第9話【ボアとの戦闘と驚きの収納容量】

「――兄がすみません。

 ああなると突っ走ってしまうのが悪い癖なんです」


 ダランが獲物を探して走って行ったのを見ながら僕の側で護衛をしてくれているサーラが謝る。


「いや、それは構わないけどサーラさんも気苦労が絶えないようですね」


「そうですけど、そんな兄に助けられているのも事実ですから、せめて怪我の無いようにと願ってます」


 サーラはそう言うと優しく微笑んだ。


   *   *   *


 ミナトから許可を得たダランは音と感を頼りに走った。


 ――ガサガサ。


 さっきよりも音がはっきりと聞こえてきた所で足を止める。


「いたっ! しかも2頭も……つがいか?」


 ダランは木のかげに隠れた状態で作戦を考える。


(一人で2頭の相手は厳しいが、せっかくの機会だ必ず倒してやるさ)


 ダランは腰のショートソードを抜いて左手に持ち、側にあったこぶし大の石をひらうとボアの片割れめがけて投石をする。


 ――ゴスッ。


 鈍い音が響き片割れの頭に直撃するなかなかのコントロールだとニヤリとするダランに石をぶつけられたボアが怒り突進をしてきた。


「予想どおりの突進、ありがとよ!」


 ダランは笑みを浮かべたまま突進してきたボアに向ってスキルを発動する。


「剣技:豪腕剣」


 ダランがスキルを発動した瞬間、ダランの二の腕がもりっと膨れ上がり一時的な豪腕状態となる。


「まず一頭!」


 ダランはボアの突進を正面からショートソードで叩き伏せた。


「ブモッ!?」


 ショートソードで斬られたというより殴られた感じになったボアは頭蓋骨を陥没させたままダランの横をすり抜けて木に激突し、そのままピクピクと痙攣けいれんをおこして倒れ込む。


「ブモォォォッ!!」


 ダランを仕留めそこねたばかりか逆に殺られた事を知ったつがいのボアが興奮して下木をなぎ倒しながら先程のボアより強烈な勢いで突進してきた。


かわすか、迎え撃つか、どちらが最適だ?

 この位置だと剣は振り抜けないしスキルは使ったばかりで連発はできねぇ)


 ――ダランはほんの数秒考えてかわす事を選択した。


 ダランが身体を捻って横っ飛びに体を丸めて転がりながら突進をかわす。


「奴の突進力は侮れないから止まったところを狙うのが定石だが今は止める手段がない。

 仕方ない、多少怪我するかもしれないが次の突進をかわした瞬間に一撃をいれてやる!」


 その場に起き上がったダランは剣を構えてボアの突進に備えタイミングをはかる。


「ブモォォォッ!!」


 ボアが前足で地面を蹴り上げながら加速してダランに突っ込む。


「ここだぁ!」


 絶妙のタイミングで突進をかわすと剣を横薙ぎに突き出した。


「よしっ! やったか!?」


 勝利を確信したダランだったがボアは最後の抵抗で斬られたダランに向って身体を回転させながら噛みつこうとする。


 それをダランは咄嗟にかわそうとしたが剣がボアの身体に食い込んでいたためにボアの体重に押されて倒れ込んでしまった。


「しまっ!」


 ダランにボアの牙が襲いかかる瞬間、ボアの後ろから魔法の詠唱が響いた。


「アイスニードル!」


 ボアの攻撃に思わず目を瞑ったダランにボアの牙は届かず、ボアの身体がビクッと跳ねたところでドサリと倒れ絶命した。


「助かった……のか?」


 ダランは一瞬なにが起きたか理解出来なかったが側に倒れ込むボアの頭に氷の矢が刺さっていた事により全てを理解した。


「――本当にすまなかった!」


 怒り心頭のサーラは土下座をするダランの前で仁王立ちをしたまま説教をしていた。


「本当にお兄ちゃんたら獲物をみると見境なしに突っ込むんだから!

 確かにスキルの使い方はうまくなったけど今回みたいに複数の標的がいたらサポートが居ないとうまく立ち回れなくなって怪我じゃすまなくなるからね!」


 ――ダランの危機を救ったのは妹のサーラだった。あの後、僕達は周りに注意しながらダランの後を追いかけていたのだ。


「だから本当にすまなかったって!」


 何度も謝るダランにサーラはついにため息をついて折れた。


「もういいわ。

 でも本当に気をつけてね。

 お兄ちゃんまで居なくなったら私……」


 言葉も途切れ途切れに涙目を浮かべるサーラにダランは慌てて約束をする。


「わ、わかった。もうしない!

 ひとりでは突っ走ったりしないから落ち着いてくれ!」


 ダランの言葉にサーラは涙を拭って「約束やぶったら許さないわよ」と笑顔をみせた。


(なんだかんだで仲の良い兄妹だな)


 ふたりのやり取りを微笑ましく眺めながら僕がダランに提案した。


「その獲物カード化して運びましょうか?」


 ――そうなのだ。


 普通の冒険者は獲物を狩ったら持ち帰らなければ換金出来ないので運ぶしかないのだが大物ほど運ぶ手段が限られてくるので大抵は運ぶ人を雇って連れてくるか近場まで馬車を待機させておくのが定石で、今回のようなイレギュラーの場合は運べなければその場で解体して価値のある部位のみ持ち帰るしかないのである。


「出来るのか!?

 このサイズの獲物が!」


 どうみても体長1メートル以上はあるボアであったため、カード収納スキルでは無理だと言われても納得するしかない状態を「やりましょうか?」の一言ですませた僕にダランが驚きの声をあげた。


「まあ、出来ると思いますよ」


 僕はそう言うと倒れているボアに手を触れて「カード収納ストレージ」と唱えた。


 すると僕の手のひらからボアの体全体が淡く光ると次の瞬間には一枚のカードとなっていた。


【ボアのカード:雄】


「あ、やっぱり大丈夫でしたね。

 もう一頭もやってしまいましょう」


 僕はそう言うと向こうに倒れて絶命していたもう一頭もカード化した。


【ボアのカード:雌】


「さ、これで楽に持ち帰れますけど、少し疲れたので一息ついてから帰りましょうか」


 目の前で起こった今までの常識を覆す事案にふたりは口を開けてあ然とするしかなかった。


   *   *   *


「あー、やっと町に着いた。

 午後のあまり遅くない時間に出発したのに結局夕方になってしまいましたね。

 とりあえずギルドに行って完了報告と素材の引取り、あとはボアの買い取りをして貰わないといけないですね」


 そう言いながら僕達は斡旋ギルドへ向った。


 ――からんからん。


 ギルドのドアを開けるといつもの音が聞こえる、聞き慣れるとなんとなく安心する音に聞こえるから不思議だ。


「あら、ミナトさんおかえりなさい。

 もしかしてもう採取依頼を達成されたのですか?」


 僕達の姿をみたサーシャが声をかけてくる。


「まあ、一応数は足りてると思うけど他にも相談したい事があるので個室で良いですか?」


「個室ですか?

 もしかしてギルマスへの報告が必要だったりします?」


 サーシャの言葉に僕は首を振って「いえ、サーシャさんで大丈夫です」と答えた。

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