34.パレードをしよう
ヨーミテの協力もあり、オレはウリムラの一件でお咎めなし、となった。何より農民の支持がある、と調査結果がでたことも後押しとなり、オレは無罪放免。逆に、カズロワ家が一部の富裕層と組んだ企みの方が、問題となった。
これで婚姻に向けた準備がととのう。
ただ、ロデーヌとの治療と並行しているため、彼女の体調も考えて、しばらく時間をおくことになった。
そしてその間、オレは地方の町を巡って農業指導をすることにした。
オレのこうした知識は、農業法人に投資をしたときに得たものだ。当時、まだ運用担当者として駆け出しのぺーぺーだったオレは、ESGの信託を組成するにあたり、各企業への調査をしていた。
その中でJAによらず、海外販路を開拓しながら収益を上げる、農業法人と出会ったのだ。
その社長から「土づくりも知らない奴に……」と言われ、かちんと来たことで数週間、そこに住みこんで手伝いをすることになった。結局、時の政権による農産物の海外輸出推進……という流れに乗り、その法人も着実に利益を上げて投資としても成功したけれど、オレにとっては農業のやり方を学ぶ、よい経験になったのだ。
この異世界も、植物自体はかなり元の世界と似通っている。というより、環境が近いのだから、生物として近い進化を遂げてきたのだろう。肥料のやり方など、自分の知識でもつかえるのが有難い。
このオノガル国では冷害が発生していないけれど、大陸の方では食糧不足で大変らしい。少しでも農作物の輸出を増やすことができれば、この国にとってもよい結果をもたらすはずだった。
ただ、そうして町を巡る中で気になったのは、用奴とされる人々だった。住む場所も限られ、仕事もきつく、つらいものばかり……。それでも、黙々と仕事をこなしている。
さすがにユイサのように、声をだせない用奴は見かけないけれど、それは身体的に問題があると、幼いうちに捨てられる……といったことが影響するのかもしれない。ただでなくとも生活が苦しく、ここでは国が保障してくれる、といった制度もないため、家族が育てるのを諦めてしまうのだ。
どこの町にもわずかな用奴がいて、数が増えないよう調整されているようにも感じられる。それはまとまって反抗をしないように……という配慮にみえ、かつてそうした反乱もあったのかもしれない。
アダルナとミケアと、一緒に町を巡っているとき、そのことを尋ねてみる。
「用奴ですか? シンラ王子は妙なことを気にしますね」
アダルナは不思議そうだ。それは、そういうものだという常識があり、それに疑問をもたないとそうだろう。特に、アダルナは魔法使いであり、人々から一目置かれる存在であって、用奴とは遠い存在なのだ。だからユイサを実験台にして、オレに性教育をした、とも言える。
「ユイサのこと?」
ミケアも気づいたようだ。
「彼女のことを、少しでもよい立場に換えたいんだよ」
アダルナはその提案に、懐疑的だ。
「用奴は、社会的に必要との議論があります。彼らがいなければ、社会が回らないという事情が、そうさせます」
「そのために、低い身分のまま留め置くのは、やはり間違っていると思う」
「シンラ王子は、ユイサに肩入れし過ぎです」
「そうかもしれない。でも、チャレンジしてみたいんだ」
「せっかく、ウリムラの一件も穏当に済んだのに、またトラブルをしょい込むのですか……」
ため息まじりにそう言われても、ここは引くに引けないところだ。
「変える気概をもたなければ、王位継承権なんてとれない、だろ? もし用奴が味方についてくれたら、一気に国民の中で支持が高まる」
「大多数の国民の支持を失いますよ……」
この国……否、この異世界では、それだけ用奴を忌避する気持ちが強いのだ。オレが調べた限りでは、かつてこの異世界を統べた魔族の末裔……。千年以上も前に、高度な文明を築いていた民族……。
恐らく、五英賢が魔族を倒したことで、立場が逆転し、魔族を用奴として使役するようになった。
ただ、そんなことを世間に公表したところで、恐らくは戯言ということで歯牙にもかけられないだろう。ナゼなら、証拠は何もない。あるのは創作物、フィクションという形を借りた伝記でしかないからだ。
そして、パレードが始まった。
特別製の馬車の上に、オレとロデーヌが並ぶ。ただ、その改造された馬車には、二人だけではない。オレたちの前にミケアとアダルナが並んですわり、その前にユイサがすわっていた。
本来、王族同士の結婚では二人しかお披露目する必要はない。なので、愛妾であるミケアや、教育係のアダルナがいること自体、異例でもあったが、それ以上に異例なのは、用奴のユイサがいること。三段目の目立たない位置とはいえ、彼女が表舞台に立つことは波紋を呼んだ。
でも、これがオレとアダルナが話し合って決めた、妥協点だ。オレの周囲の人間をすべて紹介する、という体裁にして、五人が並んだ。ルルファが入らなかったのは、まだ正式に愛妾となっていないためで、彼女も今はそれで構わない、と言ってくれたので、この形になった。
ユイサは、真っ赤な顔で先頭にすわっている。馬車をあやつる御者の後ろなので、目立たないけれど、公の場にでる、ということが初めての彼女にとって、しかもこんな晴れがましい場……で緊張しているのだ。
王族のお披露目のパレードなので、町民のほとんどが見物する。ただでなくとも娯楽の少ないこの異世界で、華麗な馬車に乗った、美しい衣装をきた王族がもの珍しいのだ。
ただ、オレは白子屋お熊を思い出していた。大岡裁きとして後世伝わる中で唯一、実際にあった事件とされるのが、このお熊の事件だ。彼女は絶世の美女、とされながら、夫殺しで市中引き回しの上、打ち首となった。ただしプライドの高かった彼女は美しい衣装を身に着け、市中を引き回しにされ、江戸で大評判となったのだ。オレたちは今、見せ物にされているけれど、その向かう先は打ち首かもしれない……と覚悟も決めていた。
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