37.お茶会
先の密輸組織により息子を殺されたオノガル国の摂政、エグニスはあのときから表情を失っていた。
娘は二人いるけれど、男系相続が基本のこの国では、ヤルハンという一人息子が亡くなり、エグニスは王位継承どころか、王族でありながらお家断絶、血統を絶やすことになってしまった。
ヤルハン暗殺事件は、ブルーガとウェリオの争いが耳目を集め、逆にその父であるエグニスの影響力を低下させる結果ともなった。行政府の長として、摂政という立場でありながら、エグニスを重視する者はいなくなった。
ブルーガとウェリオの争いを調停したシンラ王子が力をもち、それと相対してエグニスの凋落につながった。
だからといって、個人的にシンラを恨むつもりはない。王族の中では薄い感覚だけれど、彼も甥の一人。王位継承権を失い、貴族の立場となった彼が仕えるべき相手でもあるのだ。
でも、オノガル国をよい方向に導く、という形に彼はより固執する。秩序の破壊者を排除する……。それが彼の目標となった。
オレはハーミナ・アートラッドからお茶に誘われた。ハーミナは長兄ブルーガの妻であり、オノガル国一の美貌と有名な人である。
オレとロデーヌとの結婚で、長兄の妻として何らかのアクションが必要、と考えたのかもしれない。アダルナもそう推測するけれど、オレは嫌な胸騒ぎを感じていた。まさか殺されはしないだろうけれど、長兄ブルーガともども、性格は剛毅できつい、とされており、オレにとっても注意すべき相手だ。
でも、断るわけにもいかず、ロデーヌを伴って城の中にある、ブルーガの部屋へと向かう。
「いらっしゃい。お待ちしていたわ」
と、素敵なドレスと豪華なティーセットで出迎えてくれる。見栄えのするはっきりした顔立ち、丁寧にほどこされた化粧も、まるでキャバ嬢のようだ。引き締まった体はエアロビのインストラクターのようでもあり、自分に厳しいタイプだと外見からも推測できた。
ロデーヌも王族として儀礼的なものは叩きこまれており、茶会は滞りなくすすむ。当たり障りのない会話で、優雅な時を過ごす。王族として当たり前のことが、シンラ王子はできていなかったのだと、改めて気づかされた。
これが、王族内の結婚による成果……。
ただ最後、ハーミナは「妻を迎えたのなら、そろそろ仕事も考えた方がよいでしょう。魔法がつかえるのなら、それを生かす方向がいいわ」と、暗に軍に入れ、つまり夫の下につけ、という誘いのようにも聞こえた。
別の日には、アン・ヘドルトにも誘われる。アンは次兄、ウェリオの妻であり、ハーミナが接触したことで、自分も……と動いたことが想像された。
彼女は、ハーミナが貴族出身であるのと異なり、庶民の出。ただ行政府に勤めた経験もあり、事務的な応対には長ける。それにロデーヌがアンとはよく話をしていた、ということもあり、茶会は和やかにすすむ。
元々、アンは王族と行政府の橋渡しをしており、王族からの要望を行政府として対応する、という仕事をしていたそうだ。生憎と、オレがシンラ王子と体を交換する前にウェリオと結婚し、その職を離れているため、オレとは面識がないし、王族の中でも低くみられていたシンラ王子はあまり要望をだせる立場でなく、そういう意味では初対面に近い。
「私も、世間からの好奇の目に晒されたわ」
仲間意識を醸成しようとするのも、夫の王位継承権のため。無視できなくなった第五王子を、味方に引き入れよう……ということだ。
「ただ、愛妾については考え直した方がいいわ。夫も心配していました。あなたの立場が悪くなるのでは……と」
行政府と貴族が組んで、オレの追い落としに動いていることは、何となく伝わっている。目立つ、ということは敵をつくることでもあった。
「あなたはそれでいいの?」
アンはロデーヌにそう尋ねる。むしろ、アンにとっては小さいころから接していたロデーヌの、その幸せを願う方が強いのかもしれない。
「私は……生きる希望を失い、物語の中で自分を遊ばせることに逃げていました。でも、現実の幸せを王子から教えてもらった……。王子のすることに、ついていくだけです」
今すぐ抱きしめたくなるようなことを、ロデーヌは言ってくれる。ここでは愛妾をもつことが王族なら当然、という常識もあるだろうが、女性たちが仲良くしてくれることで、オレの負担が小さいことも事実だ。だからこそ、彼女たちを幸せにしないと……とオレも考えていた。
ただ、そんな平穏なことばかりでない。用奴であるユイサを愛妾としたことで、付け入る隙ができた……とばかりに、ふたたび審問の場を設けよう、という動きもあるからだ。
まだ召喚令状もうけとっていないけれど、貴族の動きを調べてきたアダルナもため息をつく。
「やはり……、というか、ジャモニックが貴族の過半数はすでにまとめ上げたようです。審問は三分の二の同意が必要ですが、日和見議員の一部も乗る、と考えると、審問はもう確実ですね」
「むしろ、審問をうけた方が禊も済むさ」
「はぁ……、その思い切りは評価しますが、今回は分が悪いです。国民も、用奴を愛妾とすることに、反対が多いですからね。王族追放も考えられます」
「そうなったら、みんなで自由に生きるさ。アダルナもついてきてくれるんだろ?」
軽い感じで尋ねたけれど、アダルナもため息まじりに「もう……、私もシンラ王子一派ですからね」
「一派?」
「五人でパレードをしたので、私も愛妾、とみなされているのですよ」
「それは悪いことをしたね。アダルナの婚期が遠のいた……」
「本当ですよ。誰も相手がいなかったら、王子……。お願いしますね」
冗談めかして言っているけれど、この世界では男子が圧倒的に少なく、結婚できる女性は多くない。若くして結婚することもあるこの世界で、アダルナはすでに行き遅れ……晩婚、というタイミングに来ていた。
まだ子供のシンラ王子では、アダルナにとって不本意かもしれないけれど、そういう関係になることも、選択肢かもしれなかった……。
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