31.落勢

 帰りの馬車……。

「私はミケアノ・セーラス。ウリムラの貧農の家庭に生まれ、彼らの愛人になるか、王子の暗殺か……を迫られ、後者を選びました」

 ウリムラの民連が崩壊してしまったため、ミケア……ミケアノは素直に自分の生い立ちを語る。

「じゃあ、オレの愛妾にされたのは嫌だった?」

「どの道、私はこういう運命だったのか……。そのときはそう思いました。でも、シンラ王子は優しかったし、私が殺されないよう、愛妾にしてくれたことは分かっていました。今回、母と妹にも会えた。あのとき、暗殺に失敗した私は、殺されていてもおかしくなかった。こうして、また会えたことを二人とも喜んでくれました」

 しかも、第五王子とはいえ、王族の愛妾となったのだ。父親が亡くなり、貧しさのあまり土地を手放した没落農家だったことを考えれば、身分の差は雲泥だ。ルルファのように、自ら愛妾になりたい、と思う者もいるぐらい、王族や貴族の妻になる、というのはこの世界で価値が高い。男性が少なく、結婚する機会があまりないこの世界の女性にとって、高貴な身分との婚姻関係は、例え愛妾でも得難いことなのだ。

「このまま、自分の生まれた町に残っても……」

「女の喜びを教えておいて、今さら捨てないで……」

「捨てるわけないだろ。キミがいいなら、いつまでもそばにいて……」

 オレはミケアと長いキスをした。アダルナがいる前でも、気にすることはない。ただ、彼女の本名を知れたけれど、これからも「ミケア」と呼ぶように、何も変わることがない……と、それは確認するためのキスでもあった。


 オノガル国の王城では、大騒ぎとなっていた。

 何しろ、貴族が納める町を、王子がほぼ壊滅させてしまったのだから。王といっても、このオノガル国をつくったジュナ・アートラッドの直系としての立場しか、その正当性を示すものはない。

 逆に、貴族の間でも王の娘を受け入れるなどして、王族との姻戚、血のつながりを築いてきた。つまり少なからず、ジュナ・アートラッドの血を貴族も受け継いでいることになる。

 それでも王族が重視されてきたのは、男系が直系でつながってきたからだ。ただ、その王族が無茶苦茶をしたら、貴族が止める……と伝統的に考えられている。だから議会は貴族により構成され、王家のブレーキ役を果たしてきた。

 そんな国だからこそ、貴族は自分たちの権益には敏感だ。王家がそこに手出しをしようものなら、激しく反発する。まさに、その貴族が一部の有力な大地主と組んで、甘い汁を吸っていた。そこをひっくり返したのだから、貴族の間にも緊張が走ることは当然といえた。


 ……ふと目を覚ますと、自分の部屋だった。それはお城の隣にある小屋ではなく、元の世界にもどってきた……。

 これまで、元の世界にもどるのは節目であることが多かった。これから貴族たちが跋扈する議会対策、というときにもどってきて、オレも戸惑う。

 ハッとしてスマホをとりだし、画面をみると『大暴落、再臨』の大見出しがすぐに目に飛び込んできた。

 パソコンを立ち上げ、情報収集にかかる。

 元々、今回の暴落は米国の金融機関、バンG傘下のヘッジファンドが巨額の負債を抱えて倒産してしまったことに端を発する。その第二幕、英国のシンジケートとして著名だった投資グループが、巨額な負債を抱えていると判明したのだ。

 一般的に、シンジケートというと悪いイメージがあるかもしれないけれど、複数の投資家や金融機関が、一つの戦略でまとまって投資行動をとる、というときにも組まれるのが、金融界の常識だ。

 今回の大暴落で、多大な痛手をうけていたシンジケートが、さらに無理をして損失を穴埋めしようとした。そこには欧州の貴族が多数参加し、そこに金融機関が保証を与える。悪いレバレッジがかかった形で運用されていたことが、問題を大きくした。

 そのシンジケートに投資していた、一部の投資家が解約したい、もしくは保証の割合を巡ってもめたのである。

 その話がリークされてしまう。つまり、裏では金融機関が保証という形で、含み損を抱えており、また一部でも解約するとさらに相場の下落を引き起こすので、ジレンマを抱えていることを、俄かに露呈したのだ。誰がリークしたかも含め、疑心暗鬼も広がる……。


 ただ、それは序章――。

 本当の悪いシナリオは、そうしたシンジケートに国家も関わっていたことだった。あくまで個人名義であり、実体は不明であっても、個人をダミーとした国家による投資……。それは税収ばかりではない、裏金作りを国家がしていた、ということでもあって、そうした負債が噂であっても懸念が拡がり、すでに国債すら不安定な値動きをする中、国家がデフォルトしてしまったのだ。

 それがロシア――。ただ、経済規模の大きさから、影響が軽微とみられていたのだが、プライドに拘る露国は、強引な手でその問題を払拭しようとした。

 EMS爆弾――。潜水艦からの核ミサイルの発射と、高高度での爆発。勿論、かの国が認めたわけではないけれど、すべての電子機器を破壊することにより、損失をチャラにしようとした……と誰もが考えており、その疑いが濃厚である。

 それは英国ばかりでなく、欧州全体にその影響が拡がり、投資から何から、欧州の経済が止まってしまう。車や電車が止まり、物流が崩壊。情報、通信すらつかえなくなり、ここ数百年で築いた、ほとんどの文明が一瞬にして、古代まで引き戻されたほどのインパクトだった。

 戦争は起きていないけれど、EMS爆弾のようなことが起これば、世界中が同じ目に遭う……そう気づいた市場が、リスクオフに動いた結果、大暴落を引き起こしてしまったのである。

 そもそも電子取引でつかう端末など、すべて壊れたのだ。軍の防衛網すら壊滅してしまった今、何が起きるかも分からない。社会には言いも知れぬ不安が蔓延し、破綻する企業が続出するなど、それに輪をかけた混乱が引き起こされていた。


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