第76話【久しぶりの休日】

 キリュウたち3人がそれぞれの町へと出発した次の日、僕は練習を続けるナムルとそれを自作のお菓子を食べながら眺めているアーファに「今日は一日出かけて来ます。夕食も食べて帰りますので僕を待つ必要はありません」と伝えて施設を出た。


 今日は久しぶりの休日としてノエルと買い物に行く約束をしておりノエル雑貨店の店休日にあわせて迎えに行くと伝えてあった。


 ――からからん。


 ノエル雑貨店のドアを開けると聞き慣れた音が店内に響く。


「ミナトさん。

 お待ちしてました」


 店のカウンターの奥から少し大人びた服装に身を包んだノエルが僕の姿を見て笑いかける。


「少し早かったかな?

 在庫の整理をしてから出かける予定だったよね?

 いくらでも待つからゆっくりと仕事を終わらせていいから。

 あ、重いものがあれば僕が運ぶから遠慮なく言って欲しいな」


 僕はそう言うと店内にある椅子に腰を下ろして周りを見回した。


「あいかわらず凄い品揃えだね。

 とても地方にある町の雑貨店とは思えないよ」


 ノエルの雑貨店の品物の大半はノエルの父親であるマグラーレが手配したもので王都から常に大量の荷物が運ばれて来ていたのだ。


「これは父が一方的に送ってきた品物ばかりなので……前にも言ったかもしれないけど本当に店番をしているだけに感じてしまってます。

 いつかは自分の力だけでお店を持てたら嬉しいのですけど、あの父がいる限りそれも難しいかもしれませんね」


 少し寂しそうな表情を見せたノエルだったが、すぐに笑顔となり「久しぶりの休日なんですから楽しまないと損ですよね」と残っていた片付けを手早く済ませお店を閉じた。


「――それで、今日はどこに連れていってくれるのですか?」


 ノエルが期待した目で僕の顔を覗き込む。


「どこへと言われても町から出る訳にはいかないからこの町の中でお店を見てまわったり美味しい料理を出すお店を発掘したりしようと考えてたんだ。

 もし、君がどこか行きたいところがあれば遠慮なく言ってくれ。

 僕は喜んで一緒に行くから」


「気を使ってくれてありがとう。

 でも今日はミナトさんのエスコートでまわりたい気分なの。

 だから宜しくお願いしますね」


 初めて出会った時から彼女の笑顔に惹きつけられていた僕は今日の彼女を見て更にドキドキさせられた。


「じゃあ、まずは洋服店を見て歩こう。

 その次は装飾店、最後に食事処にしよう」


 僕はそう言うと微笑むノエルと並んで洋服店へとゆっくりと歩いて行った。


   *   *   *


 僕たちがロギナスでデートを楽しんでいた頃、王都ではテンマ運送のザガンが実績を上げるために荷物の物流部門の総責任者として親から正式に引き継ぐ儀式が行われていた。


「――以上により、テンマ運送の荷物物流部門は本体から独立とし、その総責任者として長男のザガンが就任するものとする。

 今後は人材運送はわたしが、荷物運送はザガンが指揮を執ることになる。

 こやつはまだ23だがのちにはわたしの跡目を継いでもらわなければならない。

 そのうち良い縁談を経て、ますますテンマ運送が発展することは間違いないだろう」


 テンマートがそう宣言すると集まっていた従業員から拍手と歓声があがる。


 その歓声の中、スッと手を上げたザガンを見た従業員たちはぴたりと声を静めてザガンに注目する。


「――こうして多くの者の前で話すのは初めてかもしれないが、このたび荷物運送部門を任されたザガンだ。

 この国の物流は我がテンマ運送がその中心を担っているのが現実だ。

 物流を制するものが国を制すると言っても過言ではない。

 この勢力図は今後覆ることはないだろう。

 わたしは父から受け継いだこの部門を数年以内に倍にしてみせることをここに宣言する!

 テンマ運送に富と幸あれ!」


 わぁぁぁぁぁ――。


 先ほどよりもさらに大きな歓声があがりザガンは内心笑いが止まらないほどの力を手に入れたと確信した。


(これで、あのカタブツ親父マグラーレも納得してノエルを差し出してくるだろう。

 ついにあの美しい身体が手に入る時がくるのか、楽しみだ……)


 ザガンはノエルを手に入れる想像をしてニヤついた。


   *   *   *


「――この服似合ってるかな?」


 洋服店で服を選びながらノエルがいろいろな服を持ってきては清楚系の洋服から少し大人びた服まで何着も試着をした。


「どの服もとても似合ってますけどノエルさんのイメージだとこの服なんかが良いかと思いますよ」


「本当ですか?

 なら、それに決めますね」


 僕に選んでもらったのがよほど嬉しかったらしく購入した服を大事そうに抱きしめながら最高の笑顔を見せてくれた。


 その後も僕とノエルはゆっくりといろいろなお店をまわり、結局いつもの酔だくれで食事をとり帰路についた。


「今日は本当に楽しかったです。

 あと1ヶ月でこの企画が動き出しますけど成功しますよね?」


 ノエルは少し不安気な表情をして僕にたずねる。


「もちろん。

 僕だけじゃあ無理だけど仲間がいるから大丈夫ですよ。

 きっと成功します」


 言い切る僕に微笑んだ彼女は少し頬を赤らめながら言葉を選んでいく。


「今回の企画がうまく行けばお父様も正式にミナトさんの事を認めると言ってました。

 そのこと自体は凄く嬉しいのですが企画が成功したら責任者としてミナトさんは王都へ行かなければならないのでは無いですか?

 私はこの町にお店があるので出来ればあなたに残って欲しい、それが無理ならば私も王都へ行きたいです」


「その心配なら大丈夫ですよ。

 この企画のアイデアと人材の教育はギルドからの依頼との形で受けたもので僕が総責任者となることはありませんよ。

 そもそも僕はギルドの職員ではありませんし、今回の企画に絶対不可欠なゴーレム伝書鳩はギルドの持ち物ですからね。

 僕は影からのサポートで十分なんです。

 あまり目立ちたくもないですしね」


 僕は笑いながら彼女にそう答えるとノエルは「あなたって欲のない人なのね」と少し呆れた表情をした。


「僕はあなたが側に居てくれたらそれで良いんですよ」


 僕が少し照れながらそう言うと「わたしもミナトさんの側に居たいです」と同じく照れた表情で返してくれた。


「――よし!

 まずはこの企画を必ず成功させよう」


 彼女の気持ちを受けた僕は『パン』と両頬を叩いて気合をいれた。



 ――そして運命の一日は静かにおとずれた。

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