第6話 シャンリー三世
シャンリー三世は貫禄をつけるために蓄え始めた髭はクルクルと巻き出して、不潔でマが抜けていた、
ノーマ帝国の南部の十年は辺境伯シャンリー三世とオルトフレイム・サルディーラの戦いだった。
先に戦いをしかけたのはオルトフレイムの母だった。
『プリ・マ・ドンナ(第一の女)』と恐れられた。第三代目のサルヂィーラ王だった。
初代サルディーラ王は傭兵王とも呼ばれ、傭兵部隊の隊長から出世した。
いかに魔法があるとはいえ、この時代は最高学府を誇るノーマ帝国てすら、年間五十人の卒業生を出せないでいる。この時代は最大運搬能力を持つのは船だった。
内睦の発達は、鉄道が出来てからであり。木の車輪ではなく鉄のレールの上を走る鉄の車輪とそれを動かす動カによって、重量物質の運般が河能になってからである。(内陸部でも川沿いは交通の要所として発展していた)。
それまでは深い森の中を離れ小島のように村がポツンポツンとあるだけで、それがソフィア正教や領主と呼ばれる貴族の統治によって精神的につながっていた。
傭兵王と呼ばれた初代サルディーラ王も、戦争で功績をあげ、二十人ほどの人間がこもれる砦を軸に、近隣の村を治めるのが出発点だった。
だがこの男、当時は小人の技術だったクロスボウを自分達の技術力で解析し、手先の器用な何人かの技術者による量産下に成功した、ベルトコンベヤによる流れ作業ではないからコピー商品を作ることを意味するのだが、工場では一日に一セット制作され、最強と言われたヴァレンシアの被征服部族レゴラスの長弓隊を撃破する原動力となった。
当時のレゴラス部隊は弓以外のスポーツを禁止したほどの徹底ぶり、最前線の後方から世界で最高の飛距離のある弓で相手をかく乱してから、前線を押し上げるやり方で南部の未開地どころか、包囲殲滅作戦を主流とした帝国の正規軍まで敗北する始末。
本国のヴァレンシアが本腰を入れて帝国を襲撃してくるのではと噂がたった.
帝国は皇帝制度を導入するまで、民主主義(正確に言えば元老院、戦士や貴族による合議制だった。途中ミリディアなどの侵略に会い、終身執政官制度を通過して一人の、人間に軍隊の指揮権や政策決定の権利が集中して、各地の王国を侵略して支配下におき、皇帝(王を統べる者)が誕生した。
そのとき民主主義国家ヴァレンシアは皇帝に反旗を翻すも、戦争に負け帝国の領土を追われ、『泡立つ海』の最大の島に逃れた。
暫くは原往民との確執があったが、やがて支配するようになった。
時代がさがり原住民も戦術を持つようになった。有名な黒ずくめの衣装を着た部族王を人々はブラッキン(ブラック・キング)と言って恐れた。
本国ヴァレンシアの輸送船によって進出鬼没と言って良かった。
南部を治めていたクパー朝の王はすでに敗れ去り、生き残った騎士達は城の中でじっとして、ブラッキンの略奪を見守っていた。
ブラッキンは自分の知名度を生かして海岸線にある町を脅迫し始めた、人々は自国の王をあきらめ、傭兵オルトライヒ・サルディーラを雇い対抗した。
始めは籠城戦を行うのかと思えば、野戦で決着をつけるためうってでた。
「雇主である町の人に迷惑をかけるわけにはいかない」
泣かせる事を口にした。海岸線で迎え撃つつもりが、敵であるブラッキンも一名将である。上陸するには危険地帯を避け、別の場所から上陸した。
こうして二人は海を片側の壁と使い、陣を展開させた。
ショート・ボウ(短い弓)を溝のついた木にくくりつけて、矢を発射するバリスタという籠城兵器が発達して、個人て祷ち歩けるようにしたのがクロスボウであり、まだ普通の弓より殺傷力も、射撃回数も、飛距離も少なかった。
それに引き換えレゴラスのロングボウの射撃回数はともかく、飛距離と殺傷力では並ぶことはなく、弓自身もコンポジットポウ(合成弓)と呼ばれ、複数の材質を融合させて作っただけでなく、動物の腱を裏打ちしたり、革を巻いたりと工夫もされている。
クロスボウの弓の材質を鋼鉄に変えてから、滑車で巻き上げて発射する兵器ができるまでは、やはりレゴラスの飛び道具が最高だった。
しかし、前線に持たせたクロスボウは、レゴラスのような熟練した技は無くても固定的な威力を発揮する上に、ある程度の命中力と飛距離を手に入れた。
