38.母との邂逅

 その日、アダルナが部屋に駆け込んできた。ふだん、落ち着いている彼女としては珍しい。

「ファラール様がいらっしゃいました!」

 オレもその名前に聞き覚えがなかったけれど、シンラ王子の記憶の中に、それと同じ響きがあったのを思い出した。

「母……親?」

 シンラ王子の実の母親。第四姫の母でもあり、第四姫が結婚するとき、その貴族の家に移ってしまった。シンラ王子を置いて……。

 4年ぶりの再会、ということだけれど、オレもこのタイミングで母親が訪ねてくる理由を、薄々気づいていた。貴族との悶着がつづいている。貴族であるバードゥー家に嫁いだ第四姫にとって、貴族とのしこりを残した形でオレが王族を去ると、バードゥー家の立場が悪くなる。そればかりか、バードゥー家は同じ貴族のアリアレン家と近い。

 アリアレン家とは、第四王子のカラシュと姻戚関係を結ぶ貴族だ。

 といっても、カラシュはオルラ王と愛妾との子で、第四王子であること。また本人が引っ込み思案であることなども重なり、ほとんど目立たない。なので、王位継承権から遠ざかっており、アリアレン家もカラシュ推しではない、と聞く。

 ただアリアレン家は古参の貴族であり、日和見主義としても有名だ。即ち、バランス型で、今の均衡を崩したくない。そこから利益を得ている自分たちの立場を変えたくない、という意識が強く、バランスを崩すオレは敵とみえるのかもしれない。


「久しぶりですね、シンラ」

 神経質そうな、それでいて母としての威厳を示すためか、鷹揚な態度でそう声をかけてきた。

「お母さまも息災で何よりです」

「声が変わりましたか?」

「声変わりはまだですが、成長したのでその影響かと……」

 シンラ王子が美少年なのは、母譲りとわかった。ただし、彼女の出身貴族は女性しか生まれず、没落した。男子が生まれにくいことは貴族でも同様であり、断絶する家も多い。他の貴族から養子をもらうこともできるが、どこも男子が余っておらず、養子縁組は不調に終わることも多い。

「姉さんは元気ですか?」

「今度、子が生まれます」

 王族が貴族に嫁いでいるので正妻なのは勿論だけれど、それでも男子が生まれないとその立場が弱iい。跡継ぎを生んでこそ……というのは、男系相続中心の世界では常識だ。

 ファラールが訪ねてきたのも、今が大切な時……と考えたためかもしれない。


「私はあなたを捨てました。今さら、元にもどろうとも思いません。ですが、どんな立場に変わろうと、血縁。こちらに迷惑をかけるのであれば、私も口をださせてもらいます」

 ファラールはきっぱりとそう言い切った。

「あなたを自由にさせ過ぎました。他のことで口をだすつもりもありませんでしたが、まさか用奴を愛妾とするなんて……」

 険しい瞳だ。そのことで、オレが王族から追放されると、害が自分たちにも及ぶ、と訴えている。でも、シンラ王子を捨ておいて、今さらその行動を縛ろうとするのは違う、とも感じた。

「でも、貴族の圧力を撥ね退けて、逆に有利な立場に立つこともできる。ちがいますか?」

「あなたにそれができる……と?」

「やってみよう……と思っています」

 オレが真っ直ぐ見返すと、ファラールも少し驚いた表情をしていた。

 帰り際、ファラールは「グロニウス家の、ジャモニックに気をつけなさい」と忠告をする。

「どういうことです?」

「私のところにも……というか、バードゥー家にもあなたを追放するための動きに参加せよ、と来ました。恐らく、私とあなたがケンカ別れした、とでも思っているのでしょう。私は敵にも、味方にもなるつもりはありません。私たちに関わることで、あなたに与した方が有利ならそうするし、あなたを潰した方がよいなら、そうするだけです」

「今はまだ、潰したい、と思っていない?」

「ジャモニックは小心者です。グロニウス家の力は強大ですが、彼自身が旗を振っている間は、大した支持も集まらないでしょう。ですが、エグニス・アートラッドが彼についた、との噂もある。そうなると話は別です」

 長年、オルラ王より有能とされ、後継を期待されてきた。年齢を数えて王位継承への期待は薄れたが、ずっと摂政を担ってきたことで、彼の味方も多い。

「彼が動くのなら、私も彼につきます」

 オレも苦笑する。はっきりとモノをいう女性らしく、好き嫌いがはっきりする。シンラ王子を捨てた、というのもその辺りが原因だろう。

「以前と少し、変わりましたね」ファラールは少し目を細めて、そう言った。

「大人になったんですよ」

 中身が大人……とは言えないけれど、入れ替わっていることに実の母が気づかないのか? 家庭教師のアダルナも、不自然とは思っても指摘するほどではない、と感じているらしいし、この交換生活を疑いもなく送れていることが、今さらながら不思議でもあった。


「お母さんと会えたんでしょ?」

「そういうルルファも、両親とは離れて暮らしているだろ?」

 今日はルルファとベッドにいる。彼女はミノスという港町で、叔父の宿屋を手伝っているのだ。

「私は別に、会いたいときにはすぐ会えるもの。叔父さん夫婦もよくしてくれるし、不満もない。あぁん♥」

 結婚をしてから、またユイサも愛妾となったので、最近は一人ずつ相手をするようになった。ユイサもロデーヌの世話まですることもあって、同じ部屋にいないし、ミケアも自分の生い立ちを語ることができ、いなくなる心配も少なくなった、という面も大きかった。

 それに、エッチ好きなルルファと、他の子を同時に相手するのは中々に大変なことでもあった。この体も子づくりができるようになり、逆にだしてしまうと一区切りがついてしまう。これまではイッた感覚はあっても、体力が削られることがなかったけれど、それが変わったのだ。

「ほら、イクよ」

「うん、来て! 来て!」

 オレが彼女の中で果てると、彼女はぎゅっと抱きついてきて、一滴たりとも漏らすまい、とするようにも感じられた。両親の愛……。オレもルルファとキスをかわしながら、そんなことを考えるようになっていた。








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