第9話 龍騎士ライトニング

「ドラゴン」

 ザッファーラがはるか中空をにらみ、静かに口にした。

 しゃべった事より、その内容に驚いた。

 ダンはザッファーラの視線を追った。

 はるか遠くで炎が天から落ち、地表を走り、そして消えた。

 視線の彼方は朝焼けに戻った。

「冗談だろう」

 地を揺るがしながら、一度は退けたコボルト達が引き際の2倍の遠度で突っ込んでくる。

 どの顔も表情などなく、砦の壁に頭突きでもする気の物もいるようだ。

 彼等は正常な判断の下にいない、誰かの指揮の下にもいない。

 何かに怯えていた。

「猪」

 皇女に向かって叫んだ。

「クレンクイン・クロスボウはないのかー」

 大型のクロス・ボウであり、城に装備してあるバリスタに車輪を付けて、馬に引かせたり、手で押したりできる。

 命中精度は悪いが、的がドラゴンのように大きければどこかに当たる。

「ない」

 皇女から即答が帰ってくる。

「まともにやれば、全減するぞ」

 ダンが口にした。

 皇女は全てを理解した、

 今は敵も組織的に動いてない。

 全貴で逃げれば逃げ切れる。

「教会には帝国を信じて老人と子供が残っている、助けたい」

「彼等は帝国を信じてはいない、ただ捨てられただけだ。

 君は逃げろ、オレが踏みとどまる」

「駄目だ、ダン。

 お前はきっと見殺しにする」

 皇女ははっきりと口にした。

「子供だけは助けよう」

 ダンが皇女の意見を否定しなかった。

 シスターレイナが体を硬直させた。

「私は残ります」

 まだ少女と表現していいシスターが力強く宣言した。

「駄目だ、シスターはまだ若い。

 オレが殴って、気絶させて、馬に乗せる」

 ダンが決めた。

 体力的にいってシスターがこの命令に逆らえるはずがない。

「命の価値を決めるな」

「観念的すぎるぞ、辛い仕事を放棄するな。

 人の上に立つものは時に冷酷にならねばならない。

 平気な顔をしろとは言わないが、

 その老人達に百人以上の騎士達が命を懸けねばならないのか」

 皇女の叫びに、ダンが諭すように語りかける。

「皇女のために死す。

 それで納得できないか…。

 それだけでは勇者の死に納得はできないか」

 皇女がもがき苦しむような顔をして聞いてくる。

「一命に変えても」

 騎士達が立ち上がった。

 皇女の押し掛け騎土アンリも死を覚悟した。

「ダン、お前はどうなのだ」

 皇女がダンを見た。

 ザッファーラもダンを見た。

「姫は教会にいって下さい。

 他の者は屋根のある家に散開して隠れろ、固まれば地面を広がるドラゴンの炎の息にすぐに全滅させられる。

 散開すれば直撃を免れたものは生き残るだろう」

「騎士には名誉があります。

 全員が逃げるわけには、炎の息には限りがあります。

 誰かが盾になれば」

 姫に付き漆っていた老騎士が口にした。

「私が残る」

 ダンが笑った

「え」

 この場にいた全員がキョガクした。

「私が城壁に残る」

「ダン」

 皇女が叫んだ。

「私が一番堅い鎧を着ている」

 ダンはそれだけ口にした。

「そういう問題ではない、指揮官は最後まで必要なんだ」

「あなたは教会に行きなさい、王を取られれば戦争は負けです」

「お前は、帝国から正式の」

「だから、あなたは」

 ダンが怒鳴ろうとした、だが止めた。

「男には命を懸けて戦わねばならない時がある」

 一つ大きく息を吸うと静かに語り出した。

「ダン」

「攻めは求心、守りは離心。逃げは壊減。

 昔から上手に敵を引きつけて戦う事は難しいのです。

 こういう事は皇女の方が詳しいのか」

 ダンは軍事教練のマニュアルを口にしてゆっくりと城壁に歩き出した。

 ザッファーラが笑ってついている。

「てめえだけ格好つけるな」

 アンリがダンの前におどりでた。引き止めようとした。

「アンリ。

 今から一匹のドラゴンの相手をする。

 誰がどこを切り付けるか話を詰めておけ、もてるだけの戦術をつかわねばならん」

 右手でダンはアンリに道を譲らせた。

「ダン、てめえはどこを切る」

 アンリの背中に叫ぶ。

「オレは囮だ。逃げまくるさ」

 振り向いた顔が笑っていた、片目をつぶった。

「『逃げのダン』か。囮は最後まで黒コゲになるなよ」

 アンリの声にダンは拳をグッと天に突き上げた。

「皇女、あの男は神に愛されています」

 老騎士の言葉に皇女は初めて涙を零した。

 つらいから苦しいからではない、ダンに死に場所を与えたのかもしれない。

 そう思うと胸が苦しくなった。

 横でシスターが静かに祈った。

「それにしてもちんけな城壁だな」

 ダンは城壁までつくと手近な石に片足を預けて、迫りくるコバロスの大群を前にカッコつけた。

 ザッファーラは何も語らなかった。

「ジーク・カイザー(皇帝陛下万歳) 

