第2話 ダン・ジョウ・ストレンツオ

 肉。

 肉。

 肉。

 筋肉。

 一人の人間の中に三人分の筋肉を放り込めば、ここまで分厚い人間が出一来るだろう。

 背中には翼でも収納されているのか、異常に盛り上がった筋肉、

 厚い胸板。

 広い肩幅。

 しっかりと六つに割れた腹筋。

 周囲を見れば、広い城塞の中で正規の軍隊が百人程、素振りをしている。

 男はその集団の中でも異質の存在だった。

 一人だけ肉食獣が、別のメニューで体を鍛えていた。

 上半身・裸で、自らの二倍ある大岩を肩に担いで屈伸している。

 滝のように流れる汗が水溜まりをつくる。

 巨大な熱の塊となった全身から湯気が沸き立つ。

 力を入れる度、口からでる獣のような唸り声

「若―」

 男は動きを止めた。

「ウー」

 息を吐きながら、声帯で音をだした、たぶん返事をしてるのだろう。

「帝国からの伝令です」

 息を切らせ駆け寄ってくる。

「ウー」

 吠えながら大岩をほうりなげた。

 激しい衝撃音と共に地面が揺れ、素振りをしていた軍人達が動きを止める。

「何、手紙、使者」

 全身の汗をぬぐいながら荒い息をして聞いた。

 まだ、息は整わない。

 充実した身体に比べれば、声にも、話し方にも幼さを感じた。

 首回りの太さに比べて顔は小さく幼かった。

 顔が小さいせいか、真っ直ぐ立っているはすなのに、前屈みになっている奇妙な.生き物のように感じる。

「使者です」

「分かった、すぐに行くから、応接室に案内しといて」

 近くにある水桶の水を顕からかぶりながら、ふらふらと歩いた。

 灼熱の鉄のように熱くなった体が、水を瞬間的に蒸発させる。

 ちょっとした霧の中、タオルで無造作に頭をふいた。

 

 ここは王室ではない、宮殿というわけではない。

 がさつにレンガが積まれている。セメントが垂れる前にタオルででもふけば、少しは綺麗に見えるのだが・・・、急ピッチで無造作に積んだのだろう、至る所でセメントの糸をひいて垂れたまま固まっている。

 さすがに使者も顔をしかめた。

 卑しくも帝国の騎士なら、応接室ぐらい綺麗につくればいい物を。

 城には急造とかの事情はあるが、中は白セメントで仕上げ、椅麗な白い部屋にするのが常識である。

 父親から家の指揮権を譲られたダンは土官学校をでて2年目である。

 今度、時間がある時指導をしよう。

 扉が開き、巨大な男が入ってきた。

 使者より圧倒的に男だった。

 肉体や精神に内包される男の量が違った。

 出会った瞬間にお互いに理解できる、人間としても格の差を感じる。 

「汚い所ですみません、マージア州がカストーナ(敵)の領土だったころ、国境の前線基地として緊急に急増したもので、多くの敵を退けた名城でもありますし、西面と南面が大河に隣接している経済の要所で捨てる気になれないもので…」

