29.非協力的態度
ここでおさらいのため、オノガル国の成り立ちを説明しておこう。大陸の東、それほど大きくない島国がそこだ。その島には西にジュナ山という休火山があって、急峻な崖で海へと落ちこむため、人が暮らすのは山裾がなだらかで、平地もある東側に集中している。
海洋国家、交易で成り立つ国として、南と北にある港町は潤っていた。問題は、海沿いにない、平野部にある町だ。主な産業は農業だけれど、それがヴァルガ前王の悪政、重税と苛烈な労役などを課されたことにより、ほとんどの農家が没落し、土地を失った。
その土地を買い漁り、糾合したのは大地主であり、農家は地主から土地を借りないといけなくなり、二重、三重に搾取される立場となった。そんな悪政を布いた国家への不満が、弥が上にも高まっている……。
ウリムラはその中で、北部に位置する農業主体の町であり、反国家、反体制の声が大きい。それは国に納める税をごまかしたり、それを調査にくる役人を妨害したり、という形で顕在化し、それを排除するために軍隊を派遣しても、武力で抵抗してくるほどの苛烈さだった。
オレとアダルナ、それにミケアの三人はそのウリムラに馬車で向かっている。事前に訪問は伝えたけれど、返答はなかった。
要するに、これはでたとこ勝負の賭けである。
馬車から眺めると、塹壕に土塁、木柵など、外観はほぼ要塞と化していた。町に入る門は木製で分厚く、軍を率いるブルーガが騎兵で攻め寄せたものの、跳ね返されたという経緯がある。激しい戦闘の跡がのこっており、魔法と弓矢、それに剣での戦いでは攻略も難しい。それが攻城戦だ。
馬車は大きな門まで。そこで門番に来訪した目的をつたえると、あっさりと通してくれた。門前払いも覚悟していただけに、これは驚きだけれど、三人程度で舐められたのかもしれない。
町に入ると、貧しい農家は長屋のようなところで、まとめて暮らしており、オレの知る感覚でいえば、社宅のようなものかもしれない。町の中心部と思しきところには豪奢な建物が並び、貧富の差は明らかだった。
「シンラ・アートラッド王子。ようこそ、ウリムラへ」
領主は貴族であるカズロワ家から委託された、ヨーミテ・アレファスという若い女性だ。
恐らくカズロワ家当主の愛妾、もしくは当主に近い関係の親族……といったところか? 分不相応の立場に、そんな推測をする。ただ、この世界では女性の方が多く、女性がこうした身分の高い地位にいること自体は、ごく当たり前でもある。むしろその若さが気になる点で、元の世界でいうと女子高生ぐらいだ。
「伝令はいただきました。ご成婚、おめでとうございます。ですが、ここではパレードはできません」
ヨーミテは返信しなかったイイワケもせず、はっきりとそう告げてきた。
「ナゼですか?」アダルナもすぐ反応する。
「治安が悪いからです。はっきり言って、現国王の子息など、恰好の的です。我々にもそれを抑えることはできません」
「それが民衆の総意だと?」
「そういうことです。ヴァルガ前王に対して、忌避意識の強いこの町では、その血縁にも厳しい目を向けます。間違いなく命を狙われるでしょうし、我々にそれを抑える力はありません。もし国の方で、貴族にも軍隊をもたせていただけたら、そうした住民を排除できるのですが……」
カズロワ家からの意を含んでの発言だろう。貴族が私兵をもつことは禁じられており、使用人を兵として使役するぐらいの数しかもてない。それだけでは住民を抑えることが難しい、として規制を緩和させようとする魂胆か……。
「重税で農民が疲弊した……ということですが、農業指導や、肥料などを購入する際の補助は?」
「…………は?」
いきなりオレがそんなことを尋ねたので、ヨーミテも不審そうな目を向けてきた。
「ヴァルガ前王の時代は、確かに重税で疲弊した……となるのでしょう。でも、必ずしも悪天候などがつづいたわけではない。農民がふつうに農作物を育て、暮らせぬほどの税を課していた……とするなら、ウリムラの村民だけが、それほど疲弊しているのはおかしな話です」
それが批判だと気づいたヨーミテは、目を険しくする。
「我々の統治が失敗したせいだ、と……?」
「間接的には。農民は国と、都市にそれぞれ税を納める。徴収するのは一括で都市が行うので、どれぐらいの分量で国と、都市が配分しているかは知らない農民も多いでしょう」
「我々が重税を課した、と言いたいのですか?」
「それはどうでしょう?」
急にそうとぼけたので、相手も拍子抜けした目を向ける。ただ、次の言葉は確実に相手をえぐった。
「でも、逆にいえば重税への批判は、都市を治める貴族であっても同じ目が向けられるはず。それを反国家、反体制としてまとめ上げている、ということは裏がある、という話ですよ」
「よいのですか? 協力を得ないといけない相手ですよ?」
アダルナも不安そうだ。ただ、オレが強気にでることは事前に打ち合わせ済みであり、それが思っていた以上に苛烈だったので、こうして心配しているのだ。
「協力する気のない相手に、下手にでたって効果ないさ。逆に、つけ上がらせるだけだよ。今ごろ、カズロワ家に連絡をとっているところだろう。古参の貴族、カズロワ家、栄華よ、再び……として国に対してちょっかいをかけているんだろうが、その度胸を試すんだ」
オレも子供っぽく笑った。この辺りは、投資のときも同じで、分析と集中である。徹底的に調べあげ、いけるとなったら突っこむ。今は相手の出方をうかがうタイミングであり、これは大口投資家との戦い、と似る。
ただ、この日の夜、呼び出しをうけた相手の方が厄介だった。
領主の屋敷の近くだけれど、そこは町の議会。ただ、夜であり、その議会にいるのは議員ではない。勿論、議員もいるけれど、その場にいるのは……。
「我々は民衆連合。自らは民連と名乗っており、この町の政治、経済に責任をもつ者たちの集まりです」
それはカズロワ家の当主、ダダイン・カズロワとも近く、領主のヨーミテより力をもつ組織だった。
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