 エターナル・エンパイヤ(帯国よ永遠なれ)、

 サノバ・レス・ドミナ(神よ、救い賜え)」

 剣を抜き、帝国の騎士なら誰でも唱える聖句を口にした。

「オレの女神。剣に祝福のキスを」

 ダンはそのまま愛用の剣をザッファーラに突き出した。

 彼女は一度幅の広い剣を触れるか触れないかで優しく撫でた後、剣の腹にキスした。

「祝福を」

 無表情のザッファーラは何時か見た彫刻の女神のように繍麗だった。

 長い時を必要としない。

 すぐにドラゴン巨大な体躯をはっきりと現した。

 息を吐くとき、歯の隙間からチロチロとした炎が現れ、顔全体がはっきりとする。

 背に人影がある、それが誰かは判らない。

 それを認めた時にはドラゴンはダンの下へ急降下した。

 燃えながら吐き出される炎の毒。

 空気中に触れると自動的に発火すると科学的な説明がついていながらも、やはり魔法的な存在で霊体でも、魔法の剣のように傷つける。

 直線となって炎が伸びる。

 ザッファーラは一際長い細身の剣を出すと、向かってくる炎に突き刺した。

 炎は彼女を避けるように二つに割れた。

「A-HAHAHAHA」

 ザッファーラの狂った笑いが響いた。

 翼から魔法的な力で地面に対して斥カが発生し、複雑な風力の波になって襲ってくる。

 ダンは大型の盾を構えてザッファーラの身を守った。

 風はザッファーラを襲わない、視線だけで左右に割れる。

 庇おうとしたダンの目が思わず点になった。『何がおこっているんだ』思わず薙払われる嵐を見た。

 頭から尾までが40M、地面に立てば首は20Mの所にくる。

 ちょうどビルの4階ぐらいに位置する。

 コウモリのような黒い翼は端から端まで30Mはあった。

 そんなドラゴンが擦れ違うとき、よそ見したダンを後ろ足でひっかけた。

 体重差はどうすることもできず、塀の上から弾き飛ばされて家に落下した。

 屋根を破壊して、さらに室内へと落下していく。

「ダン」

 町の至る所に隠れている人間が心の中で悲鳴をあげた。

「アホウが」

 弓に矢をつがえながら、アンリが飛び出した。

 ダンが落ちていった家屋に走る。

 ザッファーラは狂ったように笑い、腐臭を放つ緑色の剣を取り出した。

 ドラゴンとすれ違い、足の指をはねた。落ちた夫の事を振り向きもしない。

「ギピエー」

 切れた指から血を吹き出す、ドラゴンが悲鳴を上げた。

「貴様、何者だ」

 暗黒の仮面の奥から男の声が響いた。

「A-HAHAHAHAHAHAHA。

 A-HAHAHAHAHAHAHA」

 会話が成立しない、ザッファーラの狂った笑い声が響いた。

「竜の鱗を腐らせて造った、ドラゴンスレイヤーがなぜこの時代に存在する。

 それは失われた神の技術。

 答えろ、貴様は何者だ」

 ドラゴンは滑空するのをやめ、ザッファーラの10M手前で浮遊していた。

「A―HAHAHAHAHAHAHA」

 ザッファーラは笑うだけ。

「翼だ、翼を傷つけろ」

 走りながら器用に矢を放つアンリが叫ぶと、空中に停止したドラゴンを伏せていた帝国兵が一斉に矢をいかけだした。

 それはドラゴンの鱗をこえてダメージを与えることはなかった。

「あれは誰なんだ」

 血塗られた大鎌を手に皇女は、一緒に隠れている老騎士に聞いた。

「ライトニング・ドラゴン・ロード。

 いろいろとアカデミーに調べさせて見たのですが、混沌の軍団カオス・レギオンに所属している以外は正体がつかめません。

 アカデミーの魔法使いが何度か倒しているのですが、彼は倒す事ができるのですが。

 とても人間の軍団に倒せるとは思えません」

