男の真実

鈴木

第1話 夢と幻

 鉄と血と魔法の晴黒時代は終焉した。

 人々は帝国を手に入れた。

『光の帝国』

 それは平和と秩序であり、やがて四方に拡張した。

 当時の民衆にとって人の生活圏の拡大を意昧した。

 傭兵団の長だった少年の父親は、帝国貴族の娘と再婚をはたし騎士になった。

 少年の生活も一変した。

 無償の愛を注いでくれた姉の死から十日はたっていない。

 心にスキがあったのかもしれない。

 ラビリンス(迷宮)に迷い込んだ。

 彼の兄も病気で死んでいた、もう兄の年を追い越していた。

 産んでくれた母親も、顔を覚える前に死んだ、

 同い年の近所の子供も、この間、家族や友人に囲まれて死んだ。

「オレは神隠しにあって死ぬのか」

 口にしながら左の壁に沿って歩き出した。

 今となっては人工的な洞窟に迷い込んだ理由も思い出せない。

 当時捜索していた理由は、勉強に嫌気がさして散歩に出かけたら晩飯になっても帰ってこないため、父親の部下達が総出で探す事件となった。

 少し物が見える年になると、多少は恥ずかしい思い出。

 少年はザッファーラと出会った。

 運命の出会いだった。

 洞窟で不定型な獣に襲われたとき、少年は目を閉じた。

 今まで経験のない異形の闇だった。

 黒の洞窟の中に闇のランプが広がっていく印象だった。

 一歩も動けなかった。

「女神ソフィア様。

 どんな形でもいいから、僕の死をお父さんやお母さんに伝えて下さい。

 そうしないと僕を愛してくれた人達は永遠に待ち続けてしまう」

 顔の横を風のカタマリが通った。

 突き出された細身の剣は黒い獣を突き刺した。

 呼吸音から女性の唇の位置が分かる、少年よりも背が高かった。

 女の匂いがした。

 獣は霊的な生き物で、蒸発するようにきえた。

 霊自体は初めてではないが、ここまで敵意とゆうより捕食しようとする高圧な気配は初めてだった。

 顔の横にある細身の剣を握るのは女の手だった。

 目の前には見憤れぬ柔らかそうな銀髪が流れていた。

 剣はひかれ女性は何も口にせず、後方に歩き出した。

 ついてこいとは言わないが、それ以外の選択はなかった。

 ローブの上を流れる。腰まで続く一長い銀の髪が印象的だった。

 やがて彼女が永遠とも言える時を、眠り続けきた部屋についた。

 はっきりした構造は思い出せないが、なぜ洞窟の中に草原があるのか。

 なぜここは春の陽射しがあり、暖かいのか。

 目を閉じて記憧の糸をたどると、そこが美しい風景で、温かい気持ちになれるのだけを思い出した

 ザッファーラはゆっくりと振り向いた。

 彼女は古代の人間なのだ。

 ローブの下は全裸で、体に模様が書いてあった。

 それが入れ墨なのか、ペイントで書かれたものか、すぐに判明しなかった。

 女の裸は見慣れていたわけではないが、年の離れている姉がいたせいか、妄想を抱くほど珍しくはなかった。鼻血を吹き出すほど興奮もしなかった。

 今考えれば彼女は女性ではなく、少女だった。

 だが、当時は年上の女だった。

 女はゆっくりと少年の頬をはさんだ。

 まるで女神と話している気分だ。

 デミゴッド(半神)。

 そんな言葉は当時知らなかった。

「お前には私がどう見える、私は生きているのか」

 その時、すぐに想像できた。

 彼女が永い眠りから目覚めて、生きているのか幽霊なのか不安なのだ。

 少年の側にも多くの選択肢はなかった。

「幽霊には見えない」

「お前は生きているのか」

 ザッファーラは聞いてきた。

「分からなくなってきたよ」

 少年の笑顔に対して追随する事なく、女はどこまでも無表情だった。

 肯定的な笑顔も、否定的な表情もしなかった。

 相手の顔色を判断できない。

 実に複雑な感情を持ってたいじしなくてはならなかった。

 ただラビリンスを抜け出すためには、この魔女とも女神とも計りかねる人間の協力を仰がねばならない。

「生者と死者の違いは?」

「夢と幻の差」

「違わぬではないか」

「夢はもっと確かなものだ、幻ではない」

 嘘をつこうにも、相手が喜びそうな事が分かちない。

 だから、ありのままの自分をさらけだそう。

「お前は、不思議だ」

 解放した、そして女は背を向けた。

「女神は死に、造られし戦土は自由になった」

 少年は古代の神々の戦いが終わった時、同時に滅べなかった物達が、新しい生き方が見つからない。

 そういう事はあるだろうと想像できた。

「私は与えられた自由を何に使えばいいのか、もてあましている」

 この時始めて少年は、少女に好感を抱いた。

 彼女はもっと高圧的にでてもいいはずだ、

 でも、彼女は自らの気持ちを正直に口にした。

「あなたは何をしたかったのですか」

 少年は彼女と取引をしようと思っていた、だから可能な限り願いをかなえようとした。

「私は、

 私は。

 多分。

 結婚したかった」

 彼女は無表情だった。

 少年と会謡しているというよりは、独り言を口にしているみたいだ。

 相手は男ではなく女だ、話は簡単だ。

「私と結婚しましょう」

 ちらりと少年を見た。

「女らしいことはできないぞ」

「ある程度は覚えていただきます、習憤の違いもあるでしょう。

 洋服もきていただきます。

 料理もしていただくことになります、

 ただ、新米の花嫁は何もかも、完全にできなくていいですよ」

 優しく口にした。

「ありがとう」

 彼女は正式に結婚を受け入れた。

 少年は自らの上着を引き裂き、簡単な胸当てとスカートを造った。

 ザッファーラの案内でラビリンスを抜けた。

 自分では半日も迷っていないのに地上では半月が過ぎていた、

 裸同然の嫁を連れて帰ってきたとき、みな驚いた。

 運命の始まりだった。

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