19.情報収集
一晩立っても、異世界へともどらなかった。前回、眠ったらすぐにもどったのに、そういう法則性はないようだ。
恐らく、シンラ少年も今回はこの体が目覚めなかったので、メモも残せなかったのだろう。
でも、せっかくつかえる時間だ。こちらにいる間に、色々と情報を得ておこう、と思い直した。
世界同時株安で、もっとも痛手をうけているのは、やはり中国だ。中国人の投資家は、世界市場にうってでたのが最近だけに、大きく損をした経験がない。これはリーマンショック以後、株価は下げてもすぐもどす。不動産市場も回復する、という経験だけを経てきた。それに、中国国内だと、不動産は所有するものではなく、国から貸借権をうけるだけ。つまり土地の価格が下がる、という経験もない。
それだけに、アニマル・スピリッツを謳われたアメリカ人より、投資に関してはどん欲だ。今回はそれが裏目にでた。
世界中の土地を買い漁り、株に投資し、それで儲けた金を再投資につぎ込む。それで巨万の富を得た者たちが、一斉に大損をしたのだ。自殺者は多くない、といわれる中国でも阿鼻叫喚、自殺が相次いでいる。
しかも個人投資家ばかりでなく、国有企業をはじめ、あらゆる組織も投資に熱を上げていたため、破綻する恐れを抱き、それがさらに社会不安を呼び起こす、悪循環にもなっており、国家体制すら危ぶまれていた。
国がガタガタになっているのは、欧州も同じだ。元々、ギリシャ危機でも露呈した南欧の金融機関の脆弱性。そこにロシア危機が加わり、ドイツ銀などの経営不安も重なった。
各国とも、預金のとりつけ騒ぎを、国が制限をかける状態がつづいており、自由主義経済の崩壊、とも言われている。
恐ろしいのは、デジタルマネーに移行していた北欧や中国などで、預金は全額、国が補償することを打ち出しても、現金化することができないため、国民の間に不安が広がっている。影も形もないマネーだけに、銀行が破綻したとき、では自分のお金はどこに行くのか? 誰も説明できない。
英国やスイスなど、非EU諸国も大変だ。英国は金融センターとして、スイスは銀行システムで優位を保ってきた。逆に、その金融システムがズタズタになった。国が荒れていることは推して知るべし、である。
アメリカでは、すでに金融機関への資本注入も行われているけれど、危機が収束する見通しは立っていない。何より、政府による大量の資本注入で、巨額な国債発行が懸念されており、FEDがその国債を引き受けるか? でモメており、すでに大量の国債を保有するFEDが、さらに積み増したときにドルへの影響は? などが懸念されていた。
すでに通貨はガタガタ、むしろ短期スジにより大きく下げたかと思ったら、翌日には急速に切り返す、といったことが常態化している。
それは国債ですら今や大きく売り込まれており、実質金利と政策金利が大きく乖離するのだ。
基軸通貨としてのドルも、すでに形無しだ。危機のときは各国がドルを支える、と言われて久しかったけれど、そうはならなかった。それは危機の震源地、株や債券の暴落と、各国の投資家もアメリカ一強として、投資マネーを米国に注ぎこんだ。それが損失となり、一気に資金が引き上げられ、完全にそちらの引き上げマネーが下支えマネーを凌駕してしまったからだ。
FEDが動かないのも、混乱期に手をだしても火傷するだけ。落ち着いてから、安定に動きたい、との思惑が見え隠れする。しかし政治家はそうではない。国民の怨嗟が高まっており、そうしたせめぎ合いが、国債引き受けにおける態度の違いとなって、市場に不安を与えていた。
結局、資産価値が下がるとGDPも大きく下がる。GDPベースで株価を計ることもできなくなり、投資に指標を失っているのが、現状でもあった。
そんな中で、投資戦略を立てる。
売りも買いも組み入れ、三勝七敗……否、二勝八敗でも、稼げるものにした。勝ちを大きく、負けを少なく。それは相場の流れに従う、順張りというやり方だ。
大切なのは、大手のヘッジファンド、巨大な機関投資家、そういった相場を動かす力をもつ主体が、どう動くか? 債券何%、株何%……といった運用比率が決まっているところは、相場の動きで機械的に売り、買いをださなくてはいけない。そういう動きが出るかどうか? 出た場合にどう対応するか? そういうことを人間が監視しても、中々難しいけれど、それをプログラムに任せている。
日々変わる、そうした大手の動き、思惑を読み切ること。それがこの難解な相場を乗り切る鍵だと考えていた。
今やディフェンシブ……なんて考え方は通用しない。業種によらず、破綻予備軍がごろごろする状況だ。
消費の蒸発による小売りの苦境、製造業でも工場を操業停止にしたり、サービス業なんて真っ先に打撃をうけた。
株式投資として重要指標とされるPER(株価収益率)、EPS(一株当たりの利益)などの数字すら、今や通用しない。有利子負債の多さ、業態としてどこまで手を出しているか? あらゆるものを加味しないと、明日には即死する。そんな企業ばかりとなっている。
そして、そうした懸念材料がでると、株価は一気に大きく下げた。数字の下支え、なんて考えない方がいい。
難しい時代……、難しい投資環境といえた。
ただ、オレはこちらの世界ではプログラム取引にすべてを委ね、異世界で名を挙げる。それで株投資による収益をだすことができる。そう信じて、今は行動するしかない。刺された、という三日月も心配だけれど、こうして深手を負い、身動きがとれない以上、いくら心配しても意味がない。
今はできることをする。それがみんなを幸せにする。そう信じて、硬く心に誓うばかりだった。
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