「よみがえるのか」

「同一人物とは限りませんが、彼はもう6度は死んでいる」

 ライトニングと呼ばれる暗黒仮面の男が竜の背に仕掛けられた、5M程のランスを取り出してザッファーラの喉元に構え直した。

「死ねよ」

 僅かな命令一下ドラゴンはザッファーラの手前で5M程してから降下する、ランスが正確に彼女の顔を射ぬいた。

「何」

 ザッファーラは槍の先を口にくわえドラゴンの落下を受け止めた。

 人馬一体のはずがライトニングと呼ばれる男がドラゴンから浮き上がった。

 ドラゴンは正確に何がおこっているか理解できているようで、ドラゴンスレイヤーを手にしているザッファーラとの接触を避ける。

 城壁に足をかけて壁を蹴り、ザッファーラと距離を取ってさらに下へ、ダンも落ちた家屋の近くに落下した。

「なんだ、アレは」

 ダンの無事を確認するために走り込んだアンリの目の前にドラゴンが落ちてきた。

 城壁を見上げればザッファーラがランスの先を口にくわえて、黒い鎧の男が落ちてこないようにバランスをとっている。

 ダンの怪力にも度肝を抜かれるときがあったが、どこかレベルが違う。

 ダンがはっきりと剣技はザッファーラに学んだと口にしていたが……。

 この女、人開じゃねえ。

「アンリ」

 ダンは自分が破壊した廃屋から立ち上がった、鎖を引きずりながら現れた。

「やっぱり無事だったのね」

 しかもほとんど無傷で。

「トカゲはどこだー」

 アンリは黙って後ろを指差した。

 ダンが後ろを見たとき、体高20Mのドラゴンが二人を見下ろしていた。

「トカゲといって気を悪くしたか」

 ダンがアンリに聞いたとき、すぐ側にいるドラゴンは主人を見上げた。

「上の方が気になるみたいだぞ」

 ダンを巻き込んではならないと帝国兵の矢の雨が止まる。

「ギヤオースー」

 ダンとアンリが思わず耳を押さえたほどでかかった。

 明らかに洗濯物の様にブラブラとしている主人に下から工―ルを送った。

「アア、アア、聞こえる」

「聞こえている」

 ダンがアンリに耳を押さえながら聞いた。

 今のように機関銃が飛び交うわけではないから、昔の戦争はノンビリしているところもあった。

 ザッファーラが口にしたランスが青白く輝いた。

 暗くなりかけた空が輝き、明滅するほどの電撃が直接彼女に叩き込まれる。

「う~ん」

 さすがのザッファーラも白目をむいて倒れた。

 全身から煙がだしている。

 ライトニングは落下するがドラゴンがそれを受け止める。

「うおおりゃあああ」

 ダンがドラゴンの前足に鎖をひっかけた。

 ドラゴンは始めてダンを見た。

「散歩の時間は終りだぜ」

 ダンが鎖を持ってニヤリと笑った。

 ドラゴンは少し考えた、今口の中には落ちてきた主人をくわえている。

 あまり手荒な事はできない。

「お前どうにかなるとか言ってなかったか」

 アンリが剣を抜きながら聞いてきた。

「予定ではそうだったんだけどねー」

 鎖を引っ張った。

 口の中の男がドラゴンにしがみついた。

 炎を吐く□が自由になりだした、意地悪そうにダンを見下ろしたとき笑い声がこだました。

「A-HAHAHAHAHAHA.」

 傷つきながら狂った笑いをあげたザッファーラが城壁の上に立ちドラゴンを見下ろした。

 剣は握ってない。

 傷ついた両手を見ながら、痛みが気持ちいいかのように誤解を産む澄んだ笑顔だった。

 ドラゴンもザッファーラを気味の悪い生き物を見るように見た。

「ザッファーラ、翼を落とせ.」

 ダンが叫んだ。

 鎖はドラゴンの動きに障害になっているようでダンの鎖を様子見ながら引いてくる。

