25.これから

「はぁ……。あんまりエッチできなかったな」

 ルルファはそういうけれど……。

「サン=リエニコにいるときは、ほぼ毎晩、していただろ?」

「船の中でもできると思っていたのにぃ~」

 エッチ好きのルルファらしい。ちゃんとお別れの前に、熱い抱擁と口づけをかわして、彼女は職場である叔父の経営する宿屋にもどっていった。

 オレたちはレスティアを連れて、城にもどる。彼女はギヨンドワーナ国の行政官であり、正式に許可をとってこちらに来ているけれど、外交特使ではない。視察の名目なので、自由につれまわせる。


「やあ、ユウエン兄さん。外遊から帰ってきたよ」

 そんな弟をニコやかにで迎えようとしたユウエンは、その背後にいるレスティアに気づいて、表情を硬くした。

「彼女、オレたちを暗殺しようとしたんだ。でも、それを防ぐことができて、こうして連れ帰ってきたよ」

 アダルナの隣にいるレスティアは、ユウエンに向けて、深々とお辞儀をする。ユウエンもそれで察したのだろう。

「ナゼ、オレの命を狙った?」

 オレのその問いかけに、うなだれていたユウエンは頭を上げた。

「ロデーヌが旅先で、不慮の事故で亡くなる……。それはヤルハンと異なり、政争の愚にもならず、同情が集まりやすくなるだろう。一緒に、不測の事態を引き起こしそうな疫病神を始末する。一石二鳥と思ったのさ」

「ヤルハンを密輸組織に殺させたのも、兄さん?」

「あぁ。ウェリオ兄さんの片腕をもぎとる。偶々、剣でめった刺しにしてくれて、ブルーガ兄さんとの小競り合いとなり、一挙両得だと思ったが、それをまさか君が収めてしまうとは思っていなかった。あれで、君の評価は否応なく上がった。調停役としてのね……」

 勘ねんしたのか、素直にしゃべっているようだ。

「そうまでして、王位を継ぎたいのか?」

「当たり前だろ!」

 感情が激したように、温厚なユウエンが声を荒げた。

「ブルーガ兄さんのような戦争バカは、この国の統治の仕方も知らん。ウェリオ兄さんは永く行政に携わりすぎて、官僚たちの傀儡。この国を治められるのは、ボクしかいない。ギヨンドワーナ国の動きとて、今は慌ただしく変化する、この難しい時代の統治者は、バランス型のボクなんだ!」


「自分でそう思っている、というだけだろ?」

「自惚れかもしれない。でも、ボクは自分が王になるためなら、犠牲すら厭わない。それで多くの国民が幸せになるのなら……」

 とんだ自惚れ野郎なのか? それとも真の救国者か? ただ、どちらにしろユウエンの表情をみれば、自らだけがそれを為せるという、得体の知れない自信だけはよく分かった。

 大抵、トップになろうなんていう者は自信過剰の自惚れ屋だ。それが偶々、うまくいくと名君、などと呼ばれたりする。その万一の可能性に賭けるのは、宝くじを買う感覚に近いかもしれない。もっともそれは、他者からの見方だけれど……。

 オレはトップになりたい、とは思わないけれど、この世界で評価を上げて、元の世界の生活をしっかりと立て直したいだけだ。

「オレはどの道、王位継承レースの最後尾。だから、自ら王になるのではなく、王になった者と、どう距離をとるのか……を考えている。ユウエン兄さんは、オレをどうする? 王位継承権を剥奪し、貴族に墜とすかい?」

「……君は、何を考えている?」

 薄気味悪そうに、そう尋ねてきた。オレはニヤッと笑って「ロデーヌと結婚しようと思っている」

「⁉」

 言葉にできなかったようだ。この世界では、王族内での結婚もある。異母妹なら尚のこと、そのハードルは低いといえるだろう。

「ロデーヌは病気だ。長生きは出来ん」

「それはどうかな? でも、今回の旅でオレは結婚しようと思った。そうなれば、オレはユウエン兄さんの母方の血縁ともなるわけだ」

「オマエは一体……?」

「血のつながりが濃くなる……。仲良くしようよ」


「本当に……驚かされっ放しです」

 ユウエンの前を辞したオレに、アダルナがそう声をかけてくる。

「でも、正妻として迎えるにも、問題ないだろ?」

 それはオノガル国の王族の歴史上、何度か確認されていた。

「ブルーガ様やウェリオ様のように、貴族との関係に悩むことはないでしょう。むしろ、王族同士の結婚となれば、血の濃さからもシンラ王子の格が上がることは間違いありません」

「そんなことまで考えてないよ。オレはロデーヌを幸せにしたい、と思ったのさ」

 その言葉に嘘はない。病弱で人生を諦め、物語に逃げている……そんな彼女を何とかしてあげたい、と思った。

 レスティアはユウエン兄さんと一緒にいる。かつての恋人同士、つもる話もあるだろう……と気を利かせたつもりだ。オレたちが木の小屋にもどってくると、そこにロデーヌが待っていた。

「よ、よろしくお願いします」

 ロデーヌは頭を下げた。ミケアやユイサにもこのことは告げてあり、二人とも受け入れてくれている。何よりこの世界では、正妻がいて、愛妾をもつのが一般的で、オレの場合は愛妾を先につくる、という意味で逆転してしまっていることの方が問題でもあった。


「話には聞いていたけれど、お兄様は小屋に押し込められているのね」

「五人目の王子には、こういう場所しかないのさ。逆に、お城の中で政争に巻き込まれない分、客観的に物事をみられるから、有難いと思っているよ」

 小屋といっても、暮らしていたマンションより延べ床面積だけなら、こちらの方が大きい。東京の一等地で、見せかけのためとは言え、部屋を借りて暮らすのだから、無理をしてもサイズは限られる。一人暮らしだったし、それで十分と思っていたけれど、ここではアダルナ、ミケア、ユイサもいるのだ。一部屋ずつは狭くても、それぞれの身分、立場を考えて部屋を割り振っていた。

 これからは、正妻となるロデーヌの部屋も必要となる。彼女とも、そういう関係を結ぶのだから……。

 ロデーヌとユウエンの母親は、もう亡くなっている。彼女の病弱さも、母親を引き継いだと噂されており、そうした噂も彼女を苦しめてきたはずだ。

 オレはロデーヌをぐっと抱いて、その濡れた唇にキスをした。これからその関係を結ぶために……。

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