第3話 ザッファーラ

「rururururara―arara」

 高い女のソプラノが部屋で反響していた。

 ダンはそっと扉を開けて中を覗き込む、5人のメイド達が、ダンの背後に隠れている。

 バルコニーの手すりに座る声の主は、首と自由になった膝下をゆっくり動かして拍子を取っていた。

 少女というよりは身長はあったが、完全な女には成長してなかった。

 薄いワンピースのスカートをはいているが、乳房は目立たなかった。

 ほっそつとした太ももから下の生足をリズムにあわせてプラプラさせている。

 顔を夫であるダンに向けてにっこりと微笑んだ。

 そこにはいつもと変わらない、ただの花のような彫刻のようなザッファーラがいた。

 だがダンの目に飛び込んできた部屋の状況は惨憺たる有様。

 部屋の中で一際大きいダブルベッドが破壊されていた、二人のために作らせた天井からレースが取り付けられていて、中ははっきりと見えない。

 この時代はレコードなどない、金持ちは学士に静かな音楽をベッドの側で奏でさせながら愛し合う、優雅な二人のベッドだったものが大剣で圧壊されていた。

 ダン愛用しているプロードソード(幅広剣)が、ベッドに墓漂のように串刺しになっている。

 剣は平均70cmだが、ダンは120cmを愛用していた。女の細腕ではとても振り回せる物ではないが、ザッファーラによって床に縫い付けられている。

 家具もメッタ刺し、ダンが買ってやった服は引き裂かれた、極めつけは父観が進めている三人の縁談の絵画が短剣で縫い付けられている。

 丁寧に三人ともビリビリとバツの字で切り裂かれていた。

「きゃー」

 様子を見にきた姫のメイド達が悲鴫を上げた

 ザッファーラは歌詞のない歌を、あまり口を動かさずに歌いながら夫を見た、

 紡ぎ出されるソプラノは絵画の中に招き入れられた気分になる。

 知っている場所、当たり前の光景を、尋常ならざる神話世界に迷い込んだ気にきせる。

 やはり彼女は佳人(美しい人)であり、周囲の空.気を一変させる旧世界の住人。

 どこか焦点のあってない、口が裂けたような笑顔。

『笑った仮面の笑い』

 ダンの父親グラム・G・ストレンツオが口にした。

 彼女は笑顔と無表情しか持たなかった。

「ザッファーラ、みんな怯えている。

 何か不満があるのなら口にしてくれ、お前は特別な人間だ」

 ザッファーラはゆっくりと手摺の上に立ち止がった。

 メイド達が、「危ない」と声をかけない。

 地面までは十メートルは超えている、普通に落ちれば怪我をするし、運の悪い奴ならば死ぬだろう、夫であるダンさえも心配はしていない。

 落ちても普通に着地するからである。

「ダン、

 帝国貴族のお前と私が正式な妻になれないのは理解できる。

 私は新しき神ソフィアの倫理の中にいない」

 不満があるのだろう、いきなり歌うのをやめて話しだしてきた。

 本来ならばザッファーラは話をするのを嫌う。

 彼女が過ごす高速の時間世界と伴う認識感覚速度の違いや、神話の人間が持つ言語形態が違うため、かなりの間の抜けた話し方をせねばならない。