鎧の装備が戦場を転々として敗残兵や死体からはぎとったオルトライヒの軍隊の方が上で、寒冷地を戦場にしていたブラッキンの部隊は皮鎧の下に獣脂を塗っている程度だった、オルトライヒは後に「ストーン・アンド・バレット・クロスボウ」と呼ばれる、弓弦を網にして、一キロぐらいの鉄球を飛ばしたのである。
これに度肝を抜かれ、先に戦線が崩壌したのはブラッキンの方であり、オルトライヒは生け捕りにしてヴァレンシアに身の代金を欲求してボーナスを手に入れた。
町を救った英雄はクパー朝の王から内陸の領上をもらった、
もらった土地は豊かではなかったのだが、馬や牛の胸の力を利用する、馬鋤が開発され、木の切り株を掘り起こす技術が開発されたため、たくさんの農地を抱えることになり、オルトライヒは国を富ませた。
海岸線の町よりは農業が進んだ内陸国家のほうが圧倒的に人口を抱えることができ、サルディーラの基礎を築いた。
婿養子である二代目は豊かになった農業力や肢術をちらつかせながら、周辺貴族を吸収したり、戦争で隷属させたりした。森林地帯をポツンポツンと点在する国を吸収し、カルピス川流域まで支配権を伸ばした。
カルピス川の支配権をかけて、川向こうのオリアン国と戦争し、その時の精霊の呪いをうけ、長く患った後、それが原因で死亡した。
夫を失うとオルトライヒの娘のリニアはサルディーラを継いだ。
プリ・マ・ドンナ(第1の女)と言われるほど美しかった。
かつての主であり、母の出身地であり、夫への援軍を約束通りに送らない、8代まで続いた、南部の有力支配者クパー朝の命脈を断った。
その勢いのまま彼女は海岸線に向けての侵略戦争を開始した。
バイキング達が入植したノルマンヂィー(北の人間の住む所)や、カルピス川の河口付近、そしてアルトリア半島といった、経済の要所を次々と攻略した由
その統治は苛烈で残虐であり、プリ・マ・ドンナの時代『サルディーラは5人に一人しか自分の子供を残すことはできなかった』と情緒的な言葉がある。
そのプリ・マ・ドンナの攻撃性ゆえにシャンリー三世と激突した。
シャンリー三世はデビュー戦で彼女をやぶり、生け捕りにしたのだ。
シャンリー三世は帝国の士官学校を卒業したばかり、若さと血の狂気に酔ったのだろう。
19歳年上の女と6日間、同じ部屋で濃密な時を過ごした
あまりの悪行に帝国騎士の階級を剥奪されたほどである。
慌てて、プリ・マ・ドンナを帝国の首都アレクサンドリアに移送した、
帝国は4代目のオルトフレイム・サルティーラに身の代金を欲求した
「金がない」
それが返事だった、
輝かしい前半生とは遠い、プリ・マ・ドンナは余生を帝国首都アレクサンドリアで暮らした。
初めはシャンリー三世の方が評価は高かった、実兄を凌駕する名声を手に入れ、コレを大雑把な暗殺劇で葬った。怒れる父親が帝国に兵を借りて息子の復讐を望むがシャンリー三世が戦いに勝ち、父親は首都まで逃げ帰った。
そして啓蒙的君主トハルトは決断した。
「シャンリー三世に辺境伯の地位を与える」
「帝国に正義は無いのか」
そんな叫びは確かにあった、
「その通りだ」
それが皇帝の返事だった。
帝国は緩やかな停滞の時期に入っていた。
正直にいえば、皇帝の地位は王を統べる者の立場であり、首都のアレクサンドリアを中心に平和がもたらした副産物。
壊されることのない資本が爛熟を始めて、ある種のバブルというような好景気の中にあり、辺境では秩序の維持が求められた。
これ以上、兵をだして名将シャンリー三世の相手をするよりは、懐に抱き込んで南部の切り取り放題を許可したほうがいいと判断した。
「虎を野に放つのか!」
そんな意見もあったが、好景気を維持するための秩序を求める声に押されて消えていった。そんな心配はよそにサルディーラの巨人オルトフレイムが就任した。
しかし実権は姉であるアルテユーリアに握られ、大男達と戦争の訓練ばかりに明け暮れていた。
オルトフレイムが大男を好きだという情報が入ると、シャンリー三世は機嫌を取るため巨人ティターンの血を引く、タルーアンという大男の部族を紹介した。
オルトフレイムは自分の母親が捕らえられたことも忘れてコレに感激した。
早速、自国への移住を呼びかけて、シャンリー三世に感謝状を送った。
