24.決断

 ロデーヌの図書スタイルが分かったので、オレも彼女のことを見守りつつ、自分も読書することにする。それは『ホワイトナイト』――。

 五人の冒険者が魔王を倒すまでの物語――。そこに描かれた魔族の話は、やはり特に目立った特徴がない。

 恐らく文明、文化の差が、魔族と人族とを別けた、とみられる。科学技術を駆使する魔族のことを、恐ろしい存在とはするけれど、見た目の違いについての記述は……あった!

 前回は流し読みをしたので気づかなかったけれど、わずかだけれど外見についての記載をみつけた。

 黒髪……。やはり、用奴として忌み嫌われるユイサの一族は、かつて隆盛をほこった魔族だったのだ。しかし文化、文明は徹底的に破壊され、魔族であるという記録は一切が削除された。それは今、魔族がつくっていたものが何ものこっていないことでも分かる。

 そして彼女たちは、徹底的に貶められ、人の嫌がる仕事をさせられ、オレの性的教育のための道具にすらされる。接触すら毛嫌いされるこの世界の風潮がなかったら、もっと酷いことも起こったろう。かつての繁栄など、今の彼女たち用奴にはみる影もなかった。

 この黒髪……という要因だけで、魔族がそうだったと判断するのは危険かもしれない。何よりこれはフィクションだ。実際におきた五英賢による魔王討伐にインスパイアされ、オマージュされた創作物なのだ。ただ、ここまで前史について焚書が徹底的に行われたとなると、小説という形でしか事実をのこせなかった……。そんな事情も透けて見えた。


 五日間の日程を終えて、オレたちは帰途につく。そこには、ギヨンドワーナ国に仕えるレスティアの姿があった。

 もう少し、ギヨンドワーナ国側から接触があるかと思っていたけれど、ほとんどなかった。それは小国の第五王子、注目もされないのが関の山なのかもしれない。ただすんなりと、レスティアに随行の任がゆるされたのは意外だったし、警戒すべきなのかもしれない。

 先のブルーガとウェリオの小競り合いは、ギヨンドワーナ国にも伝わっているはずだ。小国とはいえ、国政が転換するタイミングに網を張り、自分たちに都合よい体制をつくろう、とする思惑もあるはずだからだ。

 ユイサはギヨンドワーナに来てから、ずっと帽子をかぶっている。それは黒髪が用奴という身分を悟らせ、色々と不都合もあるからだ。

 彼女は口がきけない。話し言葉は理解しても、書くことはできなかったけれど、オレが文字を教えた。簡単な言葉なら、書いて伝えられるようになり、格段にコミュニケーションがとり易くなった。

「ユイサは先祖のこと、知っているかい?」

「…………?」

「ずっと……、千年以上前の話だよ」

〝わかりません〟 

 彼女はオレの手の平に、そう書いてくる。先祖は魔族だった……といって、彼女が喜ぶだろうか? オレにも分からない。この話はまだするべきじゃないのかもしれない。彼女の準備ができるまで……。


 ギヨンドワーナの港町、エストアからは船旅だ。行きは十日以上かかっても、帰りは四、五日で済む。これは海流によるもので、ギヨンドワーナ国がオノガル国に攻め込むとすれば、簡単ということも示す。

 しかし、この船旅は中々に大変だった。船酔いがひどい……ということにしてあるので、元気にふるまうわけにはいかず、かといってその間も船底のせまい部屋で、一人で横になっているのは退屈だ。

 そこで、ロデーヌを部屋に呼んだ。

「魔法を教える、といっておいただろ。オレは動けないから、ここなら魔法を教えられる」

 ここで一つ整理すると、魔法は入力、増幅、出力という制御回路に似ている。それを杖などに刻んで、魔力を注ぎこむと発動する、という仕組みだ。あくまでオレが理解した範囲だけれど、人には誰しも氣のようなものがあり、それがエネルギー源となるため、基本は誰でも可能だ。

 ただ、その入力をうまくできるか? というと人によって違いもあり、そこが魔法使いと、つかえない人の差となる。

 サン=リエニコで、魔法杖は買っておいた。汎用性の高いもので、多くの属性をつかえるものの、一つの属性で強力な魔法をつかえる、というものではない。しかしロデーヌにはちょうどよい、と思っていた。


「イメージ力だよ。頭の中で、白い大きな球をもっているようなイメージを描き、それを頭から肩を通って、腕を通して指先に伝え、その白い球を魔法杖に流す……」

 ロデーヌのもつ杖の先が、ふわっと何か動いたような気がした。

「おぉ、できそうだよ」

「え、ええ……」

 ロデーヌはそう呟くと、眩暈がしたのか、ふらりとした。オレも慌ててその体を受け止める。

「だ、大丈夫か?」

「ええ……。精神を集中したら、体力をつかったみたいで……」

 初めての長旅、それに読書漬けだったギヨンドワーナ国での行動など、疲れることばかりだったのかもしれない。

 元々が病弱で、政略結婚すら期待されていない、という立場だ。王族の姫なのだから、貴族の懐柔、他国との交流にも、婚姻関係という形で利用されることが多い。しかし彼女は成人まで生きられない……と宣告されており、その枠にも入っていないのだ。

「ロデーヌの病って……?」

「頭の中に、悪い病巣があるそうです。小さいころに、頭に大きな膨らみがあって、取り出そうとしたのですけれど、全部はとり切れなかった、と……。それが成長とともに大きくなっていて、脳を圧迫し始めているのです。前は多くなかったのですが、最近では眩暈が多くなって……」

 脳腫瘍か……。でも、必ずしも悪性ということではないようだ。ただ脳以外の異物が、頭の中で大きくなっていけば、成長にも悪い影響があるだろう。彼女の目が悪いのも、その影響かもしれなかった。

「ちょっと見せて」

 彼女の頭を両手ではさむように掴み、顔を覗きこむ。頭の中をみる……レントゲン? でも、オレはもう一つのものを見ていた。

 オレは彼女の頭をつかんだまま、顔を寄せた。驚いて見開かれた目、何かを告げようとしたその唇に、オレの唇を重ねる。ゆっくりとそれを放すと、呆然としたまま顔を赤らめる彼女の顔があり、その顔を真っ直ぐに見つめながら、こう告げた。

「結婚……しようか?」












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