進みゆく列車の中で私は
Yuu
突き進む、ただ前へ。
「どこまでも進むのね〜」
次々と切り替わる景色を内側からまじまじと見つめながら
レールの上を走る音が定期的に聞こえてくる。
私は空いている席に敢えて座らずに、つり革を片手で持ってバランスをとる。
どれだけの時間、こうして列車に揺られているのだろうか。そもそも、なぜ私は列車になんて乗っているのだろうか。どこを目指しているのだろうか。
不規則に揺れる車両に少しばかり不安を抱き、私は優に問いかける。
「ねぇ優。この列車っていつ止まるの」
「うーん、止まらないよ。終着駅まではね」
なんだそれ、と私はよろけてしまう。
そんな不便な列車があってたまるか。
目的地すら分からなくなってしまったのに、この列車はレールの最果てまで進んでしまうのか。後戻りは出来そうにない。
それとね、と優は思い出したように付け足した。
「止まらないけど、途中下車はできるよ。窓、開くからね」
この列車は止まってくれない。
でも、だからと言って窓から飛び降りるのはやり過ぎだと思う。
「そんなことする人いるの」
「私は見たことあるよ」
「その人はどうなったの」
「知らなーい。景色はすぐ変わっていくからね」
何があっても止まらないのだ、この列車は。私はレールの上を従順に進んでいくしかないのか。この列車に、不本意ではあるが乗車してしまった以上は。
――私は今、『不本意』と思ったのか。
無自覚に湧いたその感情に少し驚いた。
列車に乗る目的は分からないのではなく、
「
窓に張り付いてずっと景色を眺めている優が。珍しく彼女の方から話しかけてきた。
なに、と私が問い返すと、
「外の景色、見えなくなった。トンネルかなぁ」
自分の思考に夢中になっていて気が付かなかったが、周りを見回すと窓が全て暗闇に染まっていた。
優はトンネルだと思っているようだが、それにしてはライトが一つもない。窓の外には、まるで宇宙のような漆黒が広がっていた。
「吸い込まれそう……」
私は自然とそう呟いていた。
それだけこの景色が印象的だったのだ。
その黒は頭に焼き付いて離れない。
「気を付けてないと、本当に吸い込まれちゃうよ」
少し強い語気でそう言われ、私は窓を見つめる視線を慌てて列車の中へと移した。
ブラックホールのような色の窓と、頼りなく灯る列車の明かりが同時に視界に収まり、そこで私は不安に駆られた。先程よりも強く。
「灯り、消えちゃわないかな。大丈夫かな」
「途中下車しない限りは消えないよ」
こんな闇の中へ飛び込みたいとは思えなかった。だってここで降りてしまったら、ずっと孤独な気がする。列車なんてもう二度と来ない気がする。むしろ暗すぎて気づいてもらえないのかな。
でも、ここで真っ暗闇の世界に本気で飛び降りてしまった人もいるのだろう。
その人がどうなったのかは知らない。
私にとっては考えたくないことだった。
だって暗闇が怖いから。
――今は列車の中に灯る静かな光だけが頼りだ。
窓の外に浮かぶ黒について考えていると、いきなり列車の中が鋭い光に包まれた。
ずっと列車は薄暗かったので、
光の衝撃が目を、頭を刺激する。
やがて、慣れてきてからゆっくりと目を開けた。
そこにはいつも通りの景色が広がっていた。列車が闇に染る前の、何の変哲もないただの穏やかな景色。
――木々が生い茂る森の中を、『自然』を薙ぎ倒しながら列車は突き進んでいた。
「優ちゃん、明るくなったね」
やっと漆黒の恐怖から解放されたという喜びで気分は踊り、私は元気よく声を張り上げて言った。
「 」
返答は無かった。
私の舞い上がるような元気な声が、静かな列車に
「あれ、優ちゃん、どこにいるの?」
私は各車両の
名前を呼びかけながら席を一つずつ確認していった。列車の全てを探しても、優は見つからなかった。
探すのをやめた頃には、もう空は紅色に染まり始め、切なさを感じさせる斜陽が窓から差し込んできていた。そして座席の影が大きく伸びる。
――だがそこに優はいない。
つい先程までそこに座って外を眺めていたではないか。私の問いに気だるげな声で返事を返してくれていたではないか。
「吸い込ま……れた?」
優自身が言っていた、『吸い込まれる』というのが本当だとしたら。
――もう、降りてしまったのか。
*
この列車はどこまでも続く。
木々を薙ぎ倒し、自ら道を開拓しながら進む、まだ終わらない旅。
その旅に付き合ってあげるのも、悪くないなと思った。
途中下車なんてする気は無いし、永遠に続きそうな暗闇の中に吸い込まれたくもない。
まだ見ぬ終着駅を
「もうすぐ夜か……」
優が座っていた座席に腰を下ろし、まだ少しだけ明るい空を見上げる。
「目的なんて要らないかもね」
たとえ優には聞こえなくても。
声に出すことに意味があると思った。
そして。
――――またしても暗闇はやってくる。
進みゆく列車の中で私は Yuu @HinaZamurar
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