 人間が聞こえる波長域にはならない。

 精神的に苦痛というか、簡単にいえば『めんどくさい』事であり、コミュニケーションはイライラの原因である。

 ダンが凄く気を使いながら質問することが二人の関係である。ザッファーラは否定か肯定の二択まで整理してほしいと要望し、返事も縦か横に首を振るだけ。

 その彼女がこれだけ長く話しているのは、怒りなのだろう。

 彼女は多くの感情を持たないと口にするが、自分の心に気付いてないだけだ。

「一昔前の享楽的な古代人だ。

 お前の貞淑な妻と三人で楽しみましょうと、非常識な提案をするかもしれない」

 何の前ぶれもなく、不自然な行いもなく、ザッファーラの中指と入差し指の中に細身の短剣の刃が挟む、どこから取り出した分かちない手品のようだ。

『ソードダンサー』

 剣の皇たる彼女は、意志の力で何もない空間から短剣を取り出す。

 ザッファーラは皮肉な笑いを浮かべながらナイフを投げた、

 投げナイフがレンガに突き刺さる、ダンの力でもレンガが砕けるか、刃が折れるかのどちらかである。このように割ることなく貫通させるのは人の技ではなかった。

 ダンの頬に血が一本の線を引く。

「血は戦場で流せ」

 帝国の巨.大化の背景には巧みな婚姻戦略があった

『帝国はベッドで血を流した』

 そう言われた、それ.を逆説的に引用したのだろう、傭兵達、戦士達はあからさまに侮辱している。

 そして元傭兵の子供のダンも、酒が入れば気の合った仲間とそんな馬鹿話をする。

「そのつもりだ」

 ザッファーラは石壁に短剣で縫い付けてある三人の女性の絵を指差した。

「情けない、女を使って出世するなどと。

 男は器用に生きる必要などない、こういったものは出世してから手にいれるものだ。

 お前にはまだ早い、オ能を世に示してからだ」

 ザッファーラは自分より弱い夫を決して無能呼ばわりしない。

『大きく翔ぶ事だけを考えろ、

 この空が青いのはお前の心だからだ、この時代はお前の時代だ』

 なにかダンの中にいる。もう一人の自分。

 眠れる巨大な才能に、はっきりと話しかけてくる。

 だが、ダンには自信がなかった。

 彼女の願いに答える才能を持っているとは思えなかった。

 地面に自分の足でたっているような気がしないほど、その視線は不安にさせた。

『ダン、怖がらなくていい。皆、そうだったのだから』

 ダンを優しく抱き締めて頬擦りをしてくれた。

 すると心の中の不安も闇もとれて、急に楽な気分になった。

 そして身長が伸び、ザッファーラを追い抜いた。

 いや、それだけではない。

 去年、帝国の士官学校を卒業し、四つの戦場に参戦。

『逃げのダンジョウ』と呼ばれ、同期の卒業生の中では並ぶ者はなかった。

 その名声に惹かれ、色々な思惑を持った人間が近付いてきた。

 ダンも多少なりとも政治を始める気になっていた、

「親父が勝手にしたこと、オレの心はお前だけだ」

 右端の女の絵の眉間に短剣を突き刺した"