2Mはないが、体はでかかったため「ウドの大木」と陰口を叩かれた。
そんな折、サルディーラでは物流と経済の要所であるカルピス川流域及び海岸線と、食料の生産と兵士を提洪する人口拠点でもある内陸部の対立が起こった。
アルテユーリアはこの対立を回避するためクパー朝の生き残りを見つけ出して結婚してから、カルピス川の河口の町に基盤を築いた。
そんなサルディーラの争い、手を引いて見守っている男がいた。
シャンリー三世である。
外周部からサルディーラの政治を牛耳るアルテユーリアのやり方が気に入らなかったのだろう、『ウドの大木』と呼ばれるオルトフレイムを担ぎ出して、税金の使用する権利を内陸部の貴族達がアルテユーリアから奪った。
シャンリー三世が動いたのはその時だった、このクーデター劇自体、シャンリー三世が裏で画策した謀略だった、祭りあげられたオルトフレイムが侵略に怒った。
「酷い」
その言葉と共にオルトフレイムは軍を率いてシャンリー三世を迎え撃った。
シャンリー三世も帝国仕込みの用兵や装備がある、簡単に解決するつもりがオルトフレイムはコバロスなんかと比べ物にならない。
兵が良く訓練してあった、
帝国の魔法の防護力を超えて相手を殺傷するヘビークロスポウを開発していた。
もっとも平均身長2Mを超える近衛の巨人部隊しか扱っていなかった、専門の巻上げが係りを射手一人当たり5人用意して、常に号令の下発射できるようにした。
しかも矢が風を切る音が短いと評価されるほど、兵士達が同時に撃っていたのである。
シャンリーも驚いた。
敵が前線の頭越しに矢を撃つ高さを備え、十人に一人は持っている魔法の盾を使う人間から狙い出したのだ。
受け損ないを防御する人間を射殺され戦線には、普通のクロスボウが襲ってきたのである、帝国軍の戦線には歯抜けのような場所ができた。
オルトフレイムは巨人を緑の服に統一させたあげく、その兜に60センチほどの白い羽をつけさせていて。実際よりはるかに大きく威圧感がある。
帝国側の魔法の盾には使用者の魔力の隈界が忍び寄る。
飛び道具の撃ちあいならば、装備率においても矢数においてもサルディーラに一日の長があった。
帝国軍の多くの騎兵が倒されて、乱戦に持ち込めないと判断するとシャンリーは撤退した。
オルトフレイムも深追いはしなかった。
そして政治的な実権を握ったオルトフレイムは国内改革に着手する。
税金が滞納している地方を調べ上げ、夜に巨人を二百人ほど連れて取り立てにいった。
巨人達は背中に8メートル程の木を横に取り付けたランドセルを背負わせた、そこには松明が等間隔で十本ほど縦にくくられていた。
そして、さらに声質に応じて四つの合唱団に分けて号令一下。
「税金払えー」
「税金払えー」
「税金払えー」
「税金払えー」
とずらしながらコーラスさせた後、連れ歩いたピエロに「命が惜しければ、寛大な内に未滞納分を払うことだ」とヒステリックに叫ばせた。
まるで風になびく稲穂の如く周辺都市は忠誠を露にした。
困ったのはアルテユーリアである、自分が先送りしてきた難しい課題もオルトフレイムが欠々と解決していくのである。
その最たる物がジャガイモである。
新大陸から入ってきた食科であるが見た目の悪さからトマトやトウモロコシのように民衆に受け入れられなかった、ただ痩せた土地でもかなりの収穫量が認められたが家畜のエサにしかなってなかった。
そこでオルトフレイムは一計を案じた。
「ジャガイモは貴族以外食べたらダメ」
拘束力を持たないお触れ書きを発行した。
ジャガイモはその年のヒット商品になりサルディーラの人口爆発を産んだ。
彼は『ジャガイモ王』という双名を持つことになった。
「君側の奸を討つ」
王の周りの貴族を排除するという大義を掲げアルテューリアはシャンリー三世にまで呼びかけのである。
シャンリー三世とオルトフレイム、
二人はもう一度激突した。
シャンリー三世も帝国の将軍に出馬を依頼したし、魔法の遂具だけてなく魔法使いも配置して軍の基本的な防御力を上げた。
ところがオルトフレイムの方も宗教都市ソフィアーネに忠誠を誓っているグリフィン聖騎士団を味方に引き込んでいた。
宗教的な理由から飛び道具は使わないが、白魔法は使う、乗馬はする、剣をふるう、縦横無尽に暴れ回り、帝国兵一万旗の働きと賞賛された。
