43.副業とは?

 夢……? そうじゃない。目の前に、シンラ王子がいる。

「やぁ。キミは本当に、ボクの想像以上の人だったよ」

「想像以上? というより、最初にどう想像をして、オレを交換相手に選んだ? 年齢だって、だいぶ違うのに」

「キミの世界とパスがつながったとき、本当はそのまま、キミのいる世界に逃げこもうと思っていたんだ。こちらの息苦しい生活は捨てて……。でも、キミを知って考えを変えた。キミならもしかしたら、と……」

「買いかぶりだよ。失敗した可能性もあるんだ」

「それでもよかったのさ。ボクはもう、世界に絶望していたからね……」

「もしかして、死のうとした? それがこちらに渡ってくる条件……か?」

「さすが! ご明察だよ。ボクは本体が死の危機、危険を感じると、異世界へと旅立てるようなんだ。最初に井戸に落ちていたのは、そういうことだよ。でも、キミと体を交換してから少々変化した。本体の意識が昂ると、キミの方から交代してきた。キミはボクが操作している、と思っていたみたいだけれど、要因はキミさ。

 考えてごらん。最初は初エッチをした後。次は船の上、議会へと召喚されたとき。そして地下牢……。全部、キミが緊張を強いられたり、絶頂を迎えてウキウキだったりしたときさ……」


 なるほど、そういわれると、そうかもしれない。

「しかも、交代していられる時間が徐々に短くなっていったように、キミの本体が回復していて、限界に近かった。でも、その前にやって欲しいことは全部、やってくれたよ」

「王位継承権が欲しかったのでは?」

「そんなところまでは望んでいないよ。でも、オルラ王のことも分かった。末端だった第五王子の立場を変えてくれた。それで十分さ」

 自殺しようとしていたぐらい、彼は悩んでいた。それを変えてあげられたのなら、重症だったオレを助けてくれた恩を返せた、ということか……。

「三日月は……、ミケアは元の世界にもどれるのか?」

「ボクというパスが消えると、彼女ももどる……と思う。いずれにしろ、ボクにも事情が分かっていないから、これは賭けだよ」

 魂がこちらの世界に来てしまっているので、彼女は意識不明のままなのだ。

「ボクも彼女のことは、何とかしたいと思っている。そうでないと、キミの世界の彼女は死んでしまうからね」

「頼んだぞ、相棒」

「そう呼んでくれるのかい? それは嬉しいね……」

 シンラ王子は軽く微笑んだ。

「最後に一つ、聞いていいか? キミは……女性の心をもっている……だろ?」

「ふ……。やっぱり分かっちゃったか。そうさ。だから母はボクを見限った。どうせ王位には就けない、子供ができない、と。……何で分かったの?」

「母親から『声が太くなった』と言われた。キミが意識していたのか分からないけれど、ふだんから高い声をだしていたんだろ? 女性らしくありたいから。アダルナも『欠陥』といっていた。王族の欠陥……、能力じゃない。この世界で唯一、そう表現されるのは子づくり。そう思うと、キミが女性……周りにいた女性たちにも無関心だったことにも説明がつく、と思ったのさ」


「やっぱり、キミと交換してよかったよ。キミのことを知ったとき、ヴァルガ前王と似たところを感じた。自分で運命を切り開いていくところ。様々な状況をみて戦略を立てていくところ……。そして、女性にジェントルであるところ」

「でも、女性を四人も集めたぜ。彼女たちのこと、幸せにしてやってくれよ」

 互いの声が遠くなりつつあった。シンラ王子は最後に「大丈夫だよ。きっと……」と告げた後、何かを口走ったようだった。

 オレは目を覚ます。すぐに三日月が入院している病院に連絡を入れると、彼女が目を覚ました、と教えられた。

 その後のことを、少し語っておこう。EMS爆弾をつかった露国は政変が起こり、もう軍事行動は起こさない、と世界に確約した。米国の金融不安も、あらゆる市場が下がるところまで下がり、回復に時間はかかるかもしれないけれど、底値をつけた、という安堵感が広がる。日本も円安が止まったが、それは資源価格の下落により輸入価額が下がり、貿易黒字が復活したことも大きかった。

 オレは三日月 千佳と結婚した。向こうで散々エッチをしておいて、年齢差をイイワケにプロポーズしない……なんて言ってもいられなくなった。何より、シンラ王子から「運命を切り開く」といわれ、女性一人を幸せにできない、なんて恥ずかしくなったのだ。

 事情を知っていたオヤジ、社長が仲人をしてくれたけれど、心配をかけていたこともあり、泣かれたときには参ったけれど……。


「メタバースへの投資を始めるかい?」

 結婚して、オレと資産を共有するようになった千佳に、そう尋ねてみた。

「自分とちがう自分になるなんて、もう懲り懲り……。投資する気もなくなったわ」

 ちょうど、彼女とそんな話をしていたときに、事件に巻きこまれた。犯人はネットにあった写真をみて、一方的に思いを募らせて、付きまといを始めた……ということもあり、彼女はSNSもやらなくなった。それはメタバースどころか、異世界でも死にそうになったり、エッチを迫られたり……。結局、いくつも自分の世界をもてば、それだけ危険も増す。必ずしも、すべての世界で幸福を得られたり、またどこかがダメだから、こちらの世界で……といっても、うまくいかないものだ。

 でも、オレは今でもシンラ王子と時おり、体を交換している。

 女性の心をもつシンラ王子では、子づくりできない。女性たちからの要望もあり、そのたびシンラ王子は死ぬ思いをしているそうだけれど、渋々と交換生活を受け入れている。

 寛解したロデーヌ、遅くなった初体験で、むしろそちらの方面の興味が開花したアダルナ、心が分離して大分丸くなったミケアノ、そしてエッチ好きのルルファと、まったくタイプの異なる四人で愉しんでいる。

 千佳は、もう異世界生活は御免……と、その間は女性っぽくなるオレと、女子会を愉しんでいるそうだ。

 今やどちらが本業で、副業かも分からない。だってオレはどちらも本気で『儲け』ているのだから。お金も、子供も……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界交換生活 ~王子を副業としたら~ 巨豆腐心 @kyodoufsin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