32.墜ちた先

 この異常事態で、オレがこちらに呼び戻されたのか……?

 経済ばかりでなく、世界的な安全保障環境の激変……。国家の基すら揺らぐ事態に直面する。

 欧州系の証券会社は、本国の情勢が分からない中で、資産を売りさばくという形になった。世界的な暴落の中で、当然の選択といえるけれど、それで困ったのは日銀である。

 EMS爆弾の直接的な影響はなかったけれど、日銀によるETF購入が、この国で破裂したのだ。

 引当金を積んでおくことで、下落しても損失は見えにくくなる。だが一旦、引当金が枯渇すると、株価の値動きで日銀の損失がカウントできるようになる。この更なる暴落で、日銀の負のイメージが止まらなくなった。

 日銀は損失を穴埋めするため、円を大量に発行するのではないか? そんな不安が拡がり、円が暴落を起こした。

 財務省がそれを下支えするため、介入を行ったけれど、かつての政権で埋蔵金、として外貨準備をつかいこんでしまったため、介入の効果は薄く、逆に手詰まりを見越した売りが止まらなくなった。

 国は企業に対して、円を下支えするため、海外の利益を国内に還流するように依頼したけれど、焼け石に水だった。

 数ヶ月後にはハイパーインフレが起こる、とされる国を支えられるはずもない。

 これまでの低金利で演出された、見かけの好環境に慣れ切った市場に浴びせられた冷や水――。

 世界同時大不況、という深刻な事態に陥っていた……。


 オレは自分で運用する資産を確認する……プラスだった。それは円安により、海外運用の資産が、見かけ上がったことが大きい。また、売りも組み合わせたアクティブ運用も収益がでた。

 AIによるヘッドライン取引は以前より大分下火になったけれど、オレはそれをするしかない。なので、ネガティブな材料を検知すると、値がさ株への売りをだしていたのだ。要するにそれは、大口の機関投資家がベンチマークとする銘柄を、自動で売ってくることを見越したトレンドフォロー型の取引をする、ということである。

 ただ……。円が暴落する中、円で資産が増えたところで、この後どうなるか分からない。

 海外資産とて、円換算するとプラスでも、大暴落する中で価値が下がっていることもある。

 投資家には、暴落でも収益がでていることを伝え、安心してもらった。ただ、やはり暴落する円に資産をもちつづけることに不安をもつ投資家も多く、だからといって次にどこが暴落するか分からない。

 日銀のような問題は、国債を買い続けて資産を大量に積み上げた、FRBやECBでも同じなのだ。

 世界では経済的に破綻する国が、国民の目を逸らすために戦争にうってでる、との噂が実しやかに流れており、そうした不安もまた重しとなって、投資には最悪の環境といえた。


 ただ……。これが異世界でオレが為したことと、連動した暴落……なのか? シンラ王子は今、議会からつるし上げを食らい、評判はがた落ち、王族としての立場すら危うい状況だ。

 それが、この暴落につながったのなら、状況と合致する。

 ただし、オレ個人としてはウリムラで大暴れをしたことで溜飲を下げ、ミケアともより親密になれた。

 まずますの結果だ。それが預かり資産が増えたことに直結するなら、まさに異世界の状況を投影した、と考えられた。

 それを伝えるため、こちらにもどされた? でも、そうなるとシンラ王子と体を交換するタイミングを、まるで誰かにコントロールされているみたいだ……。 

 それができるのは、唯一人――。

 そもそも、死にかけたオレを助けようとした……、そんな親切心で彼が動いたとは思えない。

 彼はオレに「異世界で評判を上げると、元の世界でもよい影響がある……」と伝えたが、まるでシンラ王子の置かれた状況が、こちらの世界の経済と直結しているようではないか……。もしオレに体を貸すことで王位継承を……と考え、そんな話をしたのだとしても、こんな遠回りをする必要はない。

 これだけのことを計画し、実践する行動力も持ち合わせる。オレに頼る必要なんてないのでは……?

 むしろ、立場を悪くするだけ……。実際に今回の一件では、王族としての地位すら危うくする。

 一緒に襲われた三日月も、まだ一進一退のようだ。向こうでの状況を変えれば、彼女を助けられるかも……と考えていたけれど、その道のりは遠い。

 シンラ王子の腹蔵……悪い想像も浮かぶけれど、今はそれを確かめる術がないのがもどかしかった。


 異世界にもどってきた……。相変わらず時間経過は一定ではなく、今回は二日ほど向こうにいたけれど、こちらでは一日しか経っていない。

 つまり議会対策をするための、貴重な一日をつぶしてしまっただけでなく、シンラ王子がそうした対策をすることもなく、オレと交替した、との事実だけが残ったことになる。

 ただ今はそれを憂いている暇はない。何しろ、オレをつるし上げようとする貴族が牛耳る議会へと、朝から出席しないといけないのだ。

 先のヤルハンの殺害事件で、オレの調整力、弁論の巧みさは彼らも気づいているだろう。なので、こちらに余計な戦略を立てさせないよう、時をおかずに召喚をうけているのである。

「大丈夫ですか? 体調が悪いといって寝ていましたが……」

 アダルナはそう心配するけれど、オレも「もう大丈夫だよ。疲れがとれた」と、カラ元気をだす。そうでも言わないと、気持ちが滅入りそうだった。

 議会から迎えがくる。オノガル国は王族と、貴族院である議会、それに軍が三権を分立する。

 ただ王族のブルーガが軍のトップを務めるように、必ずしも三権が独立するわけではないし、力としては王族が強い。

 でも、だからこそ貴族たちはまとまり、王権に対しても対抗しようとする。自らが得てきた権利、利権には敏感だ。今回、ウリムラでオレがそれを崩した。オレを叩くことで、自分たちの正当性を訴えようと、手ぐすねを引いているのだ。オレは準備不足が否めない中、気持ちだけは奮い立たせていた。






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