 ダンが引き始めるとそのカにドラゴンが驚いていた。

「ガオー」

 うなり声と共にダンを地上から引き抜くと……。

 バッタン、ベッタン、ギッタン、ドッタン。

 鎖につながれたミニチュアのようにダンは8の字に振り回すと壁に叩きつけ、地面にぶちのめし、家を壊した。

 ダンは筋肉を締めて受け身をとった。

 ドラゴンは作業をやめてチラリと様子を見た。

「根牲―」

 ムクリと起き上がると、何事もなかったかのごとく鎖を引いた。

「今だー、ダンを殺すな」

 皇女が叫び、全軍がドラゴンを囲むために廃屋から飛び出した。

 老騎土の制止を振り切り、血塗られた大鎌を持って自ら先頭でやってくる。

「死ねー、トカゲー」

 二十人ほどのシン・オブ・オーダーのメンバーが剣を抜きながらアンリの所に駆け付けてきた。

 銃のない時代だから一流の戦士の剣は弓よりも殺傷力がある。

 人数も増えた。

 アンリの心の中で勇気がわいた。

「黒焼きにしてやる」

 アンリが口にしたのは、当時好事家の間で好まれた「イモリの黒焼き」の事である。

 自然科学が導入され、生物学的種類分けが行われると「ドラゴン」と「トカゲ」は大部違う生き物であると分析されたが、聖書の中では蛇の親戚に分類されていた。

 ペチン。

 やってくるアンリ達をシッポで無造作に左右にプルプルとした。

「うわー」

 吹き飛ばされ、空中を舞い、地面にたたき飛ばされる。

「強い、強すぎる」

 鎧は魔法的で衝撃を和らげる働きがあるにしても、それでも全身にダメージが残る。

 クロも主人であるダンを助けるために口を開けて飛び込むが、ドラゴンはヒョイとかわしてムギュと踏んづけた。

 クロが踏ん張ると分かるや、尻尾を立てて、両手を広げ、踏んでないほうの足をあげてY字バランスをとった。

 さすがにドラゴンの重量でこの攻撃には耐えきれず、クロは崩れ落ちて、舌を出して苦しがった。

「アレは皇女」

 大きな血塗られた大鎌を持って襲い来る皇女をライトニングは見つけた。

「ここは任せた。私は皇女を捕まえる」

 ドラゴンはシッポの先をライトニングの側に持ってくる。

 ライトニングがソレをつかむと皇女の所に放り投げた。

 何度かムーンサルトを行い急降下、両手を広げガニ股の状態で皇女の近くに着地する。

 プワッと土煙が巻き起こる。

「見つけたぞ、皇女ロスマリン・アレクシオン」

 暗黒の鎧の下で冷酷そうに笑った。

「お前はライトニング。ドラゴン・ロード」

 皇女もびっくりした、ダンにかなり近い人種だ。

「姫、お下がりください」

 老騎士が前に出たとき、ライトニングは剣を抜いて切り下ろした。

 老騎士が剣でそれを受けたとき、ライトニングの剣が再び明滅した。

 接触があり直接の放電、老騎士はそのまま倒れた。

「ブライアン」

 皇女が名前を呼んですがりつく、隣にいた騎士が切りかかるが、ライトニングが十文字で剣を受けたときさらに明滅がおき、電撃をくらって心臓停止がおき絶命する。

 適切な心臓マッサージを行えば助かるのかもしれない。

「姫、我々がしますから、ダンの所へ」

 近付いてくる騎士が一人いたが、ライトニングによって切り殺された

 姫が老騎士を抱いて下がる。

 援護するように騎士が飛び来んでくるが、剣技だけで次々と切られてゆく。

 自然と剣を構え姫との間の壁になる。

「ギヤー」

 ドラゴンの悲鳴が起きた。

 意識を取り戻したザッファーラが飛び下りて翼を切り落とした。

 真紅の流血よるシャワーを浴びて、飛び下りたザッファーラは頭を押さえながら立っている。

