第43話【赤眼の猛獣レッドボア】

 アルフィードが馬車を操って止めた場所は反り立つ岩陰の広場だった。


「ここは霧の滝の霧が溜まらない唯一の場所なんです。

 この岩壁が風の通り道になっていて霧が留まりにくい地形なんだと言われているので旅人の野営ポイントのひとつになっています」


 アルフィードがノエルにそう説明するとヤードに護衛の依頼を出して書類の記入を始めた。


「いよいよ明日には王都に到着するんだね。

 初めての街とノエルのお父さんに会うのはやっぱり緊張するもんだね」


 僕はノエルにそんな事を話していると外からの声が慌ただしくなるのが聞こえてきた。


「どうかしましたか?」


 ヤード達の声に僕はノエルを馬車の中に残し周りの様子を確認しながら一番近くにいた護衛のミリーに声をかけた。


「風向きがいつもと違うのが気になるからヤードとグラムが見回りをしてるの。

 前にも同様の事があった時はボアの変異種『レッドボア』が出てきて大変だったの。

 その時はたまたまもう一組の商隊が近くで野営してたからその護衛達と協力してなんとか手傷を負わせて撃退したんだけどこっちも怪我をしたり馬車の荷物が破損したりとあまりいい思い出にはならなかったのよ」


「レッドボアですか……。

 相当強いんでしょうね」


「そうね。

 出来れば二度と会いたくない獣の筆頭になるかしらね。

 でも、そうそう居るものではないから大丈夫だと思いますよ」


 ミリーがそう言って僕を安心させようとした時、吹いていた風がいつの間にか止まり次第に霧が立ち込める。


 その霧の奥から何かの合図であろう笛の音が高らかに響き渡った。


「この笛の音は!?」


 音を聞いた僕がミリーに問いかけながら彼女を見ると先ほどまでの余裕など何処かに消し飛んだように真っ青な顔色で叫んだ。


「どうしてまたアイツが出てくるのよ!!」


 その一言で今の状況がとんでもなくヤバイ状態なのが感じとれた。


「ミナトさん。

 いったい何があったのですか?」


 馬車で待機をしていたノエルもただ事ではない雰囲気にそっと馬車の窓から顔を出して僕に問いかける。


「まだはっきりしてませんが、ボアの変異種が現れた可能性があるみたいなんです。

 危険ですので馬車からは出ないようにしてください」


 僕はそうノエルに告げるとアルフィードの休んでいるテントへと向かった。


「ここは危険だ!

 今は護衛の皆さんに任せるのが最良だから怪我をしないうちに馬車へ戻りなさい!」


 アルフィードは既にテントから起きてきており、辺りを確認していたが僕に気がついてすぐに馬車へと戻るように促した。


「グラム!

 探知魔法は正常に使えるか?」


 その時、突如霧の中から現れたヤードがすぐ後ろをついてくるグラムに向かって叫ぶ。


「何度か試してみてるが霧のせいで正確な位置がわからない!

 ただ、奴がいるのだけは間違いない!」


「クソッ!

 なんだってこんな時に出てきやがるんだ!?」


 王都で上位ランクに位置している彼らにしてもかなりの脅威である猛獣レッドボアは通常のボアよりも一回り大きく真っ赤な眼をしているのが特徴で運悪く出会ってしまえば被害は免れない、最悪その場に居合わせた者の命がないと言われていると僕は後で知ることになる。


「岩壁を背にして襲ってくる方向を限定するんだ!

 メトルは攻撃魔法の準備、ミリーは万が一のために治癒魔法の準備を!

 グラムは荷台の上からいつでも矢を放てるように!

 俺は奴が視界に入り次第スキルを使って奴の眼を潰しに走る!」


 焦りのある状態からも素早く的確な指示を出してパーティーをまとめ上げるヤードは僕が視界に入るとすぐに「危ないから馬車へ戻るんだ!」と叫んだ。


『風が吹けば霧がはれる』そんな淡い期待をにじませながら銀の剣のメンバーはジッと前を見据える。


「来たぞ! 右斜め前方だ!」


 索敵魔法を展開していたグラムがそう叫ぶとほぼ同時に黒い塊が霧の中から飛び出してきた。


「ファイアランス!!」


 即座に反応したのは魔法を準備していたメトルだった。


『ドッ! ドッ! ドッ!』


 炎の槍と化した魔法は黒い影に直撃するもその突進を止めるには至らない。


「野郎! これでもくらえ!」


 メトルに遅れること数秒、グラムも渾身の力を込めた矢を放ち赤眼の黒い悪魔へと突き進む。


「グモォオオオッ!」


 その矢が的確にレッドボアの右眼に突き刺さると痛みと怒りでレッドボアが雄叫おたけびをあげた。


「ヤバイぞ!

 コイツの突進はこのくらいじゃあ止まらねぇ!!」


 次の矢をあてがう間も与えてもらえないグラムが悲痛の叫びをあげた。


「――開放オープン!」


 怒り狂ったレッドボアが馬車の前にいる者もろとも跳ね飛ばそうと一直線に突っ込んできたところへ僕があるもののカード化を解いた。


「ゴスッ!! メキメキッ!!」


 突進して来ていたレッドボアの目の前に突然大きな巨木が2本も現れ視界と導線を遮り、急に止まれないレッドボアはその巨木へとぶつかりその突進を止めた。


「今がチャンスだ!

 くらえ!!」


 巨木に自分から突進していった形になったレッドボアは脳震盪のうしんとうをおこしたらしくその場から動くことが出来なかった。


 それを見たヤードが切り札となる新たなスキルを発動。


「剣技:重圧斬剣!」


「ゴワシャッ!!」


 ヤードがスキルを発動させると彼の持つ肉厚の剣が赤淡くひかりだし振り下ろすとその残光が残ったままレッドボアの頭の骨を見事に砕いた。


「グモォオオオッ!!」


 その一撃で赤眼の黒い悪魔と呼ばれたレッドボアは完全に沈黙した。


「うおおおおっ!!

 やったぞ!」


 ヤードは荒い息を整える間もなく勝利の雄叫びをあげる。


「お疲れ様でした。

 さすが王都での上級冒険者パーティーですね。

 戦いを見ていてこんなにも気持ちが高揚したのは初めてですよ」


 以前普通のボアと遭遇した時に見た戦いとは比べ物にならないくらいの強敵だったが終わってみればメンバーの誰も怪我をしないで倒すという完勝だった。


「ああ、ありがとう。

 あんたの機転で拾った勝利だがコイツに遭遇して全員無事なんて奇跡としか言いようがねぇ。

 正直言って本当に助かったよ」


 荒かった息がようやくおさまった頃にヤードが僕の前に来てお礼を言いながら握手を求めた。


「いえいえ、倒したのは全て銀の剣パーティーのメンバーですよ。

 僕のしたことなんて、たまたまカード化していた巨木を向かってくる奴の邪魔ができればと出しただけなんですから」


 そう言いながらレッドボアが突っ込んだ巨木を見ると2本のうち1本は幹が砕けてほとんどが折れていた。


 改めてそれをみるとその突進力は人などが止められるものではないと物語っていた。

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