40.処刑
「ウリムラの町を壊滅させた!」
「否!」
細かい説明を省いて、オレの罪をあげつらうことが、この国民裁判の要点だ。何しろクライマックスに、オレが処刑されてセレナーデ……というのが、もっとも民衆の望むシナリオだ。こうして「否」をくり返しつつ、最後の罪で「死刑」と叫ぶことを民衆は望んでいる。
ただ浪費癖、などの悪材料がない点はよかった。オレは城ではなく、小屋で過ごすなど、贅沢をしていない点では庶民からの評価も高い。そしてもう一つ、子づくりに前向き、という点も庶民から歓迎されていた。
この異世界では、男子が少ないこともあり、むしろ男子は子づくりをすべき、という風潮がある。しかも不倫、女遊びなどではなく、正妻と愛妾をきちんともって……ということなので、そこも評価される。
ただ、用奴を愛妾としたことを問われると、「否!」と「死刑!」が半々のようにも聞こえた。
ただ、そこは執行人も心得ており、最後の罪状を見せ場とし、そこで処刑しようとまずはスルーした。
愈々、クライマックスだ。
「では、オルラ王に対する……」
「ちょっと待った!」
オレがあまりに大きな声をだしたことで、執行人の声が止まる。
「どうせなら、父王にも息子の処刑をみてもらおうじゃないか。みんなも、オルラ王の姿を久しぶりに見たいだろ?」
オレの声は、魔法をつかって拡声してある。簡単なものなら魔法回路を自分で書くこともでき、小さなボタンのようなそれを口に含んでおいたのだ。
民衆からも賛成を示す、大きな声が上がる。
「オレが問われているのは、父親に会いたい、といったことが不敬だという。しかしみんなも、自分の親に会いたいだろ? オレもそうだ。でも、それは不敬で、処刑だという」
民衆もザワついているものの、それで流れを完全に変えた……とは言い難い。そのころには、警備兵がオレに近づいて、縄で縛られた首を羽交い絞めにしてきたため、発言ができなくなった。
執行人がそれでもう一度、罪状を読み上げようとしたとき、その台に上がってきた者がいた。
誰もその相手を知らない。その女性は高らかに声を張り上げた。
「私は、ギヨンドワーナ国、外交官のレスティア・バーヌ。今、オノガル国に滞在しております。ギヨンドワーナ国との友好のため……その私を導いてくれたのは、シンラ王子です!」
彼女は、オレをギヨンドワーナ国で殺そうとした。でも命を助け、旧知の間柄であるユウエン第三王子と引き合わせた。元々、オレを殺そうとしたのがユウエン王子に唆されたから……というのもあるけれど、元恋人でもあり、オレが連れてきて引き合わせたのだ。
「私はシンラ王子の導きにより、ユウエン王子と結婚することになりました!」
民衆からは怒号のような、巨大な歓声が、津波のように巻き起こってくる。それはそうだ。ギヨンドワーナは超大国、その外交官が第三王子と結婚する、という突然の発表が行われたのだ。
そして、民衆の背後から、新たに現れた人の群れが「シンラ! シンラ!」の大合唱をはじめた。
それに驚いたのは執行人だ。その民衆は、ウリムラの町の人々。土地をとりもどした農民たちであり、オレの危難に駆けつけてくれたのである。
そう、ここまで来て、執行人も気づく。これはすべて仕組まれていた……と。
オレがエグニスと話をする前から、すべて準備されていたのだ……と。
ミケアを通して、ウリムラの農民たちはすぐに動いてくれた。しかし距離があるので、その移動時間を見越して、事をはじめた。ミノスの農民たちを説得してくれたのは、ルルファだ。オレの農業改革で、収量が上がってそれを輸出に回すことができ、ミノスの農民も同意してくれた。それに、荷受けをする船会社も、輸出品が増えて喜んでいたので、乗ってくれた。
もっとも、動きが鈍かったのはユウエンだ。わざわざオレがゴーダ卿の娘、ハスキアの話題をだして結婚をせまったのも、実は裏で、元恋人であるレスティアとの婚姻をすすめるため、だった。
レスティアは魔法使いであり、今回の渡航も視察名目でギヨンドワーナ国から許可をうけている。そんなレスティアに、本国にむけてこう伝えさせたのだ。
食糧不足に苦しむギヨンドワーナ国に、解決する術がある、と……。そして、その功績をユウエンの成果とするため、レスティアと結婚をし、ギヨンドワーナとの太いパイプをアピールすればいい、と……。
結婚相手を誰にするか、悩んでいたユウエンに、この成果は願ってもない結婚条件となったのだ。
処刑場に、ユウエンが現れた。それで民衆のボルテージは最高潮に達する。大国との関係改善という形は、民衆にも夢を与える。
そう、処刑というこの異世界にある最高のエンタメを、結婚にすり替えてみせた。これがオレの描いた、処刑からの脱出シナリオである。
「まさか、こんな形で結婚することになるとは……」
ユウエンはそういって、ため息をつく。
「でも、兄さんが最高のシチュエーションで結婚する、最良のパターンだったろ?」
そう、これで完全に王位継承権の流れがユウエンにできた。まだその道は通そうだけれど、約束を果たせたことになる。
それに、オレを暗殺しようとしたレスティアをここまで連れてきた目的も、果たせたのだった。
「ボクは君が末恐ろしいよ」
「どうして?」
「まるで、社会の流れを知っているかのように、人々を手玉にとってしまう。その才覚が……だよ」
向こうでは資産運用の担当者として、そこそこ名が知られている……とは言えないけれど、社会の流れを読むのは行動経済学といって、経済に携わる者なら必須の習得事項でもあった。
これで、オレの用奴を愛妾とすることも、うやむやに近い形ではあっても、国民の合意がとれた。貴族、議会が何といおうと、国民という強い後押しがある以上、文句はいえないはずだった。
そしてオレは、懸念として残された父王との面会に望むこととなった。
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