お互いの至強部分による戦線のかく乱を行い、戦いは乱戦へと移行、兵の強さがそのままでる個人戦の統合によって決着することになった。
名将と呼ばれる二人の戦術無き消耗戦であった。
オルトフレイムとシャンリー三世も兵士になって剣を振るったとき、お互いの姿を認めた。アクティブに反応したのはシャンリーだった。
「うおおおおおお」
血まみれになった剣を握り直して走り出した。
ガッキーン。
二人の剣が交錯する、同時に二人は相手の剣の技量を知った。
オルトフレイムの方がはるかに重い剣を、はるかに早い速度で動かしていた。
「ボアーレ(死ね)」
次の一撃はオルトフレイムだった、シャンリーは防戦した。
次の一撃も、次の二撃も……、そのまた次の一撃もオルトフレイムだった。
ダンの父グラムが部隊を率いて強引に間に入った。
オルトフレイムが誇る世界最強の近衛部隊も主人を守るために躍り込んだ。
両軍、タ方まで続けられたが決着はつかず、お互いさして離れてない位置に陣をしいて夜を過ごした。
次の早朝オルトフレイムが陣容を整えて迎え撃つ段取りをしているとき報告があった。
シャンリー三世が夜の内に逃げていた。
功績の少ない都隊に追撃をさせてみたが上手に迎撃されるだけだった。
シャンリー側の被害が0だと知り追撃をやめた。
アルテューリアとは、直接二人だけて話し合いをおこない納得していただき、オルトフレイムはすべての問題を解決し『ウドの大木』から『サルディーラの巨人』と呼ばれるようになった。
十字軍から帰ってきたシャンリーには、中立地帯を侵略したオルトフレイムと戦う気力はなく会談を申し込んだ、オルトフレイムはこれを受け入れた。
「剣を交えた君との間には友情のようなものを感じている。
両国の発展と平和共存のために緩衝地帯を元に戻すべきだ」
シャンリーが提案した。
「嫌だ」
オルトフレイムが断った。
これで二人の歴史釣な会談は終わった。
その話を聞いたダンは「おっさん、年をとったな」と口にした,
「オレも完全では無かったから、決戦を先送りしただけさ」
シャンリー三世が答えた。
「いつ、完全なんだ」
「お前がカストーナと遊んでないときさ」
ダンは意味することに気付き赤面させた、褒められることには慣れてなかった。
女を漁る所があるから、ダンはシャンリーを好きになれなかった。
でもシャンリーの方はダンを気にいっていた。
自分の子飼いだと思っているし、ダンの方も帝国内部でそうやって振る舞った。
そういう行動をとることもシャンリーを喜ばせた。
だが、水魚の交わりとはいかなかった。
そして今回、分断かつ包囲を速やかに成功させたダンを感心しながら迎え入れた。
「さすがはストレンツオの男、帝国内部でも比肩するなき働きだ」
幕下に帰ってきたダンを入り口まで迎えに行った。
「自慢になる首はない。
出来ることなら晴黒魔導師連合とか言うのも見つけたかったが、どんなに探しても見つからない、人間の血を引いてる大型のホブコパロスは見つけたが、彼等が集団の指輝をとっているようには見えなかった」
「あんまり大きな声では言えないがアカテミーの妄想を信じるな。
奴らはいろいろと消去法を行い、自分達が信じられるストーリーを組み立てているだけだ。明確な証拠を握ってはいない」
「たしかにヴァレンシアの話は不自然だな」
「実はオレ達将軍クラスが『5百年以上も前の約束のために予算を払い続けるのはおかしい』と提案した。なぜならばアカテミーの独立性を理由に魔法使いを他国へも供給している、コレらの背信行為が帝国軍の相対的な弱体化を産んだ、
独立性を口にするのなら帝国から十分の一近い予算を取るな」
しかし、帝国圏外からも人材を集めているのは事実だ、彼等は魔法による魔法的な被爆を身体に被り、子供を残せない。
予供を作ることはできても、身体に障害があったり、異形化していたり、魔人化したり、遺伝子が魔力によって傷つけられている。
故に、才能あっても成り手は少なく、人材を帝国外にも求めねばならなかった。
魔法使いは不老の魔法があるが、この魔法は細胞分裂出来なくなるため、精巣で精子が出来なくなる、自然回復もしなくなるから、不老の次に学ぶ魔法は治癒の魔法である。