 謝ってはいるが、本当に申し訳ないとは思っていない。

「質実剛健。さすがはストレンッツオ家の居城」

 先程までの思いは、綺麗さっぱり消えた。

 自分より年若い男に圧倒的な圧力を感じた。

 細長いテープルの上に織麗なシーツが引かれていたが、1枚物の天板が高級品とされる中、横に根太を転がして複数の板で構成されている安物だった。

 だが人間より、大型肉食獣に近いこの男には似合っている,

「使者の用向きは、皇帝陛下からですか」

 ストレンツオ家は帝国に忠誠を誓っているが、軍務はシャンリー3世・辺境伯の下についてきた。

 これはかなり珍しい事態だ。

 この時代百人以上いる帝国騎士の一人だ。

 公爵、伯爵、男爵、貴族、騎士と続く最下級の位。

 ただ、12から15の三年間は帝都に預けられ、士官学校に入り幹部あるいは指揮官としての教育を受けた。帝国騎士の子はぎりぎりで士官学校に入れる。

 将来の将軍、幹部の候補だが、上の位になると家柄が物をいう。

 人脈もできたが、嫌な奴もいた。

 いい思い出もあれば、嫌な思いもした。

 ダン・ジョウも教育を受けた人間だが、物には流れがある。

 戦争準備なら辺境伯を通すはず、直接使者が飛び込んでくるなど異例の事態だ。

「ナイト・ダン・ジョウ・ストレンッツオ。

 皇帝からの勅命です。

 大至急戦争の段取りを、契約のなす最大の兵数をそろえて欲しい」

 吸血民族の統治下で女神ソフィアが降臨した。

 人々に戦う勇気と知恵と手段として白魔法を用意した。

 人類はなんとか勝ちを得たが、豊かな内海はまだ吸血民族の帝国が支配した。

 敵を失えば内部分裂する。

 昔から人頚の脳の大きさはそんなに変わらない。

 女神ソフィアが降臨してより千年。

 人類は吸血鬼が辺境と呼ぶ地で、帝国を作った、

 そしてダンは帝国の騎士だった。

「謹んで拝命致します、しかし、理由をお聞かせ願いたいj

「ゴバロスが、大挙して北部の国境付近に侵入、それが前例のない数で、南部地区にいる辺境伯の力が必要かと」

 辺境伯が帝国南部の防衛を受け持っている。

 鎮東探題がミリディアと呼ばれる遊牧民の越境を管理している。

 征夷大将軍が北の巨人やコバロスなどのデミ(亜)ヒューマン(人)の相手。

 総督が西部に広がる海や、植民地として点在する島を運営していた。

 辺境伯というのは、植民地の軍や政治を司る総督の別称。

 シャンリー3世は辺境伯を襲名した。

 これは隣接するサルディーラやカストーナに対して『お前達を帝国の将軍である、私が支配する』というニュアンスが含まれていた。

 血縁関係、服従関係、あるいはこの辺を統治する上で帝国の権威を利用した時期もあったかもしれない。いろいろな意昧で確かにこの辺を帝国が支配していた時代があった、しかし、その頃の人間は五百年も前に死に絶えた。

 そして小国が乱立している時代。

 ましてダンが根城とするマージア州はサルディーラ国・カストーナ国と隣接して『三国ヶ原』と呼ばれる激戦区。

 馬鹿みたいに、はるか東方の内海まで第5回十字軍を行いシャンリー三世は留守にしていた。

 ライバルのオルトフレイム・サルディーラがそんなスキを見逃すはずもなく、緩衝地帯にしていた十五ほどの砦のうち、8をサルディーラに4をカストーナに取られている。

 帰還した今年の農閑期に、一当たりして全ての砦を奪回する話を、無理かもしれないが辺境伯と酒の席でしていた。

「前例のない数っていくらだ」

 ダンが聞いた。

 周辺の緩衝地帯を奪うという予定が完全に狂う。

「二十万」

「嘘だろう、帝国の軍人全員かき集めても半分もいかん」

 帝都でさえ人口がやっと二十万を超えた所である。この時代、かなり進んだ衛生設備や都市デザインを持つ魔法王国カステラヤの首都で五十万を超えた所だ。

 近代化していないとはいえ十分の一の軍隊を維持するのが難しい。

 領土が広ければそれなりに村が点在して人□増加や生産活動が行われるが、効率よく結びついてない。まして、勝手に道路を建設したり橋をかけたりすれば、防衛上の理由で厳しく罰せられた。