 うつろにダンを捜している。

「-・――・-」

 ザッファーラはダンの高速で話かけてきた、明らかにダン達が使っている言語の高速化ではなく、かなり高いオクターブを使用していたが可聴域だった。

「馬鹿な、あの女、デミゴッド(半神半人)なのか」

 ライトニングが驚いた。

 ザッファーラが使用した言語は空気中を伝わるとき、普通に発生する音よりは小さくならずに遠くまで伝達できていた。

「ザッファーラ、お前、頭がはっきりしていないのか」

 ダンが声をかけるとザッファーラはダンに口を向けた。

「そうか、それならば、あの電撃で生きられるはずだ」

 ライトニングはザッファーラから皇女に目を向けた。

 激痛と憎しみに彩られた瞳でドラゴンはザッファーラを捜した。

 捜し出した。

 大きく息を吸い、炎の息を浴びせる。

 意識のないザッファーラは何かにプログラムされているかのように動き出した。

 足場ができたかのように炎の息をかけ上がった。

 炎は彼女に踏まれた場所は柔らかい粘土のように変形した。

 走りながら彼女は自分を取り戻した。

 ザッファーラがドラゴンの鱗を腐らせて作ったドラゴンスレイヤーをどこかにしまい、自分の身長の3倍近い剣を取り出すと。

 左耳から突き刺して脳を通して右耳まで貫通させてから、ダンの側に飛び下りた。

「ギヤビー」

 ドラゴンの断末魔。ライトニングが6人の騎士を切り伏せてから振り向いた。

 崩れ落ちるドラゴンを呆然と毘送るしかなかった。

「ROROROR0-N」

 ザッファーラの女叫びが聞こえる。

「コバコバー」

 コバロス達が再度退却を開始した。

 ライトニングは心臓マッサージを行う皇女の首に剣をあてた。

「人質になっていただきます」

 だからといって皇女は何もいわず、自分ができることをした。

 貴重な人質を殺すはずがないとタカを括っていた。

 現実ライトニングはドラゴンが死にどうやって運搬するか迷っていた。

 コバロス達は我先に逃げ出している。

 迷う瞬間、皇女と剣の間にドラゴンの返り血にまみれたザッファーラがあらわれた。

 音もさせずに風のような速度で走ってきた。

 皇女の背中にとりついてそのまま跳躍した。

 ライトニングができたのは剣を横に払うことだけだった。

 はるか後方とはいかないまでも距離が稼げた。

 ザッファーラと皇女は地面に転がるはめになる。

 姫は老騎士の手をつかんでいた。

 ザッファーラは鎧を着けた二人を抱えて飛ばねぱならなかった。

「あいたたたたた」

 皇女は尻をしたたかにうって、苦痛に顔をゆがめる。

 自分の上にいるザッファーラに一言文句でも言おうとしたとき、ザッファーラの片足がはね飛ばされたのに気付いた。

 見れば中間地点にザッファーラの足首が転がっている。

「しっかり、ザッファーラ」

 止血せねば行動を起こしたときに動けなくなった。

 ザッファーラの足は既に出血をしておらず。

 あまつさえ切り落とされた足首の周辺の血の凝血は終わっていた。

 ザッファーラが片足で立ち上がった。

「ザッファーラ、あなた……」

『私を守ってくれるの……』それ以上言葉が出なかった。

「ダンー」

 姫は叫びダンを探した。

 ダンはトカゲの尻尾のように跳ね回るドラゴンの死体をアンリ達と家屋のない所に引きずっている。

 死んでもすぐに剣がとおるほど柔らかくはならない。

 アンリとどこにぶら下げて血を抜くか相談していた。

 血を抜かないと食うときに臭くて仕方がないのだが。

 姫の叫びを聞き、初めて最愛のザッファーラの危機を知った。

「ソードダンサー」