女魔法使いも卵子の数は有限で40代で閉経する。
「皇帝がアカデミーの民営化にも反対だった。
アカデミーには社会正義があり、帝国の義務だと口にした。
コレもおかしな話で、それぞれの国が自分達の文化や経済力で現存する魔物とは戦うべきなのであり。
もし自分達の力で対抗できないのなら独立などあきらめて帝国の魔法力の傘の中に入るべきだ。
オレは暗黒魔導師連合の話自体おかしいとにらんでいる」
シャンリー三世が政治の話をしてきた。
「アカデミーは帝国に助力することで特別予算を手にする。太古の時代に、魔法的に創造された怪物は存在する。
それらの落とし子による事件はあり、解決しているのはアカデミーだ。
予算欲しさに話をでっち上げはしないだろう」
シャンリーの話はダンには難しく、多少トンチンカンな答えをした。
シャンリー三世は穏やかな笑みを浮かベた。
目の前で西の空が輝いた。
ただの光なのか、爆発なのか理解できなかった。
長い間ではない、花火のような一瞬の輝きだった。
そして西からの風がふいてきた。
空気が暖められて大気が膨脹して風をおこすという知識などない、
漠然とした不安が二人を襲った。
「あの光はなんだ」
シャンリーは帝国のアカデミーとは別系統の私塾あがりの魔法使いに聞いた。
彼個人が帝国とは別のルートで雇ったのだ。
「わかりません」
シャンリーが設営したテントに入った。
ダンもクラスターの隣に座った、功績をあげても新人だから、点呼の集計といった雑用も引き受けていたのだ。
酒盛りの段取りをしていたがシャンリーの一言で取りやめになった。
「皇帝陛下の方と連絡は取れないのか」
「現在確認中です」
ローブを深くかぶった魔法使いが答えた。
「何のためのアカデミーだ」
机を叩いて叫んだ。シャンリー三世がここまで激したのは珍しかった。
「陛下は無事です」
一人の男がテントの入り口から現れた、門番の者にも気付かれず。
「シャンリー辺境伯、初めてお目にかかります。
上級魔導師のデューです、以後お見知りおきを」
ゆっくりとフードを取ると上級であることを示す、金のサークレットをしてあった。
容姿は二十代後半の若者に見えたが、瞳は老人のように覇気がなかった、
数多くの姿に変えることのできる魔法使いゆえに案際の年齢は分からないが、命の持つエネルギーから、若さがあるように感じられた。
シャンリーは黙ってうなずいた。
今までの下級と呼ばれる魔法使い達と違って明らかに敬意を払っている。
「上級って、どれぐらい凄いんだj
クラスターがダンに聞いてきた。
「上級、中級、下級、見習いがある。
潜在的に、生まれつき魔力が高くないと望めないらしい。
どれくらい凄いのかはしらない、ただ尊師と呼ばれる指導を受けもつ位が、上級の上にあると聞いたことがある」
周囲でもざわめきがおこっている。
将や騎土や貴族が呼ばれていたのだ。
彼等も上級と名乗る者を戦場で見るのは姶めてなのだろう。
正月に皇帝の後ろで控えているのを見たことがある,
「あの光はなんだ、被害は」
「コバロス側の攻撃魔法です、騎馬兵が千人以上行方不明になりました。
被害はまだふえる可能性があります、
調査の結果、魔法陣の上を通過すると爆発する仕組みになっています。
どうか無闇に戦線を広げることなきようお願いします」
一人の騎士が立ち上がった。
年はダンより三つ程上で、シャンリー三世の直属の一部下で領地を持たない、近所のワルガキが親の反対を押し切って冒険者になり、傭兵なり、気の合う仲間を集め『罪深い
食い扶持が多いためシャンリーに集団で雇われていた。
シャンリーも大軍を一人で扱えるわけではなく、直属の近衛部隊以外は土官学校あがりの中間管理職や実践ならした冒険者あがりに運用を任せていた。
アンリは年の割に世間を知っているところがあり、正式に騎土の叙勲など受けてないのだが、幕僚が集う会議に連れて来ていた、
シャンリーからすれば、育ってほしい人材の一人だった。
「アカデミーは昼寝でもしていたのか、罠を除去するのが仕事だろう」
アンリが机を叩いて叫んだ。
全員の気持ちを代弁していた。
ダンもそう思っていた。
「控えろ、いまは情報を取ることが大事だ」
シャンリーが少しだけ手を動かすとアンリが黙って座った。