 今だ、吸血民族が千年前に整備した赤い街道と呼ばれる、レンガを敷きつめて作った道路網が移動の主流であった。

 国中の軍人をかき集めて5万。

 近くの傭兵や在郷の犯罪集団、近隣の村へ志頭兵まで募って1O万か。

 ただ、ダンはそんなに恐れてはなかった。

 相手がコバロスだ。3万位いれば勝てるだろうと計算していた。

「辺境伯は」

 ダンの父親はシャンリー3世が辺境伯就任以前から親交がある。

 兄リヤの暗殺には関わらなかったが、弔い合戦を挑む父親との骨肉の戦争においてシャンリー3世についた。

 帝国に逃げのびた父親が、軍の貸与を受けて復讐戦を挑むがあっさり破る。

 ここにおいて帝国はシャンリー3世を味方にした方が得だと判断した。

 シャンリー3世は皇帝の年の離れた妹であり、兄嫁だった女と強引に再婚を果たしていた。帝国はそれらの蛮行を許し、辺境伯へ任命した。

 それらの事があり、帝国から見ればダンはシャンリー3世の派閥であり、ダン自身もそう思っているし、そのようにふるまっていた。

 ただ、ダンはシャンリー三世に友情を抱かない、尊敬や敬愛の念もなかった、

 本心を正直に言えば距'離をとりたい相手だった。

 だが、向こうは連戦連勝のダンの事を気にいっていた。

「皇太子の発案の元、ナイトの称号を持つ全ての者に大至急戦争の段取りをしろと、伝言を派遣されました。

 かなり異例ではありますが、全ての騎士が皇帝の直命を受けています。

 戦場においては通常通り、辺境伯の指揮下には配属されます」

「たしかに異例だ、どうしてコバロスはそんな数に」

 コバロスは基本的に危険な人間型モンスターではない。

 犬の顔が乗っているし、木で作った斧や棍棒で武装する程度。

 鉄器を造る技術も器用さもない。

 北の高緯度帯の太古の神々が造った古い種族であり、全身毛むくじゃらで気候や環境に応じて量が魔法的にコントロールできた。人間が新大陸に到達する以前に北極経由で先に着いていた。

 低緯度帯の暗黒大陸でもウロウロしていて恐竜相手に集団で狩をしてる。

 知的生物の条件とされる反転母趾は持っている。

 犬のような忠誠心を見せるため奴隷として売られているが、『1,2,3、たくさん』というアバウトな牲格と、欲望に少し忠実で人の視線がなければ食べ物の番ができないなどと難点も多い。

 基本は家族単位で暮らす狩猟民族で、軽蔑する人間もいれば、貿易を行う人間もいた。

 勇敢で自分より大きなモンスターと、石器のついた槍だけで平然と戦う。

 槍を口にくわえ4本足で行動を始めると、人間より遥かに早く走る。

 基本的に、構造的に全体的に人より俊敏に動ける種族だ。

 歯茎の咬歯力はともかく、力が弱く器用さに欠け、1対1では人間の敵ではなかった。

 だが、成長が早いし多産だ。一回の出産で5から8人ぐらい産む。

 寿命は二十年ぐらい。

 その方が環境変化による人口調整がしやすい。

 冷害などで植物が減り、食物連鎖で草食動物が捕れなくなると、子供を奴隷とし売りに出した。

 昔は人間の村や町を血族単位で襲っていたが、経済格差や技術格差、文明レベルの違いもありコバロス側は人間に返り討ちにあった。

 耳が人間の4倍良く、鼻は犬顔だから鼻腔のヒダが多く人間の百万倍臭いに敏感なため姿を透明にする魔法を使う泥棒の対策になるから、倉をもつ富豪を中心に需要があった。

 帝国内では「獣のようだ」と双子を嫌う因習があるほどだ、帝国貴族の中には双子の場合は一人を隠したり、捨てたりする因習がある。

「帝国の諜報部も地に落ちたな、かつては内部分裂を起こさせ戦わずに勝利を得たと聞いていたが、このていたらくだ」

 ダンはニヒルに笑った。

 基本的にダンは帝国貴族の末席である、この様な上層部の批判は心を許した人間の中でもするべきではない。

 だがダンは誰の前でも、独特のニヒリズムで評価をくだす。

 土官学校時代も昧方より敵が多かった。

「不確定な噂ですが、暗黒魔導師連合が暗躍しているらしい」

「だからどうしたというのだ、魔法使いが絡めば敵の情報を得ることができないのか。

 帝都にいるアカデミー(魔法学校)はただの娯楽施設か」

 ダンは冷笑した。

 真の意昧で才能のあるものは少ないにしても、帝国全土どころか諸外国にスカウトをばらまき、毎年百人近い卒業生を排出している、はっきり言えば魔カがなくても帝国の首都で作られる魔法道具の使用法さえ知っていれば、百人力にはなる。