 ライトニングの声に唇の端を広げ『笑った仮面の笑い』をした。

「半月刀、ディアナの4入の娘の一人。ソードダンサー・ザッファーラなのか」

 ザッファーラは何も答えない。

「月の女神ディアナの復活にかけろ。我らの仲間ではないか」

「ディアナは死んだ。

 私の腕の中で死んだ。

 人の心の中で死んだ。

 復活ハ冒涜ナリ」

 怒鳴り声に冷酷な笑いで答えた。

「黙れ、時代に媚びるのか」

 剣を抜きザッファーサの喉元に剣先を向けた。

「認められないからといって同胞を裏切った男に説教されねばならないとは。

 長生きなどするものではないな。

 なかなか惨めなものだ。

 Ku,ku,ku,ku」

 笑っていた。

 ロスマリンの胸が苦しくなった。

 今の人間社会はあなたが普適に生きられるような環境を提供してはいない。

 それなのに秩序を守るために身を尽くしている。

 本当ならばザッファーラの取り分、権利はもっと多いはずだ。

 ダンの家で都屋を与えられて募らすという細やかなもので文句を言わずにいる。

「A-HAHAHAHA」

 笑って剣を構えるザッファーラを後ろから抱き締めた。

「ありがとう」

 なぜかそうしたかった、それは感謝の印だった。

「後は帝国の騎士に任せればいいから」

 静かに口にした。

 二人の後ろからダンが両手用の剣を肩に担いでにゅうっとあらわれた。

「オレの女が世話になったな」

 ダンが口にしたとき、ザッファーラが剣を下ろした。

 ダンは笑うザッファーラを見た。

 お前そうやっていつも笑っていたんだな。

 辛い時に笑って、悲しい時に笑って、怒る時にわらった。

 友が死んだ時に無表情で、微笑む時に無表情で、泣く時に無表情。

 心配かけたくないよな。

 優しい子だよ、だから狂った。

 狂喜のみが救いだった……、いや、慰めになった表現すべきか。

 でも、本当はなんでも知っている。

 それが真実の救済でないことも。

 お前にとって訳の分からない秩序だろう。

 神ならざるものが王になっている。

 それでもお前はオレが大事にしているものを理解し・尊重し・そして守ってくれた。

 ダンは大剣を抜き・鞘を捨てた。

「勝負だ、ライトニング」

 ダンが剣を抜き、上段に切り降ろすように構え走り込んだ。

「若者よ、名を聞こう」

 ライトニングも走る。剣を中段に構えた。

「ダン・ジョウ・ストレンツオ」

 二人は激突する。

 ダンはライトニングの剣を大剣で斜め下に払った。

 ダンの怪力はライトニングの剣にひびが割れる程の打撃を与えた。

 払うという表現は当てはまらないだろう。

 剣を体の中心に固回転させ一度肩まで上に持ってきた後、そのまま半回転させてライトニングの首をはねた。

「ヒュー」

 アンリが口笛を吹いた。

 周りの騎士達も目を大きく開いた。

 あまりにも簡単にダンが勝ったからだ。

 この男は圧倒的に強すぎると誰もが理解した。

 皇女が求めていた『武』がそこにあった。

 こうやって相手の攻撃を受け流し、その受けの動きの中から自然な攻撃をする。

 あああああ。何て緒麗な動きだ……、何て色気のある男なんだ。

 まるで舞っているようだと、皇女は心から感動した。

 全員の視線がダンに注がれる中、彼は作法に則り静かに首を包んで敵に祈りの言葉をささげた。

 ダンは立ち上がってから全員の視線に気付いた。

 驚いたように周囲を見回してライトニングの首を掲げた。

 大歓声が町を包む。

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