「帝国、いや、この場合、アカデミーはどの様な策をうった」
シャンリーも帝国軍人である、結果よりプロセスを大切にする。
同じシステムでは、同じ敵に、同じやり方で負けてしまう、
帝国は敗北を許すし、負けた将が雪辱を晴らす機会を与える伝統がある。
ただし、感情的にならず、敵の、用兵とこちらのシステムが洞察できていた場合のみ。
秘密主義を貫くのは許そう、敵を欺くには昧方からである。
去年と同じ失敗をした、いかなるアプローチをしたのか、そこを確認しなければ。
「冒険者ギルドに依頼しました。敵地に潜入して魔法陣の発動を未然に防ぎ」
「ふざけるな。ならず者に依頼してどうなる。
お前達には子飼いの暗殺部隊がいるだろう」
立ち上がるだけでなく、剣を抜くものまで現れた。
アンリは複雑な顔をしていたが、冒険者などヤクザの親戚程度にしか思われてない。
上級魔導土も一歩引いて身構えた。
「敵地潜入ですよ。
名誉ばかり鼻にかける騎士に依頼するよりは、正効率が高いと判断したのですが」
薄く笑った。
皇帝直属のアカデミーでも将軍達と距離をとろうとする動きはあるようだ。
「赤い羽、コヨーテ。いずれも名のあるパーティでした」
「秘密主義も結構だが、もう少し心を開いてもらわないと。
騎士の中にも結構器用なのがいるぞ」
シャンリーは騎士に剣を収めるように指示した。
「尊師には、その様に伝えておきます」
深く頭を下げた。
それとは別に皇帝陛下から個人的なお願いがあってきました」
すっと手紙をシャンリーに差し出した
「私にか」
シャンリーが開けてみた。
「我が帝国の誇る
帝国第三皇女の事ですが。
敵の中で孤立している、騎馬50で今すぐ救媛に向かって欲しい」
一人を除いて、独身のナイトが全員立ち上がった。
「ナイト・ダン・ジョウ・ストレンッツオ。
なぜ立たない。
婦女子の救出は帝国騎士道の花だろう」
辺境伯が叫んだ。
「辺境泊、ダンは姫とは同期です。
彼女とはソリが会わなかったようです」
クラスターが答えた。
「陛下がお前を直々に指名してきた」
手紙をたたみながらニヤリと笑った。
「ちょっと待て、猪には婚約著がいるだろう」
ダンが不機嫌そうに叫んだ。
猪とは土官学校時代の姫の仇名だった。
学校時代から、直進する傾向があった。
「さっきの魔法でやられた。生死不明、ほぼ絶望」
「冗談じゃない、馬だけで倒せない、投石器やクレンクインも必要だ」
ダンが叫んだ。
「お前、土官学校時代。姫の裸を見たらしいな」
「どうしてそれを」
ダンは苦々しく口にした、
「有名だぞ、不敬罪で捕まった所を皇太子にとりなしてもらったらしいな。
預けていた罰の事だが、この度の功績をもって罪を精算する。
皇太子の直筆だ。
ダンは、なかなかの人脈の持ち主よの」
辺境伯が笑った。天幕全体が笑いに包まれた。
「断る」
ダンの叫びで笑いが消えた。
「士官学校出の一年生が、敵の勇将ペリクリウスとの一騎打ち。
内心は『しまった』と思ったが首を取って帰ってくるからな。
さすがはストレンツオの男。
正直、陛下も奇跡をあてにしたくなるのだろう」
「もう死んでいるだろう、失礼。崩御されているだろう」
皇族だということを思い出した。
石塀に囲まれた、集落に50人ほどの近衛部隊と共に入っている。
兵に囲まれてはいるが攻略されてない。
我々も例の魔法陣の間題を解決すれば急行する」
それならば敵の罠だ。
ダンはすぐに理解したが口にはださなかった。
「何者だ」「名を名乗れ.」「女か」
天幕の外でざわめきがおこる。
この場にいた全員が無言で立上がり剣に手をかけた。
「ザッファーラ様」
だれかの声がした。
「なにー」
叫んだのはダンだった、皇女の死を聞いてもここまで動揺はしなかっただろう。
冷徹で昧方からも恐れられているダンだが、女のトラブルはやたら多い。
そのギャップの差は暗におかしかった。
会議はそっちのけで走りだした。
ダンが心配したのはザッファーラが裸同前の姿かどうかだった。
誰にも声をかける余裕もなく、入り口へと走りだした。
「ザッファーラ、服は着ているのか」
悲鳴を上げながら、扉を開けて外に転がり込んだ。
ザッファーラが馬を連れていた。