 個人の戦闘ならいざ知らず、軍隊において指揮官は魔法使いの戦力を普通の人間を一とするならば百と数えていた。

 戦線を維持する魔導士連絡網や攻撃魔法の無効化や跳び道具を封じたりするのには役にたっし、戦争を継続する上でも必要な存在ではある。

 平時においては公文書が魔法で偽造されてないか、魔力感知という最底辺の魔法が使えるだけで重宝する。

 アカデミーで《魔力感知》《念動力》《魔法消去》のどれか一つでも覚えて帰れば一生食いぱぐれる事がない。

 字の読み書きができるだけで重宝がられるから、底辺魔法使いも社会に必要とされ、それなりに裕福な生活が送れる。

 しかし古き王の盟約によるアカデミーの独立性は、才能の諸外国への流出を招き、魔法によって相手の戦闘意欲を削いだり、部族を分裂したりできたのはアカデミーから才能が流出される以前の話である。

 アカデミーは暗黒魔導師連合がこの世を混乱に導いていると主張するがダンには、この世の混乱は人間の欲望とエゴで自ら破滅しているようにしか見えない。

「話として聞いたこともある、去年帝国の北部の戦線が破綻した。

 野戦で決着をつけようとしたら巨大な魔法による一掃を受けたと聞いている,

 そもそも、そいつら晴黒魔導士連合の目的も分からない。

 対抗手段ができたと聞いていない、

 千人近い人命が一瞬で損なわれたことに帝国は明確な答えをだしてはいない」

 千人死ぬ。

 この時代の戦争の規模と、進んだ魔法技術を考えればかなりの痛手だ。

 女神ソフィアから信仰の見返りで送られる白魔法は、重度の外傷も生存へと導くし、魔法王国カステラヤの義手や義足は、多くの不具者を戦士へと復帰させる。

 立っているものが半分もいないと言われ、シャンリー三世とオルトフレイム・サルディーラが直接剣を交えるまでに激しかった、第3次ベヒーナの戦いも10か月後には両軍共に、十分の一ずつしか兵を失っていなかった。

 死亡以外の負傷兵が次々と復帰するのである。

 論功行賞で首を持って帰るのは確実に蘇生をさせないという意味があった。

 死体と魂があれば金持ちは蘇生できた。

 極端な話、黒魔法にいたっては魂さえあればよかった。

 同時代の戦略家モア・サルディーラはその著書『妥協論』の中で『愛と平和を望んだソフィアが、野蛮と戦争の継続に一番力を貸している。

 もっと被害が大きければ、もっと出生率が少なければ、もっと乳幼児の死亡率が高ければ戦争の数は今の半分になった』と書いている。

 千人が戦争で死ぬという事は、結果から考えても広籔囲に及ぶ攻撃魔法による軍隊の一掃しか考えられなかった。

 ダンでなくても、軍隊を守れなかったアカデミーに対する不信感は強く、目に見えぬ闇勢力との戦いを口にして予算を分捕るアカテミーをつぶして、もはや各都市に点在する、呪い小道や私塾に予算を分配したらという意見が出始めた。

 コバロス達は帝国軍が籠城戦に移行したとき、彼等は軍を引き上げた。

 去年はそれも謎の一つだった。有力な説ではコバロス自体、多数が宿泊する設営が慣れてなく、明碓なマニュアルもないため伝染病が流行し、家族志向が強いため半消滅するように脱落と解散がおきた。

