22.魔法の使い道

 襲ってきた炎を、オレの風魔法が防ぐ。

 風の魔法は詠唱が少なくて済む。それは魔法を回路……として理解しているオレにとっても、すぐに発動できる、ということだ。

 建物の陰から、炎の攻撃をしてきた。こちらに魔法を弾かれ、相手も逃げたようである。オレも追いかけたかったけれど、妹のロデーヌが恐怖でその場にうずくまってしまったので、仕方なくロデーヌを背負って宿までもどることにした。


「襲われた⁉」

 アダルナにその話をすると、声のトーンが上がった。

「犯人は見えなかったよ。でも、炎による魔法の中でも、竜巻状にして敵へと放つ、高位の魔法だった」

 火属性の魔法は、実はとても難しい。可燃物に火をつける、という簡単なものもあるけれど、炎を相手に向かって放つとなれば、次元が異なる困難さだ。火のないところに煙は立たず……というけれど、可燃物のないところ、酸素のないところで火はつかえない。炎の榴弾を飛ばす、という魔法は、実は可燃物を飛ばすことに他ならないのだ。

 なので、火属性の魔法使いは、現代風にいえば危険物取扱主任、つまり可燃物を扱うことに長けた者をいう。

 それと比べ、風魔法は気圧、温度差、そういったものでも風を起こすことは可能だけれど、小さな分子を動かす、といったことでも風を起こせる。

 これは突風を起こせるけれど、自分の魔法がとどく範囲であること、また力が弱いこともあり、使いやすいけれど使い道は少ない。ただ、炎への防御には適しているので、防げたのだ。


「周りに、他の目撃者はいましたか?」

「誰も……というより、そういう場所を最初から選んでいた、と思われる。それは、この辺りの地形に詳しい者だ。でもモノ盗りだったら、炎の魔法はつかわないはず……。お金にしろ、書類にしろ、燃えてしまったら元も子もないからね。命を狙う、もしくは脅す目的だと思う」

「シンラ王子の、そういう冷静なところは評価しますが、もっと自分が狙われた、という自覚をもってください」

「もっているよ。でも、オレたちのような子供を狙ったとて、得るものは少ない。それでも狙ったんだ。身分を知っていた、としか思えない」

 オノガル国の第五王子、第七姫――。どちらも命を狙うほどの肩書ではない。オレが魔族のことを調べた? それを知る者は少なく、また何も分かっていない段階で、命を狙うとも思えなかった。

 何より、まだ国立図書館にきて一日目のことであり、ここの調べものの影響とは考えにくかった。

「私も国立図書館に行ければ、護衛もできますが……」

「嫌……、恐らくサン=リエニコの中では、相手もコトを起こさないだろう。他国の王族の子女が首都で事件に巻きこまれた、なんてことになれば、一大事だからね。問題は、あの大門をでてからだ……」


「行ってらっしゃ~い」

 呑気な声で、ルルファが送りだしてくれる。首都の大門の前まで、アダルナたちがお見送りに来てくれていた。他の者に、昨日襲われた話はしていない。

 オレたちが国立図書館に行っている間、ミケア、ユイサ、ルルファはこのサン=リエニコの周辺地を、観光がてら遊んでいる。アダルナはかつて、ここに来たことがあるので、三人の案内をしていた。

「お兄様。私、怖い……」

 初めて命を狙われたロデーヌは、そういってオレの腕にしがみついている。

「大丈夫だよ。首都にいる間は、命を狙われない。それより、宿屋に残っている方が危険さ」

 戦えるのは、オレとアダルナしかいない。下手に一人でいるより、こうして二人でいた方がいい。

「今日はオレが、ロデーヌの図書に付き合うよ」

「本当ですの?」

 少しだけ、ロデーヌは元気をとりもどしてくれたけれど、オレはそう言ったことをすぐに後悔することになる。

 病弱で読書好き……と聞いていたけれど、好きな本を探すとき、彼女はまるでそんなことを感じさせない。スポーツ選手がゴールを目指して駆け上がる、目を爛々と輝かせて活発に動き回る、どん欲な獣のようだ。

 これ、という本を見つけると、後はじっとすわって動かない。時を忘れて、何時間でもすわりつづけるのだ。

 オレも苦笑しながら、その姿を眺めるばかりである。


「お兄様は、魔法がつかえるのね」

 定刻となり、国立図書館からでるとき、ロデーヌがそう嘆息する。

「うちの家系は、魔法がつかえるはずだよ。ロデーヌも……」

「姫には教えてもらえない……。必要ないことだから」

 魔族という敵もおらず、戦争すら起きなくなった。オレが魔法を憶えたのだって、後継候補レースで有利になるから、という理由が大きい。こんなところで身を守る術として身に着けたわけではない。

 アートラッド家でも、魔法に真面目にとりくむ様子はない。だから魔法使いのアダルナが、第五王子であるオレの家庭教師を務めるぐらいだ。もし本気なら、とっくに上の兄たちがアダルナを独占していたことだろう。

「この旅の途中、ロデーヌにも魔法を教えてあげるよ。将来、どこに嫁いでも役に立つかもしれないよ」

 浮気性の夫を懲らしめる……という図を想像する。この世界では男性が少なく、どうしても男性優位になりがちだ。でも、妹がそれで苦労するのなら、手立てを教えてあげるのも、兄の務めと考えた。

「私は嫁がない、と思います……」

「どうして?」

「私、長生きできない……と言われ、母も私のことは諦めていた。だから図書館に入り浸る生活につながっているのです」

 なるほど、貴族の嫁ぎ先になるのに、知識は必要ない。高貴な身分として、マナーだけを仕込まれる。こうして第五王子と、ぬくぬく旅をできるぐらい、彼女は重視されていないのだ。

「嫁がないのなら、尚更、自分の身は自分で守らないと……。魔法は面白いよ。本で学んだことを実践する場、と思えばいい」

「…………?」

「魔法がつかえると、ロデーヌが好きなファンタジー小説のようなことが、自分でもできるんだよ」

 ロデーヌの瞳が輝きをとりもどす。オレも、宿にもどってからもやることが増えるのはうれしいことだ。何しろ毎日毎日、三人を相手にしていたら、疲れてしまうのだから……。











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