴがサブスキルカンストのレベル5に達した。


「なに?カンストボーナスだと?

 やっとレベルアップしたのにまだ特訓しなきゃならない限界突破は俺はゴメンだぜ」


 ヤーゴはそう言うと少し考えて時間停止の追加スキルを選択する。


「一度に大量の荷物をカード化出来る容量アップも魅力的だが物が劣化しないのはそれ以上の価値がある。

 食い物の保管は当然として素材の保存運搬状況も格段に良くなるだろう。

 どちらかを選べと言われればこっちを選ぶのが最善だろうな。

 コイツがあれば将来独立するとしてもなにかと役に立つからな」


「ヤーゴさん。

 ギルドを辞めて独立されるんですか?」


「今のところは予定はないが、俺たちみたいな職人は自分の工房を持って独自で店をかまえたいものなんだよ。

 まあこれからのギルドでの扱い次第ってところだな」


 ヤーゴはそう言うとカバンからカードを取り出してハンマーを開放しながら言った。


「とりあえずレベルが5になったら残りの期間3ヶ月は自由行動なんだろ?

 本当ならば地元へ帰って鍛冶をしたいところだが、片道10日以上かかる道のりを戻ってまた2ヶ月後に来るとか面倒なことはしたくねぇからこの町のギルド所属の鍛冶場を借りて鍛冶の鍛錬をさせてもらうぜ。

 まあ、宿代が勿体ないからこの施設で寝泊まりはさせてもらうから何かあればその時に言ってくれれば話は聞くからよ」


 ヤーゴはそう言って僕に自由行動をする許可を聞いてきた。


「わかりました。

 基本的には問題ありません。

 宿泊はこちらに戻られるとのことでしたら食事などの際に情報共有をはかるようにしましょう。

 あ、念のためにひとつだけお願いなのですが、今回の企画はまだ表向きには公表していませんので関係者以外には話さないようにお願いします。

 また、カード収納自体はもともと使われていたので問題ありませんが今回付けた時間停止の追加スキルについては出来るだけ他人には話さないようにしてください」


「ああ、わかってるよ。

 これでも一応ギルドの職員だから守秘義務の厳守ってものがあるからな。

 こいつを破るとギルドをクビになるだけならまだいいほうで重要度によって罰金や強制労働が課せられるからな。

 そんな馬鹿なことはしねぇよ」


 ヤーゴは理解した顔でうなずくとそう答えて「なら、これからギルドに顔を出してくるぜ」と言って施設を出て行った。


「とうとうヤーゴもカンストさせたか、ワシもまだまだ限界突破のレベルアップは遠そうじゃがもうひとふんばりするとしようかの」


 ヤーゴの後ろ姿を見ながらキリュウがそう話すと「僕たちも負けてられませんね」とナムルが真剣な表情でつぶやいた。


   *   *   *


 ――さらに時は進む。


 企画の開始日まであと1ヶ月と迫ってきたある日、僕たちメンバー全員が施設の会議室に集まって打ち合わせをしていた。


「――では、この流れで行きたいと思います」


 僕は作った資料を手にしながら説明を細かく指定していく。


「皆さん不安もあるでしょうけど十分な成果をあげてくれましたので僕としては安心しています」


 あれからナムルとアーファは揃ってレベル5となりアーファは時間停止を選択し、ナムルは迷ったあげくに限界突破を選択した。


 ナムルが言うにはキリュウの後ろ姿に感銘を受けたそうで自らを鍛える意味でもまだまだ特訓は続けたいと考えたからだそうだ。


「結局、わたしだけレベル5になれませんでしたね」


 少し自嘲気味に笑うロセリがそうつぶやいた。


「仕方ありませんよ。

 もともと一番遅く研修にはいったことですし、もしかしたら残りの1ヶ月で上がるかもしれません。

 それに、今回の開始時はレベル3以上あれば形になる予定だったのをレベル4まで引き上げたじゃないですか。

 もっと自分に自信を持ってください」


「そうですけど、せめて本当にあと1ヶ月あればとは思います」


 本来ならば開始日まであと1ヶ月あるのだがロセリの本拠地であるノーズの町までは移動に20日はかかってしまうためそろそろロギナスを出発しなければ当日に間に合わなくなってしまうのだ。


「まあ、王都まではワシとヤーゴも一緒であるし、ワシもまだ限界突破までの経験値は貯まっておらんから道中での練習はつきあうでの」


「そうだな。

 俺はもう経験値は入らないがこれからのこともあるから練習にはつきあってやれるだろう」


 時間に余裕のできたヤーゴはギルドで鍛冶施設を借りていくつか武器を打ったらしく新しく覚えた時間劣化のしないカード収納スキルでカード化したものを眺めてはニヤニヤしながらもロセリにそう声をかけた。


「私はもう少しだけ残って町の散策をしていこうと思っています」


 アーファは隣のエルガーまで帰るので本来ならば一緒の馬車で出発するのが無駄がないのだがすぐに帰れば仕事を言いつけられるのは目に見えていたので勉強との理由をつけて半月ほどゆっくりと休みをとることにしていた。


「わたしはまだ限界突破の経験値に達していませんのでギリギリまで特訓を続けようと思います」


 最後にロギナスを本拠地とするナムルがそう締めくくった。


「皆さん本当にお疲れ様でした。

 当日のスケジュールは渡した資料に書いてありますが、当日までに変更があれば本来のギルド便にて連絡をとるようにお願いします。

 今回、ロセリさんのレベルが5に達しなかったので追加スキルはつけられませんでしたが、今後カンストした際にノーズの町まで僕が行こうと思っています。

 それまでは現状で頑張ってください。

 これは僕からの餞別ですので帰路の道中で食べてください」


 僕はそう言ってキリュウ、ヤーゴ、ロセリの3人に町の食堂で作ってもらった料理をカード化して渡した。


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