 信じられる話であり、正確な情報ではない。

 その程度の情報さえ手に入れられないほど、情報局だけでなく、魔法使い自体堕落していた。

 昔なら視覚や聴覚を飛ばしたり、姿を消したりして内情を探っていたが、今では敵も対抗魔法を使うようになったと口にして何もしない。使者に答えられはずがなかった。

 使者は青ざめて、びびっていた。

 ダンも言い過ぎたと思った、こんな木端官僚に何ができる。

「わが忠義、皇太子に伝えてほしい。

 ついてきてくれ」

 ダンが黙って立ち上がった。

 使者は断る理由もないし、この若者が怖かった。

 国王とか権威を背負っている場合ならともかく、情報を伝え終われば、ただの官僚。

 争っても抵抗らしい抵抗もできない、肉食猷のような男に逆らおうとは考えない、

 高さ二十メートル、幅十ニメートルの城壁が外輪部にあり、ノコギリの刃のように1Mの段差が段違いの壁が外周を覆い、体を隠しながら弓を撃つ仕組みになっている。

 これだけの規模になると帝国の中には5つもない。

 ここだけは先程の内装とは違い、丁寧に几帳面に等間隔で作られていた。

 そこから軍人達が訓練する教練所を見下ろせば、最新の攻城兵器がずらりと並んでいた。

 クレンクインと呼ばれる、鉄線を引いて鉄の弓を飛ばす強化弓、攻城用の役石器、あるいは門を破壌するための火矢を防止するため、瓦葺きにしてある破城槌。

 はば二十メートル以上ある城壁乗り込み用の弓矢台。

 その多くは燃えないように魔法の布で覆われている。

 しかも解体して運搬できる仕組みにしてあり、一部の兵は解体組み立ての訓練の作業をしていた。作業スピードも特筆せねばならないほど早かった。

 これだけの規模を個人で所有するとはキョガクに値する。

 大河ピクルがもうすぐ分岐する水上交通の要所であり、ダンの居城マージア城の港は遠洋航海を行うギャレオン級の船が、積み荷を船底の浅い船に載せ変える必要ないギリギリ川底をほこるが、それでもダン達地元の人間の水先案内(パイロット)がないと簡単に坐礁してしまった。

『3国ヶ原』と呼ばれるほど、常に幾つかの国と国境に接していた。

 当時は船による運搬が一番物資を運搬できたし、関所や山賊や紛争を考えれば、川賊や海賊との遭遇碓率の方が遥かに低かった。

 激戦区になる土地であり、ダンの父親グラムはここの自警団あがりの傭兵である。

 この辺を中心とする王族もいたのだが、何百牢も前に滅ぼされている。

 情勢に応じて変わる時の支配者との交渉役を住民代表としても引き受け、新しい秩序の中で支配者の横暴が酷いときは、暗殺や脅迫を行う、ちょっとしたマフィアがダンの父親の家系である。

 シャンリー三世は秩序を作るため没落したストレンツオ家の娘を探して、グラムと結婚させて帝国貴族……。イヤ、自分の子飼い中に組み込んだ。

「野郎供、戦争だ」

 ダンは剣を抜いて叫んだ、その轟きは城壁で翻して教習場どころか町中まで響いた。

 声が大きいというのは、この時代の指揮官の条件である。

「うおおおおお」

 兵土達が作業をやめ、雄叫びをあげ、津波のように広がっていく一。

 教習場からの声があたりを揺らしているようだ。

「皇帝陛下にお伝え下さい、あなたの軍は戦意揚々です。

 いつでも始めて下さい」

 ダンまるで子供のように心から笑っていた。

 皇太子は百人以上いる騎土の中でもダンの事を気にしていた。わざわざ廊下で呼び止めてきて「ダンの所に行くのか? 」と聞いてきたのだ。

 この男を見るに連戦連勝がなくても、きっと声をかけてきたにもがいない。

「子供のようにプライドが高くて傷つきやすいから、田舎者の類いの言葉は控えてくれ」

 心に傷などない男に見えるのだが、戦争に対して無邪気な笑顔を浮かべた。

『語るに落ちる』傭兵隊長のような男が多い中、ダンは上品ではないが、各上の男であり、『語る言葉を持たない』がただしい。

 数人の若い女が駆込んでくる。

「若様大変です」

 それはこの男の顔を歪ませるものだ。

 戦争と聞いても、恐れを抱かずに「何時からだ」とだけ聞き返す。

 何者も恐れない男が、それは嫌そうな態度をしていた。

「お前の大変だ、室(妻の別称)のからみか」

 ダンが叫んだ。

 女はダンを恐れてなかった、正直言って側にいる使者はダンが怖かった。

 女はこの男を恐れないだけの、もっとすごい恐怖にかられていた。

「ええ、姫様が、ご磯嫌斜めなのです」

 士官学校時代、人学三日目で武道教官を倒した。

 伝説の男が、まるでこの世の終りのように情けない顔をする。

 ま、若いのだから色々あるのだろう。

「死人はでたか」

「今回は、まだです」

「気をつけろ、昔の人は生け蟄とかの風習があって簡単に人を殺していたから」

「オレがすぐに行くから、近づくな…」

 それだけ言うと走りだした。

 使者は城壁.の上に一人で取り残された、帰っていいのだろうかと考えた。

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