ダンは裸にマントだけで渦巻きの絵が書いている姿かと心配したが、長袖に長ズボンであり男物であるが、まともに入る服装をしていた。
シャンリーの近衛都隊による槍の林に囲まれているが動じた様子は見せなかった。
「待て、男の格好をしているが俺の妻だ」
はっきりと明言した。
「ほー、あれがザッファーラか」
ダンの背中で希代の好色一代男シャンリー三世の声がした。
ダンがこの時、はっきりと青ざめた。
シャンリーの艶聞は耳を覆いたくなるものがある。
帝国との血統を得るために兄を暗殺して、皇帝の妹でもある兄嫁を強引に自分の妻にしたのだ。
生まれてきた子供はシャンリーの息子か、兄のマクドガルの息子かはっきりしていない。
「繍麗と言うより、可愛いな」
ダン横に立つとアゴをなでながらニヤリと笑った。
まだ、部下の女を奪ったことだけはなかった。
だからといってモラルが切れている男の最初の例になりかねん。
「オレの女に手をだしたら死ぬぞ」
いきなり脅迫めいた言動をしたが、後からやってきた側近達もダンならばそれぐらいうだろうと思っていた。
ダンは好奇心だけでザッファーラ近付いた次男を焼き殺そうとした。
次男のクリタも酷い男で、ザッファーラを愛していたわけでなく、古代人はどれくらい気持ちいいのだろうと言う生物的な好奇心からだ。
ザッファーラの人間性を尊重したわけではなかった。
ザッファーラも相手にせず、喉元に剣を突き付けただけだった。
ダンの怒りは凄まじく、軍隊を動員して家に火を放った。
グラムが仲裁しなければ確実に焼き殺していた。
それは帝国が定めた不倫についての法律以上に厳しい罰だった、
ダンは同時代人の中でも、嫉妬深い人間だ。
男は女をとられても使い古しだと虚勢を張り、女は星の数ほどいると悔しさをごまかして新しい女を捜す。
だがダンはこの時代の女よりも嫉妬深く、すべての男達がザッファーラに怪しげな欲望を持って近付いてくるとカン違いしている。
『本当は君を箱詰めにして、押し入れにしまいたい』と思っている。
「人格を無視したりはしないが、ソフィアの道徳のない私が浮気するかもという不安には苛まれて、何度か男を下げる行動をとっている」
ザッファーラが口にするように、ダンはシャンリー三世や他の男の視線が気になった、
ダンは女として未完成な体を持つザッファーラに誰もが欲望を抱くとカン違いした。
「何をしにきた、ザッファーラ嬢」
シャンリーが聞いた。ダンが一度ザッファーラを見た。
「魔法使い達の会話が聞こえた」
短くダンを見て答えた、
「お前には聞こえるのか、魔法使い達が空間を通して話す声が」
上級魔導師のデユーが聞いてきた、
「最高学府を誇るアカヂミーがこの程度なら、マギ(魔法使いを差す古代語)は私達の時代に比べて多くのものを失っているようだ。
敵であるダーナ神族の末裔の方が
アカデミー出身の魔法使い達が黙った、ザッファーラの指摘が正しいのか、彼等自体が無知なのか、沈黙を守るため誰にも分からなかった。
ダーナ神族などシャンリーやダンにとって、始めて聞く言葉だった。
「ザッファーラ、あなたの知っていることを教えていただけないだろうか」
シャンリーが尋ねた。真偽はともかく帝国はかつてにやり方が機能しなくなっているのは確かだ。新しい技術や情報が欲しいのは確かなのだ。
「『
原則がアカデミーには、色々と分解されて伝えられているようだ。
私達の時代にはソフィアなどいなかった。
ダーナ神族の末裔が技を復括させたか、自ら魔道の深淵を超えたのか、それは分からない、コバロスの群れは明らかに自然界にない質量を手にいれている。
『空間』の領域には異世界から食料を手に入れたり、爆発を招きいれたりすることができる、単に異世界の生命を召喚したり連絡したりするのではないのだよ」
ジャガイモによる人口爆発もあり、ヴァレンシアの名前が出てきたが、やはりそのロジックはどこか大いなる欺瞞と矛盾を孕んだ物だった。
それでもダンはそれを信じ、そして証明しようとした。
「連発はできるのか」
ここで始めてダンが口を開いた。
「この世界には質量や運動エネルギーや精神量を保存しようとする働きがある。
空間はそんなにも長い間、ネジ曲げることはできない。
魔法が作動する時間はかなり短い、一秒の百万分の一に近い時間だ、
