21.図書館探訪

「お兄様、眠そうですね?」

「枕が合わなかったんだよ」

 そういって、大きく欠伸をする。枕は合わなかったけれど、肌はよく合ったから寝不足だ。

 大きな門をくぐって、王族を始めとしたサン=リエニコで働く人たちが雪崩れこんでいく。そういう人たちが出社するのを待ってから、一般人の入場が赦される。これを毎日行うのは大変そうだけれど、職員も毎日のことなので、てきぱきと働いて捌く姿が印象的だ。

 オレとロデーヌだけが、首都の大門をくぐる。小国といえど、二人とも王族だ。 オノガル国が発行した身分証をみせると、すぐに通過させてくれた。国立図書館の視察、という理由も警戒されない要因だろう。

 首都は広く、迷子にならないよう地図を渡された。中心には大聖堂があって、周りを八区画に別けているため、比較的分かりやすいつくりだ。オレもロデーヌをエスコートしつつ歩く。

「キミたち、オノガル国の……?」

 そう話しかけてきたのは、赤毛の女性だ。恐らく、ギヨンドワーナ国の行政官であり、こちらが頷くと「私はレスティア。レスティア・バーヌ。あなたがロデーヌちゃん? 初めまして」

 あれ? 随分と親し気な挨拶を、ロデーヌだけにする。ロデーヌも相手の名前を聞くと「あぁ、兄からこれを」と、一通の封書をレスティアに手渡す。

「ありがとう」

 レスティアは謝意を告げて、すぐに歩き去っていった。

「今のは?」

「ユウエン兄さんから、レスティアという女性に渡してって……」

「知り合いなの?」

「ユウエン兄さんは若いとき、ここに留学していたのよ。お兄様は知らない?」

 オレも慌てて「あぁ、思いだしたよ」と答えた。シンラ王子とは記憶を共有していないので、こういうところで齟齬が生じる。でも、王族が他国の行政官と、極秘裏に手紙をやりとりするなんて、大丈夫なのだろうか……? 歩き去るレスティアのふっくらとした腰つきをみて、妙なことが気になった。


 サン=リエニコの中には大きな建物が多いけれど、国立図書館は地上三階の、比較的めだたない建物だ。地下もあり、蔵書数は公表されていないけれど、他国のそれを凌駕する、とされる。

 受付を済ませると、帰りの時間を決めて、ロデーヌとはここで別れた。貸し出しはできず、すべて中で読むだけだ。調べものはすべて中でする必要があり、別行動の方が互いに気をつかわずに済む。

 ここに来たのは、五英賢が魔王を倒すまでの前史、魔族のことを調べるためだ。

 ただ、この膨大な蔵書をほおるこの国立図書館でも、目立った記述のある図書は見当たらない。

 司書と思しき女性に、尋ねてみることにした。

「前史……? 記録は残っていませんね」フォンと名乗るその司書は、がっかりした様子のオレに、思いだしたように説明する。

「あくまでフィクションですが、前史についての記述では? とされる図書がありますよ」

 フォンに案内してもらうと、そこは歴史、記録というエリアでなく、古典小説の集められた棚だった。

 恐らくは増補、改訂などをくり返しており、表紙は比較的新しく、布張りのそこにこうあった。

 ホワイトナイト――。


 それは五人の剣と魔法に長けた冒険者が、魔王を倒すまでの物語――。

 ラノベのように、読みやすい文章で、かつて高い人気を誇ったことで、こうして現在までそれが出版されている。

 興味深いのは、敵である魔族の描写だ。外見は人族のそれと何ら変わりなく、特徴がない。角が生えていたり、肌の色がちがったり、魔法も、腕力の差もない。強いてちがいといえば、魔族がつくった国は科学技術がすすんでいる、ということ。人族の文化、文明ではまったく敵わず、対抗することすらできない。

 人族は虐げられているわけではなく、魔族の隆盛を横目にみつつ、隠れ住んでいるような状況だ。

 そんな中、天啓をうけた少女が、五人の英雄を人族の中から択びだす。その五人が苦心して、魔族と対抗。わずかな隙をついて魔王を討伐し、魔族たちが混乱する中で人族が一気に攻めこみ、立場を逆転させる、というのが話のあらましだ。


 何だか戦争もののような印象をうける。ただ、虐げられていた側が逆転して勝利を勝ちとる、というストーリー性はいい。バトルシーンは多めで、魔族という強力な敵の存在。わずかな人数で、苦労の末に敵を倒す、という点も物語としては相応しいだろう。

 ただ、これを創作物、小説として読むなら、何だか物足りない。それは恋愛要素がほぼ皆無。五人の冒険者のうち二人が女性だけれど、五人の中で恋愛に発展する気配すらない。

 天啓をうけた少女……というのも突飛な印象をうける。何より五人の冒険者を択ぶなど、大きな影響を与えたにもかかわらず、登場するのはそこだけで、その後は一切でてこない。

 そもそも、何を基準にして択んだのか? 魔法、剣の腕、そういったものを確認もせずに択ぶと、偶々その相手がそういう能力を有していた……なんて、ご都合主義の印象をうけた。

 何より、フィクションなのに、まるで事件小説を読まされているような、無味乾燥な読後感が気になった。むしろ、それが事実をなぞった……という評判となって、売上に貢献したのかもしれない。

 巻末に、五英賢を讃える言葉を添えるなど、インスパイアされていることは間違いない。ただ、これが前史か? と問われると、素直にうなずく気にはなれない。

 今日は一通り目を通しただけで、閉館の時間が近づいてきた。ロデーヌと約束した場所に向かうと、少し遅れて、頬を真っ赤に上気させたロデーヌが、興奮した様子でやってきた。

「あぁ、素敵なところですわぁ……。この中で暮らしたい……」

 冗談ともつかない表情で、そう呟くロデーヌに、オレも苦笑しつつ「就職先としては、中々大変そうだけどね」

 すると、ロデーヌは少し寂し気に「私、就職なんて……」と呟く。

 落ち込んでしまったロデーヌのことは気になるけれど、大門をでて、宿に向かって歩いていると、不意に敵意を感じた。

 殺気に近い……。とっさにロデーヌを庇って前にでたけれど、建物の間から、巨大な火炎の渦がオレたちに迫っていた。



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