36.関係悪化

「キミは……本当に滅茶苦茶だね」

 ユウエン第三王子は、そういって呆れたようにオレを見る。

「常識にこだわっていないだけだよ。用奴といっても献身的な子もいるし、きれいな子もいる。そこに境を立てていないだけさ」

 オレがユイサを愛妾とする、と発表してから、少なくない波風が立っていた。

「色眼鏡でみていない……ということか。そんなキミが羨ましいよ」

 ユウエンが憂悶するのは、まだ王位継承権を諦めていない、むしろ野心満々の彼にとって、評価、評判を気にして思い切ったことができない、という点だろう。どこかの貴族と組んで、つまり娘を妻にもらって、王位継承争いで有利に立ちたい、との思いもある。だが、貴族を値踏みする間に、年齢を重ねてしまっており、未だに結婚できていない。

 長兄のブルーガも、次兄のウェリオも、むしろ王位継承争いでは有利であるため、結婚相手は自由に決めた。そのため、三男のユウエンにも王位継承のチャンスが生まれたけれど、それを生かそうとすることで、逆に自縄自縛になっている。

「スベルビラ家と近い、ゴーダ卿と組んだら? あそこにはユウエン兄さんと歳の近い娘がいただろ?」

 ゴーダ卿というのは、ゴーダという町を治める貴族、イシュム家のことである。スベルビラ家の治めるロドニーと、ゴーダが近いことから、昔からイシュム家とスベルビラ家は近しい存在とされていた。

「逆だよ。近すぎて仲が悪い。それに、ハスキアの母は町民の出だ。できれば、妻の母方も貴族でありたい」

 元の世界だったら一番結婚できないタイプだな……。オレもため息をつく。


 オレがユウエンと話をしているのは、彼を王位につけるため協力する、と約束したためだ。

 ユウエンは、オレの妻となったロデーヌとは母が同じ。そのため、ユウエンにも話を通したのだが、了承を得るため、彼の王位継承に協力することにしたのだ。

 ただ、どんな手段をつかってでも……という割に、未だに愛妾一人つくっていないように、彼の動きは遅い。考えすぎて動けない、というタイプで、それが出遅れにつながっていた。

「いずれにしろ、結婚するなら今だと思うよ。オレが積極的に動き過ぎて、逆に顰蹙を買っているのと逆のことをすれば、ユウエン兄さんの株が上がるからね」

 オレもそういって優柔不断の彼の前を離れた。こういうタイプの扱いには慣れているつもりでも、やはり苦手だ。これが投資家相手なら、ゆっくりと時間をかけて説得をしようとするけれど、ユウエンとは立場がちがう。彼が決断しないと、何も動かせないのだ。

 城から出ようとするオレに、近づいてきた高齢の男性がいた。

「用奴を、王族が愛妾にするなど……」

 唾すら吐きかねない勢いだけれど、オレが王族でなかったら、そうしていたかもしれない。

「グロニウス家……」その当主、ジャモニックだ。北の港町、ホフトを治めており、それもグロニウス家の力の源泉といえた。

 そして、そのグロニウス家がユイサを愛妾とすることに抵抗しており、王族の愛妾については、貴族院である議会の承認を得る必要もないけれど、貴族側は法律をつくって阻止しようとしている。その急先鋒が、このジャモニックであった。


「当然の動きです」

 アダルナはぴしゃりとそういった。そこに「言わぬことではない」と、暗に伝えている。

 声をだせないユイサが落ちこんでいるのを見てとって、オレも「この程度なら想定通りさ。むしろ、予想よりだいぶ反発が弱い」と強がってみせる。ただ、それは必ずしもよい情報ではない。恐らく、内に秘めた反発は相当なものであり、その方が怖いからだ。

 それだけ、用奴に対する忌避意識が強いのであり、一朝一夕でその意識を変えられるはずもない。

 ただ、変化したこともある。

「ねぇ、今日もしようよ」と、ルルファがちょくちょく訪ねてくるようになった。

 それはオレの体が大人になって、愈々子づくりが本格化したこともある。

 ただ、今はロデーヌ、ユイサと立て続けに妻、愛妾を設けたことで、ここでルルファまで……とはなりにくい。

 しかし、彼女にとって立場は関係ない。そもそも、町民が王族の愛妾になるのはハードルも高いけれど、それより高いハードルもあった用奴が愛妾となったことで、自分が越えるそれが下がった、と考えているのかもしれない。

「昨日はルルファが先だったから、今日は私が先よ」

 ミケアがそういってオレの右腕をつかんでくるけれど、左腕をつかむのは、ユイサだ。これまでと立場が変わり、彼女もやっと前向きになれたようだ。

「三番目でもいいけど、出すのは私に、だからね!」

 ルルファはこういうところで、割り切りが早くて助かるけれど、オレもまだそれを調整できるだけのテクはもっていない。何しろ、元の世界では童貞で過ごしていたぐらいだ。この幼い、シンラ王子の体をつかっているとはいえ、むしろその若さが我慢を難しくするのかもしれなかった。


「シンラ王子は、秩序の破壊者かもしれません」

 摂政としてこの国を取り仕切ってきたエグニスは、そういって腕を組む。彼の前には貴族であるジャモニックがおり、大きく頷いた。

「王族追放……まで視野に入れて……?」

「現状、王族を追放するためには重大な違反、つまり国家に徒なす行為が必要、とされていました。しかしその基準は曖昧。ならば、その基準を拡大すれば、追放は可能となります」

「だが、基準という意味では、前例踏襲というのが規範。ここで特殊な前例をつくってしまうと、国にとって禍根となるのでは……」

 反シンラ王子の急先鋒、ジャモニックが日和るのは、逆にこれが国の歴史に残ってしまうと、その前例をつくったのが自分、となってしまうからだ。

 貴族が法律をつくる。その草案の発起人になる、というのが怖いのだ。

「用奴を愛妾とするなど、長いオノガル国でも初。異例で、異常事態といえるでしょう。それこそ前例のないこと。逆にそれが国を滅ぼす、とこちら側が立証すればよいのです」

 エグニスはそういうと、不敵な笑みを浮かべて、思索にふけっているようだった。








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