これだけのエネルキーを呼び込む穴を開けたのだから一日は動けないだろう。敵の人数を知らないから、連発がないと保証できないが、今日同一人物による攻撃はない」
誰もが静まり返った,
ザッファーラを古代の怪物にように思っていて知能があるとは知らなかった。
ザッファーラ自体は人間の言葉をその速度で話すことはイライラする行為のようだ、
「ロスマリン姫を助けに行くぞ、そのために馬を連れてきた」
ザッファーラは笑った。
「私はあの女には借りがあるのだ。
この世界には『処女の陰毛を手に入れ、首からぶら下げるお守りの中に入れれば、矢が当たちなくなる』という言い伝えがあるようだが、ダンのように女の風呂場に潜り込むのはどうかと思う。
古代でも人間性を無視したことをすれば決闘物だぞ」
ダンが複雑な顔をした、
「貴様そこに直れ」
「僕らのお姫様に」
何人かが涙を流し剣に手を掛けた。
ダンは青ざめた。しかも風呂場に入ってきたロスマリン姫が、硬直して言葉を失っている本人から直接陰毛をムシリ取ったとバレればこの場で殺されるかも。
ダンの他にも何人かいて一生懸命床を探していたのだが、全員が動けなくなっていた。
ロスマリンが目当てではなかったのだが、他に十人程いる女達なら誰でも良かった。
三人ほどは彼氏がいたようだ。
全員が硬直している中ダンだけが動き、入り口から退場しようとした、
擦れ遠いざまバスタオルを巻いてある皇女から下の毛をむしり取ったのである。
「用が済んだから帰るぞ」
と仲間達に声をかけてそのまま出ていこうとしたのである。
仲間達の間ではロスマリン姫だけは確実にバージンだろうと噂していた。
姫は叫んだ。「キャー」ではない「不敬罪だー」と叫び衛兵を呼んだ。
「てめえ、同級生だから、「気安くしてくれ」と口にしたのはお前だろうが」
ダンが叫んだ。
「どアホー、社交辞令だ、本気にする奴があるかー」
ロスマリン姫も体にバスタオルを巻いた状態でデッキブラシを構えた。
ダンは断頭台の露と消えるのかと思えば、結構いろんな所から助命の嘆願書がやってきた。ザッファーラもロスマリン姫の暗殺を試みたのだ、
アカデミーの上級魔導師に守られた結界をヤスヤスと突破、眠れる姫の足で小突いて起こすと細身の剣を枕に突き刺したのだ。
「我が良人(夫の別称〕を殺すことはならん」
しかも親父や皇太子からも『帝国を分裂させる気か』『それでも政治家の娘か』と怒鳴られる始末。
ザッファーラの事を魔法使い達にも相談すれば「夢でも見ていたのでしょう」と相手にされず、そのくせ枕はしっかり切り刻まれている。
そうこうするうちにダンが無罪放免となった。
「私は皇女だ、きちんと敬え」
ダンに宣言するにとどめた。
「お前が可愛いゆえに、私も少し大胆な事をさせてもらった。
が、ロスマリンにも三割ほどは正義があったのだ。
今日、命を助けて貸し借り無しにしようか」
ザッファーラの言葉にダンは逆らわない。
「でかい馬だな」
近付きながら聞いた、もう馬には鞍が乗せてある。
「魔法を食う、精霊も食う、肉も食う。
昔、私が使っていた馬で異世界の狩り場でまだ生きていた」
馬が肉食獣のような牙を見せた。
「もらうぞ」
「当然だ」
ダンが馬首を巡らせ、槍を高く掲げて叫んだ、
「戦土よ、敵を求める血に飢えた戦士達よ。
今からお前たちに敵を与えよう、力の限り屠るがいい」
戦士達が立ち上がった。
「男よ、オレに出世を夢見る男達よ。
お前達にチャンスを与える。おのが技量でつかみ取るがいい」
男達が立ち上がった。
「騎士よ、自ら騎土であると決断した者達よ、
今から皇女を救いに行く、ここが騎士道の花道だ」
騎土達が立ち止がった。
「馬に乗れ連れて行けるのは百人だ」
壮絶な馬の争奪戦がおき、勝者がダンの後に続いた。
「アンタも行くのか」
シャンリーが相手を眠らせて馬を奪った上級魔導師デューに聞いた。
「それが本来の役目ですから」
馬の上で上級魔導師は答えた。
「アンリは行ったぞ、お前は行かないのか?」
シャンリー三世はクラスターに聞いた。
「追いつけねえ」
クラスターはまぶしそうにダンの背中を見送った。
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