 それはダンジョウが出会ったことがある、少し心ときめかせる少女だった,

 いや、もっと正確に表記するならば、ノーマ帝国内部にある貴族の一人で男の兄弟はいない。上手にやれば彼女の財産(家の持つ兵力)を乗っ取れるかもしれない。

 そういう計算が働いていた。

 そして、ザッファーラは邪を一番嫌った.。

「落ち着け」

 ダンは、それだけを口にした。

 別に出世したいとか皇帝に成りたいとは思わない。

 ただ男児として産まれたからには、巨大な軍隊を動かしたい。

 そのためには財産と権力がどうしてもいる。

 子供の頃にザッファーラに膝枕をしてもらいながら、酔っ払ったように語った騎士道物語のようにはいかない。

「嘘つき」

 ザッファーラが笑いながら口にした。

 この古代人は残虐な笑い、久し振りに見た。

 冷酷な瞳が昔のダンと今のダンを比べている。

 少年の頃のダン。

 それは自分が人生において、一番男らしかった時だ。

「済まない。忘れていた、

 ありがとう。思いだした」

 小さく頭を下げた。

 ザッファーラは相変わらず笑っていたが.冷酷さがとれていた、

 メイド達に部屋の片付けや、必要なものを購入するように命じて、部屋を後にした,

「親父はどこだ? 」

 メイドに聞けば彼の父親が最近気にいっている愛人の名をあげた、

 早速、向かうことにした。

 昼間から、乳繰りあっている分けではないだろうが一応、大きな声をかけて接近した。

「入るぞー」

 3歳になるダンの腹違いの妹を膝に乗せてあやしていた、

 どうも状況から新しい愛人の部屋で、古い愛人と生ませた子供を連れて二ニコニコしながらトランプのようなカードで絵合わせをして遊んでいた。

「ジジ、ジジ」と子供に呼ばれて喜んでいる。

 多少、髪に白い物が残っているが、ダンの父というだけあってかなり大柄な男だ。

 五十代半ばになり、将として脂が乗った年齢とは言えないが、だからこそ狐のような老檜さを持って、迫りくる若武者達を煙に巻いてほしいものだ。

「おお、ダンか、大分城主としての貫禄が出てきたな」

 目尻を下げて穏やかな笑みを浮かべた。

「オヤジ。勝手に老けこまないでくれ」

 ダンが舌打ちした。

 体の方は健康であり、次の夏の初めには新しい愛人さんが出産予定である。

 本人は「ボケてきた」と言うが、物覚えが悪いのは昔からである。

 酒が入れば「年を取ると便利だ。自分に不利な事が起きると、目が澄み、耳が遠くなったと老いたふりをすれば、なんとなくその場をやり過ごせる」と豪語するのだ、

「用はなんだ」

 歴戦の古強者が猫撫で声で聞いてくる。

 もともと荒々しいタイプの人間で、無能だったわけではない。傭兵あがりのため帝国の軍人を動かす将には、システム的になれなかった。出世しても地方の下級貴族が限界なのだ、帝国内部でも戦争だけをとれば十傑には入ってくるが士官候補にはなれなかった。

 激戦区だったマージア州のはるか前方の沼地に要塞を築くことに成功した。

 当時は保存食などあるわけないから、前線の要塞に麦や米を貯蓄しておき、それを軸に使用できる兵数や期間をわりだした。

『楔を打ち込む』

 石を割るときに、楔と呼ばれる小さな鉄の杭を何ヶ所か打ち込んで割ることから、敵の中心部に軍や人を送り込む事の戦略用語として使われるようになった。

 相手の領内で要塞を建設するという事も『楔を打ち込む』との比輸にされた。

 それを見事にやってのけ、マージア州近辺で行われた、戦闘地帯を相手のほうに押し上げたのである。

 かなり剛腕な政戦略であり、それを可能にする技術と経済力を持っていた。

 だがシャンリー三世が十字軍で留守にしていた近年、グラムの半生をかけた要塞はオルトフレイム・サルディーラに奪われた。

 オルトフレイムは軍隊を使用して、近隣の村から玄関の扉を奪い。

 それを沼地に浮かべて道を作りながら城壁の低い所から軍隊を送り込み攻略した。

 基本的には要塞の設計ミスだ。

 あんな所から攻略されるとは思わなかった当時の首脳陣のミスだ。

 その首脳陣の中にグラムもいたわけであり、責任がないわけでない。

 それ以後は順々に緩衝地帯の砦を攻略された。

 グラム・G・ストレンツオも帝国にその人ありと言われた人物。自らの命を省みず、汚名をそそぐために果敢に攻めたてるが、どうも情報力はオルトフレイムの方が上で、グラムが近付くと直接対決を避け、近くの砦に籠り、矢を射かけるだけである。

