33.タネ明かし

「シンラ・アートラッド王子」

 議長からそう呼びこまれ、オレは議場へとすすむ。五人の代表質問者が並ぶ、その前に立たされた。

 彼らの背後には、お歴々の貴族たちが居並ぶ。自分たちの権益に手をだしてきた王族に対し、お仕置きしようとやる気満々だ。

 こんなところで、正論を吐き散らかしたところでアウェーを変えられない。アダルナからは「ひたすら謝罪」と言われたけれど、そんなことをして弱みを握られても、今後に影響するだろう。できることは、徹底抗戦……。ただ、もてる武器は少ないことも自覚する。

「ウリムラの町で、キミは町民の家を燃やし、その財産を奪ったそうですね」

「財産を奪ってはいません。そんな人数で行ってはいないので……」

「町民の家を燃やしたことは、認めるのですね」

 議長は高齢の女性で、彼女は裁判官のようなものだ。ただ、同じ貴族であり、オレを追及する側であることも間違いない。むしろ議事進行役として、努めて冷静を装うのが恐怖でもある。

「しかし、町民のもつ土地を奪った、という報告もあります」

「奪う? それは異なこと。農民の土地は、農民のもの。今でも、ウリムラの町で、農民は農作業に従事していますよ」

 町を追いだした大地主たちから、農民に土地を返しているが、大地主たちからすれば奪われた、となる。


 議場は紛糾する。ディーリングはさほど特異ではない。こちらの主張と、相手の主張が食い違う以上、行政府と親衛隊の調査を待たなければいけないけれど、それを待たずにこの審問がはじまっているため、かみ合わない部分が平行線のままだ。

 ただそんな追及の場に、証人としてオレの愛妾、ミケアが登場すると流れが変わりはじめた。

「私はウリムラの出身であり、父が亡くなり、もっていた土地を売り払っても借金を返せずに、彼らから王子の暗殺を命じられて、ミノスの町にきました。偶々、そこにシンラ王子が来ていることを知り、夜中に忍びこんで殺そうとしたのです」

 彼女がオレの愛妾となった経緯は、貴族たちも知っている。ただそれが、ウリムラの町で命じられたと彼女が証言したことで、貴族たちもヤジを言って揶揄することができなくなったのだ。

「元々、ウリムラでは肥料や農機具などが高く、農民は疲弊していました。税を払うのも大変で、借金をする者も多く、その結果として土地を失う。その土地を買って、農民に貸す、という形で中間搾取をしてきたのが、民連なのです。シンラ王子は、その民連を壊滅させました。土地を、農民に返してくれたのです」

「だが、土地の取引は正当なものだったはずだ。それは証明されている!」

 貴族の誰かが叫ぶ。それにはオレが反論した。

「土地を担保にお金を貸し、利息が払えなくなったら取り上げる。確かにそれは正当な取引だ。でも、町に流通する肥料や、農機具の値を吊り上げたのは誰かな? 農民はそれに頼らざるを得ず、疲弊を招いた。それは領主による治政の失敗であり、それを糺しただけだ」

 流れが変わった……、そう思ったけれど、議長が次に呼びこんだ相手をみて、オレも眉をひそめた。

「ダダイン・カズロワから委託をうけ、領主代行を務めていたヨーミテ・アレファスです」


 ウリムラを統治していた張本人であり、彼女の証言は重い。いくら肥料が高かったとオレが証言しても、彼女がそれを覆せば、この議場は一気にオレへの批判の流れができるだろう。

「肥料が高かったのは、本当です。ただそれは、流通をしぼられたため。ウリムラには数年、肥料が少量しか入ってこなかったのです」

「農地に応じて、肥料は国から支給されているでしょう?」

 議長の女性が、不思議そうにそう尋ねる。ヨーミテは首を横にふった。

「その理由は、私には分かりません。でも、流通が少ないから価格が上がり、奪い合いになった。農機具も同じです。私はウリムラの町のことしか分かりませんが、他の町より高かったことは事実です」

 その証言に、もっとも愕然としたのはダダイン・カズロワだった。彼は当事者であり、聴衆していただけだけれど、顔が青ざめているのを見てとった。なぜなら、国から支給されるものを、自らの領地に流すのは貴族が責任をもってそれをする、と決められているからだ。つまりウリムラで足りなかった、となると、ダダインにその問題がふりかかる。

 つまり、ヨーミテが裏切ったのだ。その証言により、議場はオレを追及する流れから、ウリムラで何が起こっていたか? という流れになった。震えるダダインの側についても得でない、と見切った貴族たちが、ダダイン・カズロワを追及する側に回ったのだった。


「なぜ、あの証言を?」

 その審問が終わった後で、オレもヨーミテに尋ねてみる。

「私は、母がダダインの非公認の愛妾となり、その縁で領主代行に選ばれた。あぁ、心配しないで。お父さんは彼じゃない。未亡人だった母を囲ったけれど、公式の愛妾とはしなかったのよ。

 別に、それに遺恨や、拘りがあるわけじゃない。でも、ウリムラは私の生まれた町で、よくしたいと思っていた。でも、私の力ではどうしようもない。それをアナタがぶち壊したのよ」

 ダダインは中年だけれど、子種には恵まれなかったようだ。実子はおらず、そこで非公式の愛人、その娘を領主とせざるを得なかった。彼女としては長いものに巻かれたけれど、必ずしも雁字搦めにされたわけではなかったようだ。

「私もそろそろ愛妾に……と声がかかったけれど、正直あんな男は嫌。だって……」

 声をひそめて、ヨーミテはこう言った。「タネなしなんだもん、彼」

 この異世界で男性は少ない。それは男性の性染色体が、かなり壊れてしまっていることが影響する、とみている。ダダインが実子に恵まれないのも、そうした影響があるのかもしれない。

「アナタなら、愛妾になってもいいわよ。いいテクニックしているって、ミケアノからも聞いているし……」

 ウリムラの町の住民なら、ミケアとも顔見知りなのだろう。ただ、裏でそんな話をされていると知って、恥ずかしいことだと改めて思った。













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