 捨て身の男と戦えば、大怪我をすると思ったのだろう、穴熊戦法を決め込んだ。

 すっかりしょげてしまった所に、ダンが第5次十字箪のしんがりを引き受け、帝国軍を逃がした。あまつさえ追撃してくる敵の将を一騎打ちで切り殺した、

 自分の時代は終わった。

 ダンに道を譲ろう。

 ダンは帝国の士官学校で教育を受けたのだ、ギリギリで帝国一万旗を動かす将軍になる資格があった。その方が家を益々繁栄するだろう。

 家督をダンに譲って、楽隠居を決め込んだのである。

「ダン。オヤジを戦場に戻せ。腕が鈍るぞ」

 辺境伯シャンリー三世から怒鳴られた。

「ザッファーラが結婚はまだ早いと言う、素直に総ての縁談を断ってくれ」

 近くの碕子に座った、

 グラムは黙ったまま、ダンを見た。

 膝の上に乗せた子供を下ろしてダンの横に座った。

 遊んでいた侍女や愛人達にアゴだけで出ていけと指示した。

 彼女達は難しい話があるのだと直観的に理解し、少し顔を緊張させて、新しい当主であるダンに小さく挨拶しながらでていった。

「帝国の将軍にまで上りつめる気はないのか」

 グラムは難しい顔をして腕を組みながら聞いた。

 中央集権がある程度まで進み、常駐している軍人は2万人。

 そのうち右将箪と左将軍が一万ずつ指揮することになっている。

 皇帝陛下がもっとも優秀と思われる人間を指名するが、どこの馬の骨とも分からない人間が成ることはないし、利権も絡んでくる。

 一万の人間を毎日三食わせるだけでもそれなりの金額になる。

 かといって、敵がいる世界では名誉職というわけにはいかない。

 そこで数多くの荘園や利権を持つ大貴族の中で、自分の娘あるいは自分の親戚の娘婿にと、将軍の資格のある土官学校の中から適当な人材の青田買いが始まる。

 買われる側にとっても、大貴族の権力や後ろ盾は魅力的だった。

 ただ十年に一度ぐらい、若い頃からほっきりとした形で、素人の目に分かるほど能力を発揮する人間もいる。

『ダンは出世する』

 今、大貴族のサロンでささやかれていた。

 男児に生まれ、帝国に生まれた。摂政か、将軍が頂点だろう。

「皇帝には聞かれたくないが、帝国を守りたいという思いより、将軍になりたいという欲望のほうが強い。結果的に人が成るよりは多くの人間を救えればいいと思っている」

「それくらいでいい、ダンはそれぐらいが一番丁度いい。

 お前にはチャンスがある。しかし、それには今から段取りせねばならん。

 お前がザッファーラを大切しているのは分かる、だから」

 ダンならばハンデがあってもいい、古代人の女がいるという異常なハンテがあるぐらいでないと。アレ程の大才が人に感'謝するはずがない。

 ダンは信義に厚いから、きっと妻が所属する組織のために尽くしてくれる。

 少なくとも、そう思う人間がいて、縁談の話を持ってくる。

「もういいのだ。オヤジ、

 うぬぼれも混じっているが、オレが将軍になれなかったら世の中が平和だと言う事だ」

「馬鹿モン。

 そんなセリフは俺のような人間が死の床に入ったとき、悔し紛れに言うものだ」

「やはり、女を使うのは美学に反する」

 グラムは舌打ちをした、

 ザッファーラが何か余計なことを口にしたのか。

 ダンの母親は、ダンを産むのと同時に産後の日立ちが悪く死んだ。

 ザッファーラは普通の恋人とは違い、少年の頃にであった無償の愛を注いでくれた姉が死んでから、入れ替わるように生まれ変わりのようにやってきた。

 彼女の世間との接点、いや時代とのかかわりはダンだけであり。どこか妖精のように掴み所がない、自分が彼女をこの世に存在させている責任感を背負っていた。

 ザツファーラは普通の恋人と違い、ダンの精神的支柱にまで入ってきていた。

 そしてダンは彼女が三次元の生き物ではなくて消えてしまうような恐怖感も抱いていた。

「古代とは違う、腕力だけでは出世できない」

 グラムはダンの口からザッファーラの事は聴かなかった。それでも古代と言った。

 ダンはそのことに気付かなかった。

「構わない。何もかも。

 もっと静かに力強い人間になりたい」

 時代を越えて来た女、彼女は幽霊なのだ。グラムは言えなかった。

 それでもダンが心から愛する女、父親としては『豊かな人生をありがとう』と感謝すべきなのだろうが、放浪の吟遊詩人ならともかく、おおきな社会に帰属して、責任を引き受けようとしているダンに、社会的価値のない幽霊女には、ダンはもったいなかった。

 多少世にもまれて政治もするようになった、女を利用して騎士にもなった

「お前の女には月のものがこないではないか」

「産まなければ、マルク(三男坊)でも養子にする」

 怒鳴られる覚悟でグラムは挑発的なことを口にしたが。

 ダンが静かに答えた。グラムがダンを思いやって怒らせてみようとイタズラしたのだと理解していた。

「若いな」

 グラムは口にしてみたが、本当にダンから受ける印象は、伝説の百の耳を持つ『運命』と言う名の老人の神のように、老檜で洞察力に優れていると感じた。

「大人は純愛をしても馬鹿正直といい、遊べば落ち着けという。

 十人近い子供がいるならいいだろう、

 血統的には向こうが継げば全てが締麗に納まる。

 オレは親父が傭兵時代に産ませたパン屋の子供だ」

「士官学校時代、何があったかは知らんが、戦争させれば強いのに、そういう所は本当に大人にならないな。

 帝国費族とは上手に付き合わなくては足元をすくわれる。苦労は好んで買うな、貴族の娘を嫁にとれ、ザッファーラと別れろとは言わん。すこし利口になれ」

「嫁取りの話はなしだ。戦争がある。家の番を頼む」

 ダンはそれだけ口にすると静かに立ちあがった。

「なんであんなに不自由な男なのかね」

 ダンが出ていくとき母親が酒を持って入り口に立っていた。

「お母さん、盗み聞きとは人が悪い」

 ダンが静かに笑いながら出ていった。正確に言えば三男のマリクの母親だ。俗に言う後添えと言いたいが、身分が圧倒的に違う。

 本来ならば妻の血統を立てて、ダンを私生児扱いし、相続権を奪っても文句でるはずないのに、ダンの父親グラムはそれをしなかった。

 ストレンツオ家自体没落して文句が出るどころか、兵や家臣達もグラムの武力を当てにせねばならなかった。

「本当にダンがマリクより家を繁栄させるお考えですか」

「もう、譲った」

 黙って酒を机の上に配膳した。

「何か言いたい事でもあるのか」

 沈黙に耐え切れないグラムが口にした。

「別に」

「はっきり言うが、ダンとマリクでは男の格が違う。

 こうすることがマリクを守ることかもしれんぞ」

 なにか、ふっきるように言った。

「私を責めているのですか。

 私だってダンには母親らしい事をしてあげたかったけど、彼のほうが懐かなかった」

 酒を注ぎ終わってから口にした。

「懐かなかったのはアガサだ、ダンは君のことを『お母さん』と呼んでいる」

「そうかもしれません。でも私だけが悪いのですか。

 子供を産んでない女に、いきなりプロの母親になれと言われるのですか」

 大声を出してグラムに聞いてくる。

 アガサも悪かった。でも彼女は呪われて死んだ。

「アガサは良くも悪くもマージア州の女だった。情が深く、そして情の怖い、彼女も自分と同じ血を持つダンが受けるべき権利が奪われるのではないかと、必死に考えた未の行動だった。君の方が年上なのだから大人の対応をしてほしかった」

「あんな死に方をすると分かっていればもっとお互いに優しくなれた」

「罪悪感を引き受けたくないから、ダンやアガサの欠点を見つけて言い立してるのはやめてもらえないか、胸が苦しくなる」

 アガサはマージア州の女だ。

 三国が原と呼ばれる激戦区。民族の血が混じりあうと美人が多いと言われる。

 各地の内陸貿易のための交通の要所であり、人種のるつぼとまでは言わないが探せば大抵の人種を見つけることができた。

 マージア州の女は、たとえ公正な一騎討ちであっても、夫が殺されたならば子供を親戚に預け娼婦のふりして近付き、ベッドで寝ている内に刺し殺すという凶悪さをみせる。

 それだけではなく夫が浮気したら、背中から包丁で刺す事で有名で当時、布教活動にきた僧侶が「泣いて愛しい人の治療を依頼するなら、刺す前に悩みを相談しに来てくれ」という苦労話が残っている。

 アガサはマージア州の女の長所と同時に短所を持っていた。

「私だってダンの手ぐらい引いてあげたかった、おもちゃでも買ってあげたのに、アガサが捨てていた。ダンはアガサが死んでザッファーラを連れてきた。

 ザッファーラはアガサの怨霊が連れてきたのよ」

「アガサには君がダンを懐柔しようとしているようにしか見えなかったのだろう」

 傭兵達も気位の高い君より、パンを焼いていたアガサの方が気にいっていたし、アガサは回りの人間にダンの事をよろしくと触れ回っていた。

 アガサは攻撃的性格で精神的に弱い女だった、ダンは同じ病を受けたが精神力で克服したが、幻覚と発熱で帰らぬ人になった。

 死の間際までアガサが握り続けたのはダンの手だった。

「私はアガサもダンも憎んだことも恨んだこともありません、もうダンか家を継いだのだから、どうにかしようとは一言も言っていません」

 彼女は強く言ったが、グラムは何も答えなかった。

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